辛い思い出しか思い出せない。
そんなの、寂しいと思ってる。

でも、しょうがないの。

私に楽しい思い出なんて一つも無いんだから―――





「もう、青学とは別行動をとることにしよう」


精市が言った。


「そうだな。……その方が咲乱にとっても安心だろ」
「俺も賛成です」
「俺もだぜ」


皆が同意の言葉を出す。


「……俺も、…いいッスか?」


リョーマが帽子で顔を隠しながら言った。


「ああ。勿論だ」
「……ッス」


リョーマには、本当に助けられた。
前でも、私の事を考えてくれたのは、リョーマだけ。
……それは、とても勇気があることだと思う。
本当に、感謝してる。


「…咲乱、どうする?」
「…少し、話したい」


今なら、ゆっくり話せそう。
落ち着いて……。


「それは本当に偶然とは思えなかった―――」





いつもと変わらない日。
今日も、苦しい時を過ごすんだ。
恐怖と諦めが半々になった頃。


「ほらー全員席に着けー」


教師なんて知らない振り。
分かってる。
それから簡単な話。
そして休み時間。
いつものように何もかもが過ぎていくと思っていた。


「ねぇ、知ってる?」
「ん?何が?」
「隣のクラスに、転校生が来たんだって!」
「えー!?本当?」
「本当だよ〜。…でも、それが……」


少し視線を感じた。
話の内容は、それ以上は聞こえてこなかった。

そして、部活。


「皆、部室に集まってくれ」


部長の一声で、全員が部室に集まった。
……私は、端っこで座っていた。
あたかも、存在していないかのように。


「今日から新しくテニス部に入ってきたメンバーが居る。……それなら、自己紹介してくれ」


その次の声を聞いて、私は驚きを隠さずにはいられなかった。


「新しく入った、蓮杖織です」


――――織?


「え、蓮杖って……」
「もしかして……」


私も顔を上げた。
そして、確信した。


「…久しぶりだな、咲乱」


薄く笑って、見下すように私を見る顔。
周りには分からない、何かを伝えてくるような眼差し。


「……二人って兄妹なんスか……?」


私の兄……織が今、私の目の先にいる。


×