あの時の言葉は嘘なんだよ。
信じる=c…なんて。

だって、信じてくれていたなら
私に悩みを打ち明けてくれてもいいじゃない。

信じてくれていないから
今まであんなことをしてきたんでしょ―――?





「今までで一番、楽しかった」


織は、フェンスの下を見て言った。


「……、織…何、を……?」


不信な行動に、私は立ち上がる。


「……俺は、初めからこのつもりだった」


フェンスをぎゅっと握り、


「お前を追い詰めて、追い詰めて……今みたいな姿が見たくて青学に来て……」
「……っ織…」
「……もう、俺は充分だよ」


振り返り、私を見た。
その時の織の顔。
笑っていた。


「……最後に、俺がこうなったらどうなるだろうな」


ゆっくりと、フェンスに足を掛け……


「っ!?や、織っやめて!!」
「最後まで、もっと……楽しませてくれよ?」



そして織は飛び降りた。



地に着くまで、ずっと私を見ていた。
笑いながら。

でも、その笑いは、
いつもみたいな狂気的な笑いじゃなかった。
優しい………兄の笑顔。


「ねえねえ織。これ、なんてよむの?」
「ん?……これはね、しんじる≠チてよむんだよ」
「しんじる……?」
「うん。咲乱みたいに、ぼくのことをだいすき≠チていってくれることだよ」
「うわあ……織、なんでもしってるんだね!」
「そんなことないよ。ぼくも、咲乱のことだいすきだよ」
「じゃあ、織もわたしのことしんじてくれてるの?」
「うん。そうだよ」
「ほんと?うれしい!」






っいやぁぁあああああっ!!


ずっと小さい頃の、純粋な記憶。
あの時、まだ何も知らない私に織は何でも教えてくれた。
私は本当に、織のことが好きだった。
だから……虐めの主犯は織だと思いたくなかった。


「……っおい!」


勢いよくドアが開いたのは私が叫び終わった時だった。


「っお前……、織を、突き落としただろ……っ!」


私たちのことを見ていたんだと思う。
それは、きっと織が呼びだしたから。
私が織へ差し出し空振りした手を、突き飛ばしたと思っているんだろう。
私は、最期の最期……織の罠にかかったんだ。


「っいやあ……っ!織………っ」
「……お前、よくも織さんをっ!」
「絶対に許せないっ!」


私は悲痛の声で泣いている。
なのに、どうして。
私を疑うの―――?


「……………この人殺し」


そう呟いたのは誰―――?




「……そう…だったのかよ……」


向日が拳を握りながら呟く。


「……最後まで…咲乱さんを苦しめようとしたんですね…」
「……そう、かもね」


私は、どれだけ織を傷つけたのか、その日初めて分かった。


「織!見てっ!」
「ん?何を?」
「ほら!この前の算数のテスト100点だよっ!」
「え……?」
「前織に教えてもらったからできたの!」
「…そうなんだ…」
「織は?」
「……俺?」
「うん!……あ、織も100点に決まってるよね〜」
「……ま、そうだね」
「よーっし、次の国語でも頑張ろうね!」
「…………」


小学校に上がった頃から織の様子が変わったのに。
なんで気にしなかったんだろう。


「おかーさん!」
「あら、咲乱。どうしたの?」
「今日ね、成績表が返ってきたの!」
「あ、そういえばそうだったわね。…どうだったの?」
「えへへー…上がった!」
「まぁ、凄いじゃない!……織は?」
「………はい」
「どれどれ……。前より良くなってるけど、今回は咲乱に負けたわね」
「………」
「次は、咲乱みたいに頑張るのよ?お兄ちゃんなんだから。妹に負けてちゃ情けないぞー?」
「………っ」
「おかーさん!織だって頑張ったんだから!そんなこと言っちゃだめだよ!」
「ふふ、そうね。でも咲乱、本当に頑張ったわね」
「えへへ……」


小さいながら織の心に芽生えた想い。
……織は、辛かったのに。
あの日まで、気付けなかった……。


「……咲乱」
「……なんでも、ない…」


気付いたら私の頬に冷たいものが伝っていた。
小さい頃の織の笑顔が何度も頭を過ぎる。


「……っ。ごめ、ん……。精市……続き、少し喋ってくれる……?」
「……いいよ。咲乱、気持ちを落ち着かせてね?」
「ん……」


最後なのに……頼ってしまってごめんなさい。
でも……最後だから、頼らせて……。