皆の優しさ。
ちょっとした気遣いが

こんなにも嬉しい―――





「……咲乱、もう、限界でしょ……?」


精市が優しく問いかけた。


「……平気よ……へいき……っ」
「嘘をつけ。……そんなに震えて」


雅治が、私の手を見て言った。
確かに震えている。


「……咲乱さん……」


赤也が心配そうに覗き込む。


「……っごめん。今日は……もう、無理……」


記憶が蘇る。
怖い。
苦しい。
思い出したくない、あの日の記憶が脳裏に浮かぶ。


「……もう、夕食の時間。…行きましょう?」
「……うん。行こう」
「咲乱も何か食わねぇと限界だしな…」
「……早く行かないと、青学の皆が来ちゃう…」


早く料理を作らないと。


「……咲乱さんはゆっくりしていてくださいよ」


ふいに、鳳が言った。


「え……?」
「…そうだな。俺たちが咲乱の代わりに夕食作ってやるよ」


……宍戸、そう簡単に言ってるけど……、


「…料理、作れないんじゃ……」
「それは俺等で何とかするわ。今は姫さんに料理を作らせる方が嫌や」


……こういう時は、頼っていいのかな?


「……じゃあ、お願い…」


自分でも気付かなかったけど、
私の体力、精神力も限界に近づいてきているみたい。


「っし、俺もはりきって作ってやるぜぃ」
「俺もッス!」


立海の皆も手伝ってくれるみたい。


「咲乱さんは、食堂でゆっくり休んでいてください」


そうして、私たちは食堂まで移動した。
食堂まで、比呂士が優しくエスコートしてくれた。





大石side



「……はぁ」


合宿に入ってから、溜息が絶えない。
これも、全部蓮杖さんと会ってしまったからだ。
今、青学の部屋は皆がそれぞれの想いを抱えている。

手塚は相変わらず難しい顔をしている。
不二は、何時もの雰囲気じゃなく、本気で怒っているような、何か考え込んでいる。
桃と英二は、眉を寄せて怒っていると思えば、急に悲しそうな顔になる。
海堂はとても苛立っててじっとしていない。
タカさんはそんな皆の様子を見ては、深く俯く。
乾はただ無表情に、時折眼鏡を掛けなおす仕草をしている。
俺は、そんな雰囲気から逃げるように来てしまった。

でも、理由はちゃんとある。
……愛美を探しに。
朝から愛美の姿を見ていない。
もしかしたら、俺たちに見つからないように一人で泣いているのかもしれない。
愛美は、弱い子だから。


「……愛美、一体どこに……」


ふと前を見ると、ドアの前に人が立っていた。


「……愛美?」


小さく声に出して確認すると、確かにその人は愛美だった。


「愛美……こんなとこに……っ?」


俺は声をかけるのを止めた。
愛美の顔は、髪に隠れていて見えなかった。
でも、一瞬だけ見えたんだ。
愛美が笑っている顔を。


「……?」


俺は、反射的に角に隠れた。
今のは一体何なんだ?
愛美?愛美なのか?
どうして笑っている?


「……ふふっ、そう…。そんなことが……」


愛美の声は俺まで届いていない。
でも、微かに何か喋っていた。


「……でもね、安心して…?過去には触れないであげる……」


ドアを背にして、小さく呟いている。
何を言っているんだろう。


「……過去は過去。今は今…よ?」


今まで下を向いていた顔が正面を向いた。


「……残り2日。あんたはどうする……?」


そして、何かに気付いたように俺とは反対側へと走っていった。
それからすぐの事だ。
その部屋から蓮杖さんと立海、氷帝が出てきたのは……。


どうして、きみは笑っていたの――?


疑問は、心の中に閉まっておくことにした。


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