古い記憶は、新しい記憶によって、どんどん深い所に追いやられてしまう。

その上に、新しい記憶が重なる。

じゃあ、忘れてしまった記憶は?
思い出せないだけで、ちゃんと残ってるの?

それとも、
忘れてしまったから、消えてしまった―――?





「あ、来てくれたんんだ!」
「ま、まぁな……」
「約束しましたからね」


氷帝の皆と初めて会った、次の日。
宍戸くんと、鳳くんが来てくれた。


「これから、日替わりで二人ずつお見舞いに来る事になったんです」
「え?本当?」
「おう、今日は俺たち」


毎日来てくれるなんて、何だか凄い……。
なんだかいっきに、友達が増えた感じがした。
こんなこと言ったら、嫌われるよね。
ずっと前から友達なんだし……。


「ねぇ、宍戸くん」


そう呼びかけると、宍戸くんは少し切なそうに眉を寄せた。


「……あのよ、その……名前で呼んでくんねぇ?」
「えっ?」
「……宍戸さん、」


びっくりしたように隣の鳳くんが声をかけるけど、宍戸くんは話すのをやめない。


「……俺、前みたいになりたいんだ」
「……前?」


私の、過去……。


「私……名前……」
「……未玖、先輩……」


何だろう、この不安に満ちた心。
何だろう、この恐怖に似た感情。

嬉しい言葉のはずなのに。
わざわざ遠いところお見舞いに来てくれて、こうやって、話してくれてるのに。
何で……こんなに名前が呼べないんだろう。


「……俺の名前、分かるか?」


もちろん知ってる。
自己紹介で、皆の名前は覚えた。
亮くん。心の中では、呼べる。


「なぁ……名前で呼んでくれ……」
「宍戸さん……」


鳳くんが、悲しい顔をして宍戸くんを見ている。
私が、そうさせてるの?


「お前は覚えてなくても……俺は、忘れられない程、頭に焼き付いてるんだ……」


私の、失った記憶が?あなたに?
私はそんなに大事なことを忘れてしまったの……?
どうして……私は思い出せないんだろう。
こんなに切なそうな表情をしている、宍戸くんのことを。


「宍戸さん!」
「……っ!」


鳳くんが大きな声で言うと宍戸くんは、はっとしたように下げていた顔を上げた。
名前くらい、簡単に呼べるものなのに。
唇が、下が、喉の奥が震えて……言葉が出てこない。


「ごめ……っ名前……呼べなくて…っ」


何故か、私の手は小刻みに震えていて。
何故か、冷たいものが頬を伝って。
何故か、とても申し訳なくて。
でも……そうなる理由が分からなくて。


「あ……わ、悪いっ!今の、忘れてくれ……」


焦った宍戸くんと鳳くんが、落ち着かせるために私の肩に手を置いた。
でも。
安心する所か、益々不安になった。
差し伸べられる手が、とても怖くて。
優しいはずの声が、とても鋭く聞こえそうで。
どうしたの、私……。


「未玖先輩……っ!」
「私……ほんとに、何もっ、覚えて……なくて……っ」
「分かってます。未玖先輩の所為じゃありません。安心してください……!」
「未玖……っ」

「……しばらく、一人にさせてあげて?」

「「!!」」


いきなり声がしたかと思ったら、ドアに精市が居た。


「少し、落ち着いた方がいいだろう」


横から、立海メンバーも顔を覗かせる。


「……っ、分かった」
「すみません……」


それだけ言うと、宍戸くんと鳳くんは帰っていった。

おかしいよ、私。
立海の皆が来てくれて、少し安心した。
どうして。
宍戸くんと鳳くんは、前の私の友達じゃない。

なんで―――