小さい頃の記憶から
愛情≠ネんて感情はない。

そんなの、受けていないから―――





栞side



私は、小さい頃から大人しく振舞っていた。
それは、家庭内のある環境のせいだった。


「もっと酒を持って来いっ!」
「ちょっと、もうこんな夜中よ…!」
「うるせぇっ!」
「っつ…」


私の父は、仕事が上手くいかない事に悩んでお酒ばかりの生活に溺れていった。


「………っ」


父の帰ってくるのは11時を回ったくらい。
子供の私は、もうとっくに眠っているはずだった。


「きゃっ…!」


父が母に手をあげていなければ。


「っ……」


私は、眠れず、自分の部屋で耳を塞ぐ毎日を過ごしていた。
ゆっくりと眠れる日なんて、物覚えがついた頃から無かった。


「……栞」


父が帰って来ない日もしょっちゅうで、その間は母と二人で過ごしていた。
といっても、母は家計の事で頭がいっぱいだった。
父が、全てお金を使ってしまうから。
どうせ、女と酒に酔ってたんだろう。


「……おかあさん、だいじょうぶ…?」
「………」
「……おかあさん…?」
「…っあ、……うん、平気よ」


疲れが顔に出ている母を見るのは、とても辛かった。


「……栞、ごめんね」


私を見ると、何時もそう呟く母。
でも、その日は何度も、何度も繰り返していた。
そして次の日……。


「―――――――おかあさん?」


起きたら、誰か居る気配が無かった。


「……?」


ただ、机の上に。
『ごめんなさい』
それだけ書かれた紙があった。

それが、私が小学校にあがる前の話―――





「……っそれって……」
「……母は、私を置いて、一人で出て行ってしまったの……」
「………」
「…母の気持ちは分かる。母には体力はもう無かった。私を養えるほどの体力が……」





母が居なくなってから、父は私が居るからか、少し早く帰っていくるようになった。
小学校にあがる用意だけはしてくれた父。
でも、私は感謝の気持ちの欠片もなかった。
小さくして母の愛情を失い、父からの愛情も受けずに育った私は。
同じように人を愛することもできなかった。


「隣だよね?よろしく」
「………」
「えーと、栞ちゃん……だよね?」
「………」


入学したてで、隣の子から話しかけられた時も、何も返せなかった。
どう返事をしていいのか、分からなかっただけなんだ。
その子は、テケテケと他の友達の方へ行って、


「だめ、返事もしてくれない」


と言っていたのが分かった。
それからというもの、私の周りには誰も来なくなり、孤立した小学校生活を送ることになった。
小学生だから、肉体的暴力などはなかったけれど、無視∞仲間外れ≠ネどといったことに巻き込まれた。
その事を先生や父に話すこともなく、小学3年生まで進んだ頃、


「お前、学校ではどうなんだよ」


初めて、父にこの事を聞かれた。
久しぶりに、話しかけられたかもしれない。


「………」


でも、はっきりと物事が判断できるようになってから、父への嫌悪感は増していた。
私が無言で自分の部屋に戻ろうとすると、


「っ、てめえ…!」


無視をした私に気に入らなかったのか、父は私の腕を掴み殴った。


「っ!」


父とは絶対に話すもんかと決めていた私は、たとえ痛くても声をあげないと決めた。
それをいいように思った父は、ストレスが溜まる度に私に当たるようになった。
それは、勿論私にとっても嫌な気持ちが溜まるばかりで。


「てめえが居なければもっと楽に仕事ができたんだよ」


そんな事を言われるようになり、私は学校から帰ってくるとすぐに自分の部屋へ行って閉じこもった。


「っお母さん……」


恋しいのはお母さんだけ。
小さい頃、私の頭を撫でてくれた優しい手。
それだけが、私の心の支えだった。


「……帰ってきてよぉ…」


学校では皆笑ってる。
笑ってないのは私だけ。
こんな思いをしているのも私だけ。
愛情を感じてないのも、私だけ……。


「っどうして、私だけ……」


どうして私なの?
どうして他の子じゃないの?
神様は、どうして私をこんな目に遭わすの?

そればかり考えていた。
その事から抜け出せずに、あっという間に小学校を卒業した。
学校行事に父が参加したことなんてない。
もう、あの人は父親なんかじゃないんだ―――