アタシが死んでから、何日経っただろう。
気付いた時は、アタシは微かに見覚えのある家の中に居た。


『………ここは、』


未だに自分の状況、どうしてここにいるのか、自分は何をしていたのか。
全く記憶が分からなかった。
辺りを見回していると、あることに気がついた。


『な、にこれ……』


自分の掌をまじまじと見つめる。
確かに輪郭はあるのに、色がない……透明とでも言うのだろうか。
透けて、床の色しか見えなかった。
そしてすぐに、


『っつ……!』


頭を強く、鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。
ぐらぐらと脳が揺れる。
がんがんと、まるで脳が伸縮しているかのような感覚。


『ぁああっ…!』


思い出した。
アタシは死んだんだ。
澪の目の前で屋上から飛び降りて。
即死して……。
そして、その理由までも思い出した。
でも思い出せたのはそこまで。
それより昔の記憶は、これから少しずつ思い出していくことになる。


『っどうして、アタシはこんなところに……』


未だ頭の痛みを感じながら、その場にいると、
階段から誰かが降りてきたのが分かった。


「麻央、おはようっ」


一瞬びくりとした。
まさか澪には見えている……?

そう思ったけど、それはアタシの思い込みだった。
澪はアタシの身体をすり抜けて、背後にあった写真に話しかけた。
ああそうか、アタシは死んでいるんだもの。
澪に触れる事なんてできない。


「……もう、あれから3日経ったよ」


澪は柔らかな表情でそう告げた。
3日……あまり経ってないのね。


「いつまでもくじけていられないから……私、ちゃんと麻央との約束、守らないとね」


そう言って笑った。
それは純粋に嬉しかった。
アタシの死で、澪の笑顔が失われないか……実は少し心配だった。
そして澪はいつもアタシにしてくれていたように、学校での出来事を写真に向けて話してくれた。
アタシと澪のツーショット写真。


「……ほら、見て。私、この3日間で笑顔を練習したの」


澪はその写真の前で笑顔を作って見せてくれた。
アタシはそれを覗いてみる。
全然変わらない、澪の可愛らしい笑顔だった。


「今日は……皆と久しぶりに学校で会うから、少し緊張する…」


そう一言呟いて、また表情を作って、


「麻央、行ってきます!」


澪はそう言って家を出た。
アタシは、大分軽くなった身体を動かす。
澪についていく形で。

知りたかった。
澪の様子はもちろん、皆の様子……。
アタシが死んで…もしかしたら、傍に居た澪を責め立てるかもしれない。
皆の気持ちが何より知りたかった。
そして、校門をくぐり、部室に行くと、


「あ……澪、」


一番に気付いたのは、宍戸。
その声に気付き、皆が澪を見る。


「おはよう」


そんな暗い雰囲気の中、澪は練習した笑顔を皆に見せた。
その柔らかい表情に……皆の表情も一斉に和らぐ。


「ああ…おはよう」
「おはよ…」


皆もそれに答える。
まだ元気はないけど、ちゃんと笑って。
アタシは一安心した。
でもその中、


「ねえ、澪……」
「……なに?ジロー」


少し不機嫌ともとれる芥川の表情。


「本当に、澪は知らないの?麻央が……自殺をした理由」
「………」


こういうってことは、何度か澪に聞いたみたいね……芥川は。
まぁ、それもそうよね。
死ぬ間際まで、一緒にいたもの……。


「ごめんね……。私、本当に知らないの。本当…突然、だったから……」


澪は秘密にしてくれている。
アタシが皆の事が大好きだということも。
澪を守る為に皆の前から去ったことも。
それが、せめてものアタシを守る術だと、この子は知ってる。


「おいジロー……それは聞くなって、言っただろ」
「………ごめん」
「いいよ、ジローは麻央のことを心配してくれてるだけだもん…」
「……そんな顔するなよ。な?」


少し悲しそうな顔をした澪に、宍戸は肩に手を乗せて優しく笑った。


「そうや。麻央を助けられんからって、誰も自分を責めたりしんよ」


忍足も同じように、澪を安心させる言葉をかける。


「俺たちは全員お前のことも大切だからな」
「俺達がずっと傍にいてやるからな」
「岳人……景吾…」


皆が皆、今の澪にとって一番大切な言葉をかけてくれる。
アタシという存在を失って、新しい支えとなってくれる言葉。


「今まで麻央さんが澪先輩を大切にしていたように、俺たちも澪先輩を守ります」
「だから、何も気にしないでください。前を向きましょう」


鳳と日吉も、同じように言葉をかけた。


「ありがとう……皆、ありがとう…」


澪も嬉しそうに笑顔を返した。

アタシはもう大丈夫だと思った。
こんなにあたたかくて、優しい皆がいる。
アタシの穴をきっと埋めてくれる。
澪のことを、アタシ以上に大切にしてくれる。
そう思ったから……信じて、アタシはその場から消えた。
皆はきっと澪を守ってくれると、信じていたから。
アタシよりもずっと、澪を幸せにできる力を持っているから。

アタシは全て任せたのに。

状況は全て一転した。
今まで澪の笑顔を守ってくれていた皆が。
澪の笑顔を奪い始めた。
アタシが必死で守った澪の笑顔を。
いとも簡単に奪える立場のあんたたちが、
一斉に………
澪を裏切り、アタシの気持ちさえも踏みにじった。

そしてアタシが一番嫌だったこと。
皆は、笑顔を奪うだけではなく…
澪を泣かせてしまったから。

その時から、アタシの中の醜いアタシが再び現れた。
あれだけ大好きだった皆を、
無理矢理…敵だと判断し…
どんなに卑劣だと思われても、嫌われてもいい。
あんたたち氷帝に復讐をしようと決めた。


やっぱり、澪を守れるのはアタシしかいないと思ったから――――


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