跡部side



そして明後日という日は来た。
……言葉で言うと、時の流れは速く感じるが。
澪の手術が無事終わった次の日の部活は、やけに静かで活気など微塵もなく誰もが元気がなかった。
手にラケットは持っているものの…それも少しすれば、カランと落ちてしまいそうな、そんな状況。
ボールを打つ気力もない程だった。
ただ一日が…ゆっくりゆっくり…過ぎて行くだけだった。

だがその時と打って変わり、その翌日…つまり今日、澪と面会ができる日の学校は騒々しかった。
麻央に言われた通り…恵理は学校から姿を消した。
転校、という形だけどな……。
俺たちには何も言わずに、全て一夜のうちに片付けてしまったらしい。
だがそれよりも、学校中にある噂が溢れかえっていた。
その内容は、「恵理が転校したのは澪を虐めていたからだ」というものだった。
初めはその内容を信じるものが少なかったが、次々と俺たち正レギュラーに真相を尋ね、俺たちが話した時……それらの噂は真実≠ニなった。
そして聞いた瞬間、血相を変える奴ら。
特に俺のクラスメイト……全員が全員、顔を歪め取り返しのつかないことに閉口した。
恵理に騙されたということより、澪に酷いことをしたことを気にしているようだった。
もちろん……俺たちはそんな奴らの顔を直視できるはずもない。
気持ちは俺たちも同じだから。後ろめたくて…歯痒い。

まるで、自分たちを見ているような、同じ表情。

今日は一日、そんな環境の中過ごした。
そして今は放課後。俺はいつものメンバーを車に乗せて澪がいる病院へと向かう。


「………噂って怖ぇな」
「そうですね…。俺たちも、朝からずっと問い立たされましたよ」


宍戸が呟くと、日吉が力無しに言う。
それと同じような顔をして鳳も溜息をついた。


「改めて…俺たちのしたことの大きさを思い知りました……」
「……そうやな。やけど、これで澪に対しての誤解が解けるなら……」


忍足は眼鏡をかけ直しながら、弱々しく呟く。
俺も同じことを願いながら、早く病院につかないかと景色ばかりを見た。

澪……お前は、俺たちを見て、どう反応する?
拒絶されても仕方ないとは…思っている。
簡単には許されないことも覚悟している。
謝っても謝っても…足りない。それでも、お前に会いたい。

今…俺は、お前が何より…………大切なんだ。





そして病院に着く。
俺たちは受付を済ませ、澪の病室の前まで辿り着いた。
そこは、個室だった。
俺たちは目の前の扉を…じっと見つめる。
小さく薄い扉だが、今の俺たちには何だかとても大きく見える。
俺は意を決して、扉をノックした。


「……はい、どうぞ」


中から聞こえるのは、確かに澪の声。
当たり前なのに少し心臓が跳ねる。
俺はためらいを捨て、ドアノブに手を伸ばした。


「………こんにちは、皆」


ぞろぞろと入る俺たちに、澪がかけた一言。
左足を骨折し、頭にも痛々しく包帯が巻かれてある状態だったが…。
いつものように、笑って。優しく。あたたかく。
それは、麻央の死後3日……あの時と同じ笑顔だった。


「澪っ……」
「ありがとう。お見舞いに来てくれたんだね」


その優しい言葉に、俺たちは何も言葉が出なかった。
もし、嫌な顔をされたら。
入ってくるなと言われたら。
どうしようかと思っていた…俺たちの心が、一気に静まる。


「澪……ごめん、俺…今まで、」


澪のいつもと変わりない笑顔を見て、向日が今にも泣きそうな顔でそう告げた。
それにつられて、


「ほんま…悪かった…。俺、散々酷いことしたな……謝っても、済まされへんとは思うとる…」
「っ俺も!澪、ごめんね。たくさん、傷つけて…」
「…………」
「今から謝っても遅いとは思ってる!だけど、俺たち……やっぱり…」
「ごめんなさいっ…澪先輩、本当に、ごめんなさい…」


次々と発せられる謝罪の言葉。
それを、澪は何も言わず、ただ聞いていた。


「澪先輩…俺も、守れなくてごめんなさい…」
「俺も、すまない。結局何も…してやれなくて…」


日吉に続いて、俺もそう告げた。
すると、今まで黙っていた澪は、


「私ね…皆のこと、嫌いになりそうだった」
「「「っ!」」」
「どうして誰も分かってくれないのか。どうして話を聞いてくれないのか……。私のことなんて、どうでもいいのかって、不安で、憎いと思ったこともあった」


澪の言葉は、当り前で仕方のない事。


「苦しくて苦しくて……消えてしまいたいと思った。いっそのこと私も皆の事を嫌いになってしまいたいと思った」


俺たちに反論することも悲しいと思う権利もない。


「…だけどね、嫌いになんてなれなかった。信じようと思ったの。また…皆の笑顔が見られるって」
「澪…」
「それができたのは……やっぱり、皆のことが大切だからだよ。だからお願い、そんな悲しいことばかり言わないで。私……大好きな皆の辛そうな顔、見たくないよ」


そう言うと、澪は優しく笑った。
俺たちも同じように笑ってほしいと促しているかのように。
だけどその顔は、俺たちの笑顔ではなく涙を誘った。


「っほんとうに、ごめん…っ!」


ジローが力無しに、膝を崩し呟く。


「俺、一番ひどいことした…。澪を傷つけること、たくさん言った……」
「ジロー…そんな、いいよ、あれは…麻央のことを大切に思って、」
「澪、俺にも謝らせてくれ」
「…侑士まで…」
「何も分かってへんのは、俺やった。澪に…取り返しのつかへんことして、ほんまにすまん…」


辛そうに顔を歪め、瞳に涙を浮かべる忍足を見るのは初めてだった。
それは澪も意外だったのか、


「大丈夫だよ。私はもう大丈夫。だから、ほら…泣かないで」
「っやけど、」
「それに、皆は取り返しのつかないことなんてしてないよ」
「えっ…?」
「ほら、私……生きてるよ」


澪は、身動きのできない状態だが……何とか、泣き崩れているジローに手を伸ばす。
決して触れられる距離ではなかったが、懸命に。
それに気付いたジローはすぐに手を取り、


「っごめんね…!俺、これからはずっと澪を大切にする…守る、から…」
「……ありがとう」


そう言ったジローに、澪は満足そうに表情を柔らかくした。


「ほら、皆もそんな顔しないで。私たち、やり直すことができるんだよ」


その言葉に、次第に俺たちの表情が柔らかくなっていく。
意図せず…無意識に。
俺は改めて…言葉が持つ力を感じた。


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