私に選択肢はないのですか。

心の中でしか答えるのを許されないのですか―――





「……っ」


急に、何かが込み上げる衝動が起こった。
一瞬倒れそうだった。


「咲乱っ、大丈夫……?」


一番傍にいた精市が、私の両肩を支えてくれた。


「ん…、だい…じょうぶ……」


じゃない。
本当に視線を感じた。
私を見守ってくれる、氷帝や立海の視線じゃない。
織のような……憎悪に溢れた視線。
真っ直ぐ、私だけを見ているような……。


「…咲乱、俺たちが話そうか?」
「……平気よ。…自分のことは自分で話せる……」


私から、皆に伝えたい―――





「織くんて、すっごく良い人だよね」


そんな話が漂うようになった。


「うんうん。この間、荷物運ぶの手伝ってもらっちゃった!」
「いいなぁ〜。……でも、さ」
「うん…。あいつとは大違いだよね」


ピク。

私のことを言っているなんて明白。
あいつ≠ナこんなにも反応してしまうようになってしまった。


「……ほんと、織くんが可哀想…」


皆、騙されてる。
織は、何か考えている。
私の今の状況を悪化させる何かを。


「………」


今日も、何もしていないのに後ろめたさを感じながら時間が過ぎるのを待った。

そして部活の時間になった。


「織〜!一緒に練習しようにゃ〜!」


織は、テニス部の皆とも仲良くなっていた。
ちら、と見ると、私が見たこともないような笑顔で対応している織。
私は、そんな偽りの塊のような織の顔を少しだけ見つめていた。


「織〜〜っ!」


織は、愛美にまでも笑顔を向けていた。
愛美が主犯ということを、織は知っている。


「お、愛美」
「はいっ、ドリンク!」
「ありがと」


どちらも偽りの笑顔。
本音は何を考えているのか全く分からない。
分かりたくもない。


「……あれから、咲乱に何かされたか?」
「あ……えっと…」
「いいから、正直に言ってみて?」
「……また、悪口言われちゃった…」
「……そう、か。…いつも咲乱がごめんな」
「…いいよ。織くんの所為じゃないし…」


そうやって形だけの演技をしている。
私にとって、これほど見たくないものは無かった。


「僕も話に入っていいかな?」


そこで、割り込むのが不二。
……愛美を取られるとでも思ってるのかしら。


「不二…。いいよ」
「くす、何だか入り込めない雰囲気だったよ?」
「あ、悪い。でも、俺は二人の邪魔なんてしないよ」


また、笑ってる。


「も、もう……っ織ったら……」
「なになにー?何話してるにゃー?」
「織。今は部活中だぞ」


だんだんと人数が集まってきた。
私は一人で洗濯をやっていた。


「……咲乱先輩」


否、二人になった。


「リョーマ……。だめよ、私に話しかけちゃ…」
「構わないッス。…あの人、何なんスか?」


リョーマが怪しいものを見る目で織を見た。


「……私の、兄よ」
「…本当に?」
「………うん」


一度も妹として見られてなくても。
私にとって、血の繋がった兄。
たった一人の兄。


「じゃあ、何で……」
「リョーマ。皆が来る」


今は、沢山のことを疑問に思っているかもしれない。
でも、ごめんね。
今は何も答えられないの。
答えたくない。


「……っ」


リョーマは部室の後ろに隠れるように去った。


「咲乱?いい加減にしようよ」


そして、織を中心に私の前に現れた皆。
嗚呼……。
今度は織の手の内で踊らされるのね。


「そうだよ!折角織がお前を心配して転校までしてきたってのに……」


そんなこと、本当に信じるの?
こんな、数日しかいなかったのに。
私よりずっとずっと、信頼されるようになったのね。


「織はお前に情けをかけてやってるんだぞ。……それなのに、同じ過ちを何度繰り返すつもりだ」


同じ過ちを繰り返しているのは貴方たち。
ほら、今でも織が口角をあげている。


「……織さんが言うから……暴力はなしにしてやってるんだ」


そんなの嬉しくない。
暴力より言葉の方が痛いのよ、海堂。
それは、一番織が知っている。


「なぁ、咲乱…。どうしてそう変わったんだよ……?」


貴方の所為よ。
と、本当は言いたい。
でも、
私の所為なんでしょ?


「俺は……悲しいよ」


青学の皆からは見えない織の顔。
見せてやりたい。
その、悦に浸った表情を。


「……いいか?咲乱」


織が少し私に歩み寄った。
ぶわ、と悪寒が走る。
許されるものならすぐにでも駆け出したかった。
罵声を浴びせられてもいい。
足がもつれて、転んでしまってもいい。
そんな姿を、全員で嘲笑ってもいい。
その場から逃げ出したかった。
言葉を聞きたくなかった。


「次が最後だよ?」


面白がるように笑い、私の髪に一瞬だけ触れた。

それは、
運命の終わりを告げられているようだった―――