どうして、そこまで他人を想えるの?
痛いなら、痛いって言えばいいのに……。

どうして、自分を大事にしないの?

それが、君だからなの―――?





幸村side



「いつも未玖を傷つけている主犯は……君だったんだね」


目の前で平然と立っている、俺より小柄な女の子を見る。


「うん、そう。全部私」


簡単に話す相手に、俺は怒りより先に、脱力感を感じた。


「……どうして、未玖なんだい?」
「簡単なことよ。…未玖は、幸せだったから」


少しだけ眉を寄せる。


「いつも笑っていて……周りには友達でいっぱいで……不安や悩みなんか一切ない子だから……」
「……君は、あるんだね…?」


俺が言うと、塚原さんは黙って、


「……あの時、未玖を助けに来たのは貴方だったんでしょう?」


あの時、とは、さっきの記憶だろうか。


「…うん、そうだよ」
「……馬鹿ね。あの時未玖を氷帝から連れ出したら、こんな事にならなかったのに」
「……そんなの、勿論思ったよ」


でも、あの後……





「っ未玖……?ねえ、未玖……」


未玖は恐怖からか、気を失っていた。
被せた上着の隙間から見えている、痛々しい痣の数々。
それが、今までの未玖の生活を物語っていた。


「っこんなになって……」


俺の眼からは涙が溢れ出した。
どうしてこうなってしまったんだ?
前までは笑顔の耐えない未玖だった。
自分より他人の事を考えてしまうような優しい子だった。
そんな未玖が……。


「っ精市……泣いてるの?」
「っ、未玖!」


未玖が目を覚ました。
俺は急いで涙を拭いてしっかり未玖を見た。


「……泣いてなんかないよ」
「…嘘…。それは、私の為に…?」
「……ごめん。何もできなくて……」


俺は無力だ。
未玖を守る力が無い。
こんな身体じゃなかったら……。


「……大丈夫だよ。今回は、運が悪かっただけ。……いつもは、こんなことないんだよ?」
「………」


そんなの、信じられないよ。
その身体中の傷を見たら。
未玖の……悲しそうな顔を見たら。


「……未玖、俺たちのところにおいで?」
「……え」


氷帝で、こんなことになってるなら。
俺たちのところに来ればいい。


「……立海に?」
「うん。あっちなら、皆俺たちの味方だし、俺もいる……」


もう、未玖が傷つくことなんてない。


「……だめだよ、精市」
「っ何で……」
「だって、氷帝があるもの」
「……?」
「…私には、氷帝≠チていう居場所がある」


……居場所?
こんな……誰も助けてくれないようなところが?


「皆、本当は凄く優しいんだよ?……ただ、今はちょっと問題があって……」


優しい?
未玖を見捨てるようなあいつ等が?
俺はその言葉を否定することはできない。
未玖の顔が、氷帝の話をするにつれて少しずつ笑顔になっていったから。


「大丈夫。絶対に前みたいに戻るから。…絶対、気付いてくれる……」


だから、安心して。未玖は俺に言った。
俺は何も言えなかった。


「……っつ。…じゃあ、私……帰るね」
「……送るよ」
「いいよ、一人で平気……」


背を向けて歩き出す未玖。
全然平気じゃないくせに。
でも俺はその後未玖を追いかけることができなかった。
未玖の背中が、俺が来るのを拒否しているように思えたから……。





「未玖は、あんな学園でも居場所って言ってたんだ……。それを、無理矢理引き裂くのは俺にはできなかった。それで、未玖が笑顔になるわけでもないから……」


静かな空気が流れる中、俺はゆっくりと話した。


「……そこが甘いのよ」
「………」
「そんな甘い気持ちで、人は救えない。それこそが、中途半端になるきっかけになるのよ」


悔しいけど、正論だった。


「……それで、俺の質問。……君は悩みがあったの?」


言うと、塚原さんの表情が変わり、


「……悩み≠ネんていう簡単なものじゃないわ」


とても苦しげな顔をした。


「……その悩み≠ェ、今回の事を起こした原因?」
「………そうかもしれないわね」


はぁ、と息を吐く塚原さん。


「……教えてくれない?」
「……え?」


びっくりしたように俺を見た。
予想外、とでも言うように。


「……何言ってるの。私より、未玖の方に……「君も心配だよ」……っ」


その言葉をかけると、塚原さんは少し泣きそうな顔になった。


「……私の事を……心配してくれるの……?」


さっきまでの余裕のある顔じゃなく、一人のか弱い女の子になった。
俯き、胸の前で手を握っている。


「…うん。ねぇ、聞かせてくれない……?」
「………」


塚原さんは、小さく頷いてくれた。


「……私……の、この傷……」


腕や足にある傷。
未玖と同じくらい紫に変色した傷。


「氷帝で……未玖に殴られた…って言ったりしてた……」
「……うん」


女の子の力で、ここまでの痣にすることなんてできない。


「……そして、今になって……未玖に、氷帝で虐められたって言った傷……」


塚原さんは、両手で自分の身体を抱えるようにして、


「これは、私が意図的にやったり、誰かに頼んだりした傷じゃない―――」



君の心の痛み、教えて――?