澪side



景吾が部活終了の合図を出す前に私は家に帰る準備を終えた。
じゃないと、レギュラーと部室で会うことになってしまうから。
いつものように麻央と並んで家に帰った。


「……なんだか麻央、機嫌悪い?」


他の人におかしいと思われない様に小声で聞いてみた。
今日はなんだか麻央の表情がむすっとしてるみたいだったから……。


『え?……そう見えるの?』
「なんとなく。……もしかして、何かあった?」
『別に何もないわよ。少し復讐について考えてただけよ』


………本当に復讐についてなんだろうか。
それとは違って……なんだか、表情が切なそうにも見えたんだけどな。
でもこんなこと言ったら麻央が怒るから聞かないでおいた。

それからは無言で、家までの道のりを歩いた。





『澪、』
「ん?何、麻央」


家に着いて自分の部屋に戻ると、麻央が話しかけてきた。


『………最近ね、跡部がおかしなこと言うのよ』
「?」
『アタシが氷帝の奴らに復讐するの、本気でやめろって言うのよ』


そこで麻央はくすくすと笑った。
私は麻央が何を言いたいのか分からなかった。


『変なところで甘いわよね。……澪のこと大切に思ってるのなら、復讐するのは普通なのに』
「……麻央、」
『あれでもしっかり部長気取ってんのよ。今更、昔みたいに幸せになろうとしてる。……青木が現れた時点で無理だって気付かないのかしら』
「……どうしたの、麻央?今日なんだかおかしいよ」
『………』


何か焦ってるかのように、私に次々とぶつける言葉。
それは景吾のことばかり。


「……景吾と、何かあったの?」
『跡部と?別に……。アタシが勝手に愚痴を言ってるだけよ。なに?アタシが愚痴を言ったらおかしい?』
「そうじゃないけど……」
『アタシたちのこと、何も知らないくせに……よくあんなこと言えると思わない?』
「………っ」


アタシたちのこと。
やっぱり麻央はあの事覚えてるんだ。


『何を言ってもアタシは復讐を止めないって、澪からも言ってくれない?』
「………麻央、ごめんね」
『……なに急に謝ってるの?』
「ううん……何でもないけど……」
『……。アタシも少し言いすぎたかしら。いいわ、今日はゆっくり休むのよ』
「うん……麻央は、」
『アタシは自分の部屋に行くわ』
「そっか……」


そうして麻央は姿を消した。
微かに気配がなくなる気がしたから、部屋に向かったんだろう。


「………麻央、」


今日の麻央はなんだかいつもと違った。
やっぱり、何かあったんだと思う。
でも、そうだと思っても、
自分にできることが分からない。見つからない。
どうしたら麻央をゆっくり眠らせてあげられるのか、私は心配いらないと、と思わせてあげられるのか。
それとも私だけじゃ無理なのか。

―――――わからない。


「………でもせめて、気付いてほしい」


私は自分の机の引き出しからカッターを取り出す。
あの時は長太郎に見つかっちゃったけど。
……麻央は私の体に居る時に痛みは感じないから。
やぱり気付いてくれなかった。
だったら、数を多くするしかない。


「っ………」


痛い。
数本の古い傷跡の上に、新しい線が一本、赤い血と共に増えた。
一瞬だけ、燃えるような痛み。
でもなぜか……それが私の気持ちを安心させてくれる。
なんでだろう?
やっぱり寂しいのかな……
皆に気付いてほしいって思ってるのかな……
どちらにせよ、もうこの行為を止めることはできないということは自分で分かっていた。
……また新しく包帯を巻いていけば、違和感に麻央が気付いてくれるかもしれない。
大丈夫、このくらいの傷なら平気だから。

麻央、お願い……私の気持ちに気付いて。
私は復讐なんかで解決するんじゃなくて、「ごめんなさい」の一言があればもうそれでいいんだよ。
皆の笑顔が見たい――――