※49話からの続きだと思ってください。





こんなことを思っているのは
私だけでいい―――





No side



「い、嫌…。もう…病院は嫌い……。もうあんな思いしたくないっ!!」


勢いよく屋上から姿を消した未玖を、全員が止めることができなかった。
説得できなかった。
守ることができなかった。
また……未玖を傷つけた。
終わらない後悔の波が全員を打つ。


「っ未玖……未玖!!」


芥川が名を叫ぶ。
でも、未玖の姿がないので返事もない。


「……っ、下に…行くぞ……」
「真田……」
「もしかしたら、まだ間に合うかもしれん……」


全員が、そんな希望を持って急いで屋上から駆け下りた。
奥底では、
もう間に合わない―――
そう思っていようと。





「未玖っ……」


屋上の下に行くと、誰か4人の姿が見えた。


「っ幸村……それに、跡部に日吉……塚原」


丸井が呟く。
すると、4人は振り向き、


「…間に、合わなかったみたいだね……」


幸村が悲しそうな顔で呟いた。


「未玖……嘘だろ……?」


跡部が未玖に近づく。


「……っどうして、また……」


他全員が4人の後ろを覗く。
そこには、未玖が横たわっていた。
コンクリート一面に血が広がっている。


「っ、あぁっ…!」


栞は頭を押さえながら嘆いている。
その背中に触れているのは幸村。
誰もが未玖が死んだと思った瞬間だった。
だが、



「……………っ」



「!!未玖!」


一番近くに居た跡部がその呻きに気付き声を上げる。


「ど、どうしたんだよ跡部っ」


跡部は咄嗟に未玖の脈を確かめる。
弱々しいが、まだ微かにトクトクと動いているのが跡部に伝わった。


「未玖はまだ生きてる!」


そして誰かが救急車を呼び、また病院へと運ばれた。
神奈川の病院へと向かう間、栞の話を聞いて全員は、もう一度やり直そう、そう決めた。
もう一度、全員で幸せを―――





手術室のランプが消え、中から一人の男の人が出てきた。


「っ先生、未玖は……」
「……大丈夫。一命は取り留めました」


その言葉を聞き、張り詰めてた空気の中安堵の息をつく。


「ですが―――」





「………」


あれから数日後。
未玖の事は特に学校に知らされることなく時が過ぎていた。
今日も、これから部活。


「……今日は、誰?未玖んとこに行くの……」
「……跡部と宍戸や」
「……そっか」


向日が空を見上げる。


「……なぁ、侑士」
「………」
「未玖が…生きていて良かったと思うか…?」
「……そんなん、俺には分からんわ…」


忍足は、今にも泣きそうな声で返事をした。


「………ねぇ、日吉」
「…なんだよ、鳳」
「もう全員……未玖さんのお見舞いに行ったよね」
「…そうだな。…………あんなの、お見舞いなんかじゃ……っ」
「…だめだよ、そんなこと言っちゃ…」
「あ、芥川さん……」
「今日も寝ないんですか?」
「……寝たくない…。だって……未玖の夢を見ちゃうんだもん……」


その日から皆が笑う姿はなくなってしまった。
気がつけば、目が赤い。
気がつけば、未玖のことばかり考えてる。
気がつけば、自分を恨んでいる。

もう……

「皆っ、今日も練習頑張ってるね!」

あの頃には戻れない―――





「………宍戸、」
「分かってる。……ちゃんと、普通にするぜ」


こちらの二人は、病室の前に少し立っていた。


「入るぜ」


返事の無い間に二人は病室へと足を踏み入れた。


「未玖、今日は俺達だぜ」
「久しぶりだな。未玖は元気か?」

「…………」

「今…な、全国に向けて練習してんだ」
「早く、未玖にもサポートして欲しいって今でも思ってるぜ」

「…………」

「皆も、待ち遠しくしてるぜ」
「栞も、早くお前と話したいって…」

「…………」


二人が話しかけても返答も動きもしない。
それが、未玖。

起きている。
寝ていない。
目を開けている。
意識は無い。

ただ、上半身を起こして空ばかりを見ていた。
その目に光なんて映っていなかった。
一生続く、真っ暗な瞳。


「……また、一緒に全国目指そうぜ」
「…………」


そう、閉じ込めてしまったんだ。
もう二度と、あんな想いをしない為にも。

生きる事は許してしまった未玖。
でも
強く、強く……否定したんだ。
記憶を宿すことを。
また迷ってしまうことを。
感情を持ち続けることを。


「俺達、ずっと待ってるからな……」
「…………」


聞こえない。
話さない。
見えない。
感じない。
全てを閉じ込めた。
今、未玖は
暗闇の中―――


「……また、来るからな」
「未玖、またな」


一度も二人の顔を見ずに、時間は過ぎた。
そして、未玖の周りだけが静かと思うくらいゆっくり時が経ち、


「………未玖」


切ない顔をしながら来たのは、幸村。


「…………」


幸村の声にも反応しない。
姿を見ても何とも思わない。


「………ねぇ、未玖……」
「…………」


返事をしないと分かっていても声を掛ける幸村。
そして、一歩ずつ近づいて、


「ほら……俺、退院できたんだよ………?」


言っても、『おめでとう』の言葉さえ聞けない。
それでも幸村は未玖を真っ直ぐ見つめる。


「今度は……未玖の番だったのに……」


元気になって、皆のところに帰る……。
それを、願っていたのに。


「未玖……」


肌にあたたかみが無い未玖の手を握って、


「これで、君は解放されたの――?」


自分の頬に雫が伝うのも構わず、


「これで、あの頃から……逃げたって言うの……?」


今はまるで生きた人形のように。
そんな風に生きていて……。


「本当に、幸せになれるの―――?」


その言葉に答えなんて無い。
見つからない。
だって、
この暗闇からは抜け出せないんだから。





これが何ていう感情なのかなんて知らない。
ただ、私は今居るべき場所に留まってるだけ。
何も考えないって決めたの。
傷つきたくないから。
我慢したくないから。
だって、辛いから。

本当は死にたかったんだけど。

また神様は許してくれなかったみたいだから。
だから私は、私の意志じゃないけどここに居るの。
皆何を言っているのか分からないけど。
どんな表情しているのか分からないけど。
誰か、分からなかったりもするけど。
何となく≠ニいう感じで今ここに居るの。

本当は死にたいんだけど。

誰も許してくれないから。
私は誰なの?
言いたくても喉が恐れてる。
唇が拒んでる。
どうしてだろう。
その答えは知りたくないけれど。
教えて欲しいとも思わないけれど。
それでも命を落とすことはできないから。

今日も明日を呪って今を生きてます。





おまけ。


「……どうしてよ、未玖…」
「…………」
「どうして、生きることをチャンスだと思ってくれなかったのよ……」


自分が言える立場じゃないと分かってる。
でも、今回だけは許して。
貴女のこんな姿を見たら、言わなきゃいけないと思うから。


「……ごめんなさい。ねえ……ごめんなさいってばぁ……」


いくら謝っても、瞬き一つしない。
何でもいい、口を開いて。
罵声でもいい。
貴女になら、この命を渡してもいい。


「友達……でしょっ……。お願い……もう一度あの頃に……っ」


叶わない願いでも、一生願い続けます。
どうせなら、私が死ねばよかったんだ。
私の命が失われたら、この子は救われますか?

そう考えたけど、周りの皆から止められた。
私の考えていることは、お見通しだった。


「もうっ……憎いなんて思わないから……、羨ましく思わないから……もう一度……笑顔で言って……友達≠チて……」


いくら涙を流した所で、未玖は私の姿なんて目に入ってない。
それでも、溢れる気持ちは止められないから。


「……私は、もう一生……貴女の傍に居るから……」


そしたら、いつかは言ってくれるわよね?


今日も儚い願いを持って、貴女に囁き続ける。





-BAD END-