気持ち。
それは物≠ンたいに、簡単に整理できるものじゃない。
簡単に隠せるものじゃない。

でも、
未玖先輩の為なら―――





日吉side



今日は俺と向日さんとでお見舞いに行く。
昨日、跡部さんから言われた。
未玖先輩を刺激するような言い方、態度をするなと。極力普通に接しろと。
……宍戸さんや忍足さんの態度が変わってたらしい。
あの人たちは、自分のした事を、本当に悔やんでいるんだろう。
それは、俺も同じだ。
すぐにでも未玖先輩に謝りたい。

言葉にならない気持ちが、俺の中にある。
それが、態度に出なければいい……。


「おい、日吉。着いたぜ」
「……はい」


何より向日さんは心配だ。
いつも前向きな向日さんが、後ろを振り返って、未玖先輩に償おうとしている。
でもまだ、気持ちの整理が出来ていないように見える。
普通を装うなんて、苦手なことだろう。

コンコン。

ノックをした。


「……はい」


未玖先輩の声。
前の時より、元気がないのが分かる。
静かに俺たちは入った。


「……!」
「今日は、俺たちだぜ」
「えっと……向日くんと日吉くんだよね?」
「おう」


向日さんは、気付いてないみたいだ。
でも確かに、前会った時よりやつれているのが俺には分かった。
よく見ると顔色も悪い。
ちゃんと、眠れているのか?

やっぱり、まだ――


「……どうしたの?日吉くん」
「え、あ……何でもありません」


しまった。
考え事なんかしてて、未玖先輩の気に障ったりしたら……。


「………」


向日さんが目で訴えてきた。
もう大丈夫です。今は、過去の事は考えません。


「……未玖、どうだ?調子は」
「大分、良くなってきたよ」
「……そうですか」


だめだ。気を遣うと、会話が続かない。
向日さんも、何を言えばいいのか、どの話題なら大丈夫なのか、迷ってるみたいだ。
……くそっ。
このままじゃ、余計に変に思われる……。


「……ちゃんと、寝てますか?」


そして、俺の口から出たのはその言葉。


「……え?」
「……顔色、悪いですよ」


こんな事を、言いたいんじゃない。


「……そう?」
「はい。……もし、何か不安な事などあったら、言って下さい。……俺たちは、未玖先輩の味方ですから……」
「……味方……」
「そ、そうだぜ。俺等は未玖の仲間だ!」
「………ありがとう」


笑った。
今日、初めて笑った。微笑だった。


「「……っ」」


俺たちは、何も言葉が出なくなった。
未玖先輩は、俺たちの言葉で、笑ってくれた。
それが嬉しくて。
無理な笑いじゃない。
本当の、微笑――


「……私ね、怖かったの。……いきなり、記憶喪失って言われて、分からなくて、思い出せなくて……」


はにかんだ顔で言う未玖先輩。


「……私は分からないけど、氷帝の人たちは知ってる。私の学校での事。……いきなりの事で、整理できなくて」


……そうですよね。
自分の失った記憶の中にいる人物が突然現れて、すぐに信用できる方がおかしい。


「……だから、少し、疑ってたのかもしれない……。ごめんなさい……」
「謝らないで下さい」
「そうだぜ。そんなの、気にすんな」
「……うん」


それから俺たちは別の話をした。
当たり障りのない、今日の学校での事。世間話。
未玖先輩も、何回も笑っていた。


これからもずっと
その笑顔を
守り続けたい―――