澪side



それから少しだけ、景吾と二人きりで過ごした。
何の後ろめたさもなく、わだかまりもなく。幸せだった。
そして時間も遅くなり、皆が帰っていくのとすれ違いに両親が病室へと来た。


「………澪、」
「お母さん、お父さん……」


入るなり、私に抱きついてきた母。
朝早くから仕事があったらしく、朝の面会時間には来れなかった両親。
夕方。両親は揃ってお見舞いにきてくれた。


「良かったっ……本当に、良かった……!」
「お母さん……っ」


仲間の皆のものとはまた違った安心感に包まれ、私はきゅっと目を瞑った。
幼い頃から包まれていた、母のぬくもり。あたたかくて優しい匂い。
こうやって抱き締められるのは何年ぶりだろう。
両手で数えるほどしか記憶にもないような気がする。
母は姉の…麻央の元につきっきりだったから。
でも、数こそは少ないものの、一つ一つがしっかりと思い出に残っている。
どれも、今みたいにあたたかく私を包んでくれた、幸せな思い出。


「……母さん、澪が苦しそうだぞ」
「あっ、…ごめんなさい」
「………」


父に言われ、はっとしたように私から離れた母。
私は少し名残惜しい気もしたけど、すぐに笑った。


「だけど……本当に心配だったのよ。また…麻央の時みたいに、何もできないままになるんじゃないかって……」
「………」


母が切なそうに笑う。
きっと……あの時のことは、今もまだ母の記憶に恐ろしさと悔しさを植え付けているんだろう。
傍に私が居たとはいえ、あれは麻央の意志での行為だったから。
どうして娘の気持ちに気付いてやれなかったのか。
そのことを、母はずっと悔やみ、自分を責めていた。


「……私も、お前を失いたくはなかった。満足に話もできないまま……離れ離れになるなんてこと、二度と経験したくはなかった」


父も、悲しそうに眉を寄せる。
普段から仕事に精を尽くしていた父。
それは私たち家族の為。
だから……私や母のように、毎日麻央のお見舞いにいくことはできなかった。
一番、麻央の為に頑張ってくれていたのに。
それが父にとって、辛くて心残りになったことかもしれない。


「……私はもう大丈夫だよ。それにね、麻央は……」


私の口から麻央という言葉が出てきたからか、少し驚いた顔をした両親。
……両親の前で、麻央の名前を出したのは、久しぶりかもしれない。


「麻央はね、後悔する生き方なんてしてないよ。お父さんとお母さんにも感謝していたし、大好きだって思ってるよ」
「澪……」
「麻央は、笑ってたから。すごく幸せそうに……」


消えゆくときの麻央の顔を思い出してみる。
泣きそうな顔をしていたけど、それは決して悲しみからくるものじゃなかった。
それは、私が胸を張って言えること。


「だからね、お父さんもお母さんも、もう麻央を心配させるような顔しないで。麻央は幸せだから。もう、安心して上にいるから……」


私の言葉は、両親からしたら奇妙なものに思えるかもしれない。
だけど、両親はそんな顔一つしないで、


「……そうね。私たちがいつまでもくよくよしてたら、向こうにまで麻央を不安がらせてしまうわね」
「ああ……。そうだな。今度は私たちが麻央の分まで強く生きていかないとな」
「うんっ……」


家族の間にももう、前のようなすれ違いはない。
ちゃんと麻央の居場所もそれぞれの心の中に確保してあるよ。

だから、安心してね。




No side



―――――――1ヶ月後。


「澪、おめでとーーー!」
「今日でようやく退院か」
「うん。わざわざ退院の日まで来てくれてありがとう」


澪は、松葉杖をつきながらベッドから起き上がった。
あの日、全てが終わった日からというもの……氷帝メンバーは毎日この病室へと足を運んでいた。
澪に会う為に。
順調に回復していく澪を、この目で見る為に。
時にはリハビリも一緒に付き合い…共に痛みを分かち合った。
そんな苦難を乗り越え……澪は無事、退院することができたのだ。


「当たり前だろ?ほら、荷物持ってやるよ」
「ありがとう、亮」


退院とは言っても、まだ松葉杖は手離せない。
だが、それも周りに居る大切な仲間が支えてくれる。
澪には何の心配もなかった。
むしろ……こうして退院し、再び皆と部活ができることに喜びを感じていた。


「階段ですね。手を貸しましょうか?」
「大丈夫だよ、長太郎。もう杖には慣れたから」
「それでも澪先輩は危なっかしいですよ」
「わ、わかったら……そんなことないのに」


言葉には微妙にトゲがあるものの、そう言う日吉の表情は優しかった。
二人の優しさを感じながら、澪は言葉に甘えて鳳の手に支えられながら階段を下りる。


「おい、それは普通俺の役目だろ」
「おーおー。彼氏さんのお怒りやで」
「こえーっ」
「あっ……それもそうですよね」


鳳は、配慮に足りなかったと済まなく思い、階段を降り終えたところで跡部に代わる。
澪は恥ずかしく思いながらも跡部が差し出した手に自らの手を重ねた。
周りが微笑ましそうにその姿を見ていると、


「澪……これから少し、学園に寄れないか」
「えっ…学園に?」
「ああ。お前に見せたい物がある」


ゆっくり、ゆっくりと足を進め……病院から外へ出た時、跡部がそう切り出した。
跡部の顔は、なんだか自分を落ち着かせようとしているかのように優しいものだった。
不思議に思った澪が他のメンバーの顔を見渡すも、誰も答えようとしない。


「見せたい物って……それに、今日は休日だよ?」
「知ってる。だが…どうしても、お前が必要なんだ」
「……?」


真剣に告げる跡部の表情に、澪はそれ以上言葉を重ねる事ができなかった。
だが、皆が悪いようにはしないことだけは確かなので、澪は静かに頷いてついていくことにした。


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