罪を償いたい?
……それは、とても簡単な事よ。

私の、願いは―――





「っ失っても……私には光が見えてこなかった」


抱き締めると、私の腕で泣き崩れる栞ちゃん。


「今度こそ…、本当に私に矛先が向かってくる……。そう思って、初めは家に閉じこもってた……」
「………」


私は、栞ちゃんの震えている背中を押さえる。


「でも、父に気付かれて……また、怒鳴られて……。気づいた時には、家を飛び出してた……」


栞ちゃんはそれからまた少し話をしてくれた。

小さい頃から使っていない貯金を使って小さなアパートを借りて、そこで一人で暮らし始めたこと。
お父さんともう一度話をして、月に1回で生活費を送ってくれるようになったこと。
……栞ちゃんは、私が思いつかないような苦労ばかりしていた。
本当に……私はただ笑っていることしか出来なくて……。


「っ……、貴女が生きているということを知ってから……もう一度貴女に会いに行こうと決意をした……」


落ち着きを少し取り戻した栞ちゃんは、顔を上げて言った。


「……でも、貴女が記憶を失っていると聞いて……」


栞ちゃんは、私の目を見て、


「…ずるいと思った……」
「……っ」


きゅ、と私の腕を掴み、


「…それは、ただの逆恨み…。今まで逃げることも出来なかった私にとっての……」
「……栞ちゃん…」
「記憶≠失くすことで逃げてる貴女に……私は前の感情を思い出した」


羨ましい。
そう、思った――?


「それなら……私の手で思い出させてあげようと……。あの頃の、体験を元に……」


栞ちゃんだって、苦しんでたんだよね?
思い通りにいかないもどかしさに、もがいてたんだよね?


「っ…記憶を失ってる未玖は……前よりも純粋に笑っていた」


それがまた、栞ちゃんの気持ちを煽ってしまったの……?


「…っどうして、そこまで笑っていられるのか……不思議で、羨ましくて……っ」


だから、あんな事になってしまったと―――


「っごめんなさい……っう、あぁ…っ」


ついに声を出して泣き出してしまった栞ちゃん。


「……。謝らないで、栞ちゃん……。だって、死ぬことを決めたのは私なんだよ……?」
「っ、それで……、死ねなかった事を、どうして喜んでくれないの……?」


その言葉に、私はドクッとした。


「っ……」
「神様は…未玖に二度もチャンスを与えてくれたんだよ……?」


チャンス……それは、
生きる事―――


「生きる事の幸福を与えてくれて……なのに、またそれを台無しにするなんて……未玖は、贅沢だよ……っ」
「……っ」


確かに、そうかもしれない。
もしあの時、私が死んでいたら……皆の気持ちや、栞ちゃんについても知ることが出来なかった。
今この時、精市がマットを用意してくれなかったら……こんなにも、生きる事の嬉しさを感じることが出来なかった。


「っ…ごめんなさい、栞ちゃん……。私、自分勝手で……簡単に逃げ道をつくってばかりで……」
「……そうさせたのは私…。お願い…謝らないで…。怒って…許さないで……私がした罪を償わせてよぉ……っ」


栞ちゃんが、私にすがり付いて頼んでいる。
……違うよ、栞ちゃん。

何度も言ったけど、私が本当に望んでいるのは―――


「もう一度、お友達になろう?」
「っえ……?」


栞ちゃんは驚いた顔をしたけど、ずっと前から思ってたんだよ。


「……辛い時があったら、何でも私に言って…?一人で悩まないで、私に話して……?言ったでしょう?私は、栞ちゃんの友達だって……」
「っでも……」
「私ともう一回やり直そう?一緒に、幸せに過ごそう?それで、私は前の苦しさなんてすぐに忘れるから……」
「…未玖っ……あ…ありがと……っ」


今度こそ、貴女は苦しみの涙を流さなかった。
だって、改めて友達になれた、嬉しさの涙だよね?
きっと、そう。
だって、私にも同じ涙が流れたから。


「………未玖さん…」
「…赤也、分かった?……これが、本当の友情なんだよ」


精市の言葉に、赤也は俯いた。


「……立海の皆、ごめんなさい。折角の好意を無駄にしてしまいそうになって……」
「……いや、未玖が無事だったんだ。……俺達は、何よりそれが嬉しい」


ふと、弦一郎が微笑んだ。


「そうだぜぃ。未玖が幸せなら、俺等だって幸せだしなっ」
「じゃな。こうとなれば、塚原とも仲良くするぜよ」
「っ…皆さん……」


栞ちゃんが、目を細めている。
その姿が、私からしても微笑ましかった。


「………未玖」
「…皆…栞ちゃんを責めないで…」
「……安心しろ。責めたりはしない。……むしろ、俺達から二人に謝りてぇ……」


そう言うと、景吾が中心となって氷帝全員が頭を下げた。


「本当に悪かった……。二人の気持ちに、気付けなくて……」
「自分の思い込みで動いてまって、悪かった……」
「……いいよ、頭を上げて。ほら、私は謝ってもらいたいんじゃないって」


皆がゆっくりと顔を上げた。


「……これからも、私達と一緒にいてくれますか?」


そう問うと、


「勿論です」
「約束するぜ」


今日が初めて、友達を思って心から素直になれた日だったと思う―――