No side



気まずい沈黙が跡部と忍足を襲う。
話を持ちかけてきたのは忍足だが、跡部の様子を窺ったまま何も言わなかった。


「昨日の事で、はっきりしたわ。自分、あいつの味方するんやってな」
「………」


怖いくらい真剣な眼差しを、突き刺すように跡部に向ける。
跡部はその眼を見ることも、何か言うこともできずにただ立っていた。
今、自分が何を言っても言い訳にしか忍足は受け取らない。
忍足は自分の話を信じない。
たとえ、麻央の事を話しても。


「そんな顔しんと。俺は、別に責めとるんちゃうんやから」


くす、と不適に笑った。
だったら、何故忍足は来たのだろうか。
何を話しに、わざわざ。


「こないだからな、俺ん中にもやもやが居座っとんのや」


跡部が問う前に、忍足は自分から言い出した。
近くの机に手をつき、少し視線を逸らしながら。


「……跡部は知らんやろうけど、こないだな、宍戸が澪の顔を殴ってん」
「!?」


これは、跡部も初耳だ。
今まで忍足たちは、澪のことを突き飛ばしたり体を蹴ったりしていたが、顔には何もしなかった。
その理由は、多分……。

跡部は深く深呼吸をした。
そして目を見開き、忍足の次の言葉を待つ。


「やけど、宍戸の自分勝手ちゃうねんで?澪が俺らに対して酷い事を言うたからや」
「っ……なんだ、」
「…『頑張らなくていい』『あんた等の代わりなんていくらでも居る』……ってな」
「………」


跡部は確信した。
宍戸に殴られたのは……麻央だ。


「しかもな、可笑しいことに澪も宍戸を殴り返してん」
「……!」


流石にそれは予想できなかった。
驚愕の表情を一瞬見せたが、面白そうに微笑する忍足を見てすぐに緊張の面持ちを見せた。


「……で、それがどうしたんだよ」
「自分は驚かへんの?あの≒Yが人を殴ったんやで?」
「……充分驚いてるぜ」


姿は澪でも、中身は麻央だから。
跡部はそれなら有り得ると少しでも思っていた。


「………それで終わりか?ならさっさと…」
「まだ終わっとらへん」


ぴしりと言うと、流石の跡部も黙るしかなかった。


「……ある言葉が妙に頭に引っかかっとるんや」
「……なんだよ」
「宍戸を殴った後に、澪は言ったんや。『あんたのその手で、澪に触れないで』……どこがおかしいか分かるか?」
「……っ!」


跡部は忍足の言いたい事を理解した。
忍足が言いたいのは、澪の発言の矛盾点。
跡部自身は、その中身が麻央だと知っているからおかしくは思わないが。
忍足たちからすれば、麻央の存在すら知らない。
澪が、澪自身に触るなと言ってるのがおかしいと、忍足は言っている。


「まるで、第三者の言葉やな。………この意味、自分は知っとる?」


忍足の表情は優しかった。
優しく……跡部に答えを求めている。
その瞳には、決して優しいとは言えないような……炎を灯しながら。


「…俺は知らない。お前の聞き間違いだろ」
「誤魔化すん?」
「………」


忍足は目を細めて尋ねる。
それでも、跡部は知らないと一点張り。
決して……麻央の存在を悟られないようにした。


「ふーん……。ほなええわ。この話も終りでええよ」


ぱっと打って変わり、雰囲気が柔らかくなった忍足。
跡部も緊張の糸を解く。


「恵理も待っとるしな」


自分と違って、とだけ言い残して忍足は生徒会室を後にする。
残された跡部は、椅子に乱暴に座って額に手を当てた。


「……………っ、」


跡部でも、忍足の心の想いは何も判らなかった。
本当に聞きたいのはあれだけなのか。
どうして澪の方へついたのかも、何も問わずに。
脆いところから、崩そうとする………忍足の言葉が、やけに心に突き刺さった。





向日side



なんなんだよ。
なんなんだよ。
意味が分かんねぇよ……!
跡部も日吉も、恵理を裏切ったのか?
澪の方に行っちまったのか?

「っ澪!」

跡部の澪を心配する声が、凄く必死で。
名前を聞くのも懐かしく思えて……。
つい、この間まで笑い合っていたのに。


「分かんねえよ……」


さっき、部室で日吉との会話を思い出す。
話していた内容は……俺から、昨日の事を聞いたんだ。

「日吉、お前は……どうしてあいつを助けたんだよ」
「……あいつ?誰ですか」
「……っ澪だよ、分かるだろ……!」
「分かりませんね。澪先輩の名前はあいつ≠カゃない」
「………っ」


日吉の淡々とした口振り、俺を見限ってるような態度に俺は腹を立てていた。
憎まれ口はいつものことだが、澪の事となるとそれが一層多くなる。

「向日さん、貴方はいつも前しか見ていませんよね」
「……それが、なんなんだよ」
「少しは後ろを振り返ったらどうですか?青木先輩が来てからの澪先輩の言動、表情……よく思い出してみたらどうですか」
「……なに、何もかも分かってるような口利いてんだよ…!」
「………。大体、向日さんは事実を見たんですか?」
「……じじつ?」
「澪先輩が、いつ青木先輩を虐めてましたか?実際に悪く言っているのを聞いたことがあるんですか?」
「………」


その時何も言い返せなかったのが悔しくて。
確かに見てはいない。
でも、恵理は昔から弱いんだ。
神経質で、か弱くて………。
俺達が守ってやらないと、恵理は……!

「………貴方達がそうだから、こうなるんですよ」
「……はぁ?」
「先輩達が青木先輩にそうやって関わるから、あの人はそういう甘えた気持ちになるんです」
「…っ、何も知らねぇくせにんなこと言ってんじゃねぇ!」


恵理と初対面のお前に何が判るって言うんだ。
そう思い、日吉を睨んでいる最中だった。
澪が来たのは。


「………気に入らねえ」


澪が戻ってきた瞬間、日吉の顔は変わった。
まるで、今までの俺達の会話を悟られないように優しく表情を変え、雰囲気も柔らかくして。
自分から挨拶までして。
挨拶が返ってきた時の澪のあの微笑は、何故か懐かしく感じるものがあった。


「……っむかつく、」


言えよ。
早く。
ごめんなさい≠チて。
恵理に……。
そうすれば俺も…返すから。
前みたいに、笑顔で……挨拶を。
そうして戻りたいんだ。
また、あの明るい笑顔を俺に向けて欲しいんだ……!


「岳人、」
「っ!?」
「何ぼーっとしとるん?練習するで」
「……っあ、あぁ」


その後は侑士がどこからか帰ってきて。
俺はテニスに専念しようと心掛けた。