冷たい風が、気持ち良い。 ガチャ。 突然、屋上の扉が開かれた。 レギュラー達かと思い振り返ると、そこには跡部がいた。 「……何だ、あんたか…。何?何か言いに来たの?」 「……違ぇ」 「…なら、すぐに立ち去ってくれる?目障りよ」 フェンスに眼を戻すと、跡部が近づいてくるのが分かった。 「そうは…いかねぇんだよ」 「……何か、知ったの?」 アタシはまた跡部に視線を戻し、フェンスに背をもたれる。 「…昨日…の、日吉との話…を」 ……何だ、聞いちゃったんだ。 …こいつには、自分で真実を見極めて欲しかった。 「そう…。知って、どう思ったか知らないけど…貴方はどうしたいの?」 ふつふつと湧き上がる怒りを抑えて聞く。 知ったから、何? 自分が間違ってた事を認めるの? 知らなかったら、何? 自分が間違ってた事を否定したの? 「…俺…は、澪を…麻央を、守りたい」 都合が、良すぎる。 アタシはその言葉を聞いて、怒りが頂点に達した。 「…守りたい?何を今更!アタシが居なくなって一番近くにいたのはあんたでしょ!?何故一番に真実に気付かない!真実に気づいてないくせに澪を傷つける資格なんてアンタにはない!あの時の言葉は嘘だったの!?」 動き出した歯車は、もう止まらない。 壊れるまで回り続けるしかないんだ。 「あんたの所為でどれだけ澪が傷ついたと思ってるの!?それを、あの時と同じ言葉でやり直そうって思ってるつもり!?澪が一番嫌いな言葉、アンタは一番分かってるはず!澪が、どれだけ存在を否定される事が苦しい事か、アンタが一番分かってたんでしょ!?」 どれだけでも言葉が出てくる。 でも、これだけ息を切らすと、意識もやばくなってくる。 「はぁ…はぁ…っ」 跡部side 「……っ」 麻央の言葉に、俺は身体に刃物を突きつけられた感覚がした。 俺は…こんなになるまで、澪を信じてやれなかった。 でも、日吉は初めから澪を信じていた。 行動に移せないだけで、日吉は…澪を守ろうとしていた。 「アタシはあんたを許さない。勿論、守ってくれる事に期待なんかしない」 そんなの…百も承知だ。 「…許さなくてもいい。期待なんか、しなくていい。でも…俺は、澪を信じてやれなかったことの償いをしたい。だから…俺は、澪を…麻央を、守る」 感情のまま、麻央を抱きしめると、 怒りか、悲しみか、震えているのが分かった。 「…っ、う…」 一瞬麻央の力が抜けて、澪に変わったのが分かった。 「……景…吾、信じていいの?その言葉…」 麻央のきつい言葉とは違う、子供のような言葉。 「…ああ。信じてやれなくて、悪かった…」 「私…ね、凄く、怖いの…皆が…。…私、生きてる…?今、私が居るって、ちゃんと感じてる?」 自分の存在を確認する言葉。 良かった……澪はまだ、壊れてない。 「ああ。居る。ちゃんと感じる」 「良かった…私、ここに居ていいんだよね?また、皆と笑い合える事、夢見てていいんだよね?」 「夢じゃねえ。すぐに現実になる」 「はは…嬉しい。ありがと…景…吾」 安心したのか、澪は意識を失った。 精神を麻央に預けているってことは、澪自身、結構な疲れを伴うってことだろう。 「……澪」 まだ、俺の腕の中には澪が居る。 今は離したくない。 離したら、どこかに行ってしまいそうで。 行ってしまったら、戻って来ないような気がして。 「……俺が、絶対に守ってやる」 そう決心した。 だが、……何故、恵理はこんな事をした? 小さい頃は…本当に良い奴だったのに。 もしかして……それは、俺の中で勝手に作った恵理なのか? 本当は……初めからあの恵理なのか? ……信じられなくなると、全て疑い深くなる。 「……、迷ってる、みたいね…」 「っ、」 今度は麻央の意識が戻ったのか、俺の腕の中にある身体が動いた。 「あの子はもう、あんたの思ってるような子じゃないわ」 「……麻央」 「…信じられないのなら、とことん疑う。いつまでも、甘い気持ちを持たないで」 俺の腕から離れ、麻央が立ち上がった。 「……いくら親しい仲でも、切り捨てなきゃいけないのよ」 そう言った麻央の表情は、どこか寂しげだった。 「……麻央、」 「…何?」 「お前は……澪の為に、ここに居たのか?」 「……そうよ、澪の為。アタシは…………澪の、姉だもの…」 そう言うと、麻央がドアへ向かって歩き出した。 「……帰るわ」 「……ああ」 麻央は屋上から出て行った。 残った俺は、テニスコートに居る恵理たちを見た。 皆、楽しそうに話していて、恵理はその中心に居た。 ……あぁ、そうか。 恵理は、この位置を守りたかったのか。 いつも俺たちの中心に居る自分を……。 だが、これからはそうはいかない。 俺は澪を守ると約束したんだ。 恵理……俺は今から、お前を切り捨てる。 ×
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