この世は常に非情だ。
真実を見ようとしない奴が多すぎる。

また
真実を告げても
それを認められない奴がいる……―――





No side



次の日。
放課後になり、跡部が病院に向かっている頃、幸村以外の立海レギュラーたちが氷帝へと向かっていた。


「今更氷帝の奴らに話す事ないと思うんスけど」
「……だが、今のままというわけにもいかない」
「いずれ、記憶は戻ってしまうでしょう」
「その前に、未玖の代わりに俺たちで解決をするんだ」
「……あいつらに何を言っても遅いと思うぜぃ」
「……犯してはならない過ちを犯してしまったからのぅ」
「……また、未玖さんが苦しむのは見たくないッス」
「それは皆同じだ」
「……さあ、着いたぜよ」


立海メンバーは改めて氷帝を少し眺めた。


「ここが……未玖さんを陥れて」
「……苦しめて」
「地獄に突き落とした場所」


しばらく睨んでからテニスコートへと向かう。
テニスコートでは、少しどんよりとした空気が漂っている。
いつもうるさいくらい聞こえる氷帝コールも、今はない。
だだっ広いテニスコートの中で、選手たちが機械のように練習メニューをこなしていた。


「……氷帝、少し用がある」
「……立海が、急に何か用か?」
「今、俺達忙しいんだけど」
「跡部さんもいませんし、用ならまた今度にして下さい」


代表として真田が忍足に声をかけるも、冷たい瞳で返された。
傍にいた向日と日吉も、気力のない目で立海メンバーを見る。


「あぁ?いいから来いっつってんだろ!」
「赤也……!」
「……っ!」
「何や、いきなりキレて……。まぁええわ、少し位ならええで」
「……ここではちょっと……」


辺りが静かだとはいえ、ギャラリーや部員の視線は多い。
流石にこの状態では落ち着いて話せない。


「……なら、部室に行こか」
「早く済ませてくれよ」
「……っ」


キレそうになっている赤也をジャッカルや丸井が押さえながら、氷帝レギュラーたちの後について行った。


「………」


今は部室に氷帝と立海が向かい合っている状態。


「……で、用って何なんだ?」
「……古瀬未玖さんの事ですが……」
「「「!?!?」」」


改めて聞いた宍戸に、柳生がそう口を開くと氷帝のメンバーは顔色を変えた。


「柳生、時間も無いことだし、単刀直入に言うぜぃ」
「未玖さんに、何をしたんスか?」
「……お前らには関係ねぇだろ」


詰め寄るように言う切原に、向日は目を逸らし呟くように言った。


「関係あんだよ!未玖は俺達の幼馴染だ!」
「……ええやん、もう居なくなった奴の事なんか」


しっかりとしない態度に丸井が声を荒げると、忍足が冷たく言葉を放った。
その言い方はないだろうと頭にきた丸井がまた口を開いたが、


「……っ、俺達が悪いんだC……」


さっきの忍足の声とは対照的な芥川の沈んだ声がそれを止めた。


「っ!ジロー…!」
「俺達が……未玖を信じなかったから……」
「……ジロー、止めや」
「俺達が……未玖を殺したんだ……っ」
「止めや言うてるやろ!!」
「忍足だってっ!!」


芥川が声を張り上げたため一瞬部室が静かになる。
立海のメンバーは芥川の気持ちと決意を優先するのか、口を挟まずに聞いている。


「……忍足だって、本当はもう、分かってるんでしょ?」
「……っ」
「未玖が悪くないって……俺達が間違ってたって……」
「そんな事無い!!」


今度は忍足が声を上げる。
いつもの忍足からは、考えられないような大声だった。


「……往生際が悪いですよ、忍足さん」
「っ、日吉……」


今度は、嗜めるように冷静に日吉が口を開いた。


「未玖先輩が飛び降りたのは俺達の所為。……そうですよね?」
「日吉……お前までんな事言うのかよ……」
「俺達の所為……じゃねぇよ」
「……宍戸も岳人も、本当は気付いてるんだよね……」
「「!!」」


意地を張るように頑なに否定をする向日と宍戸の言葉に、芥川が辛そうな表情で言った。


「もう、変な意地張るのは止めようよ……」
「真実を受け入れるのは苦しいです。でも、そうしないと俺達は前へ進めませんよ」
「ジロー、日吉……っ、でも俺達は……!」
「宍戸さん、もうやめましょう」
「……っ、長太郎……」


今まで場を見守っていた鳳も悲しそうな表情で宍戸を見た。
思わぬ行動に宍戸は眉を寄せる。


「俺、ずっと未玖先輩に酷い事をしていました……。それは、紛れも無い事実です」
「……っ」
「宍戸さんだって、未玖先輩が居なくなって、辛かったんでしょ?」
「……っ!んな事……ねぇ。俺は……あいつは……っ」


だんだんと言葉尻が弱くなる宍戸を見て、冷静になった丸井が口を開く。


「宍戸。お前は、一度でも未玖の話を聞こうとした事、あるのかよ」
「っ!?」


その丸井の言葉で宍戸は何も言えなくなった。



「待って……亮、私……」
「うるせぇっ!お前が……っ!」
「ち、ちが……っ!」
「俺は、お前を許さねぇからな!」




……宍戸の頭に、あの頃の記憶が過ぎる。
自分は……未玖の言葉を、まともに聞こうとしなかった……。
その時の自分の感情だけで、決め付けたんだ。


「……っ」


宍戸の心が揺れ動く。


「……っ宍戸、栞は虐められてたんやで!?」
「ほう……どこにそんな確信が?」


その宍戸の動揺に気付いた忍足が立ち上がり、宍戸に向かって叫ぶ。
その言葉に冷静に聞いたのは柳だった。


「……栞が、言うとった」
「言葉だけで信じるのか?」
「……っ、あいつは……栞を……っ」
「どうせ実際に、見とらんのじゃろ?」
「……っ」


さっきまで勢いのあった忍足も、その言葉には言い返せなかった。


「……俺たちは、お前たちがどう思ってるのかを聞きに来た」


腕を組んで黙っていた真田が重々しく言い放つ。


「……っ、俺はっ、未玖に謝りたい!もうっ、無理だけど……っ」


芥川は悲しそうに、悔しそうに顔を歪めた。


「……俺もです。自分の間違いを……認めましたから」


日吉も、少し視線を下に向けた。


「……俺も……未玖先輩に、取り返しの付かないことをしてしまいました」


鳳の大きな身体は、今だけとても小さく見えた。


「……っ、俺は……気付きたくなかった……っ、自分の犯した罪を、認めたくなかった……っ」


宍戸が拳を震わせて言う。


「でも……確かに俺は、未玖に酷い事をした……っ」
「……っ、俺は……っ!」


宍戸の言葉に忍足がまだ反論しようとするが、それを止めたのは意外にも向日だった。


「侑士……。もう、認めようぜ?侑士だって、未玖に謝りたいんだろ?」
「……っ岳人……。俺かて……自分の間違いに、気付きたなかった……っ」


向日の辛そうな表情を見て、もう言い逃れることはできないと思ったのか……忍足は、白状したように自分の心情を言葉にした。


「気付いたところで、認めたところで……っ、もう、未玖は戻らんのや……っ!今更気付いたかて遅いんや!!」


言葉は、叫びにも似た声質に変わっていた。


「……お前らの気持ちはよく分かった」
「その言葉を聞いて、我々は安心できました」
「……?どういう事や?」


真田が、柳に合図を送った。


「……未玖は………生きている」
「……っな!」
「……ほ、本当……か?」


思いもしなかった言葉に向日と宍戸が声をあげる。


「本当だ。……未玖はあの時、助かったんだ」


思わぬ事実に、氷帝は安堵の表情を表した。


「……未玖に、会わせて欲しい……」
「!せや、会わせてやっ!」


ぽつりと涙目で呟く芥川の言葉に、忍足も必死に訴える。


「俺……今までの事、きちんと謝るから!だから、」
「……そう、言ってくれるのは、嬉しいのですが」


すがるように言う芥川に柳生が悲しい表情をした。
柳も同じような表情をして、氷帝に真実を告げる。


「未玖は……記憶喪失になっている」
「「「……っ!?」」」


一瞬で氷帝の顔が驚愕の表情になった。
思いもよらぬ言葉に、言葉が出てこない。


「………どういう、事や?」


忍足は受け入れられない顔をしながらも、ようやくそう口を開いた。


「記憶喪失と言っても、全て忘れた訳じゃない」
「……もしかして……」


勘付いたのか、鳳が目を見開き、呟いた。


「……氷帝に居た事、氷帝で起きた事のみ、忘れている」
「「「……っ!」」」
「余程辛かったんじゃろな、自分で記憶を封じ込めたんじゃ」


仁王の鋭い言葉が氷帝メンバーの頭に響く。


「……っ、もう、思い出せねえのか……?」
「そんな事はない。可能性はある。……ただ、思い出すのを拒んでいるんだ」


悲しそうに言う向日に柳が冷静に告げた。


「……思い出そうとすると、めちゃくちゃ拒絶するらしいぜぃ……」
「……っ、そんな事が……」
「俺達は……そこまで未玖を苦しめてたのか……?」
「……当たり前だ!!」


ここで真田が声を張り上げた。


「真実を見ようとせずに、自分の思い込みだけで動く奴がおるか!」
「真田くん、今は説教は止めましょう……」
「……だが、」
「弦一郎、ここは精市の言うとおりに」
「……そうだな」


あの時、幸村に言われた言葉もしっかり皆に伝えてある。
その言葉が頭にあった柳が真田を押さえた。


「……俺達は、お前達を殴りに来た」


その言葉は、本当に怒りで震えていた。