失っていると分かっているなら
突き放す事はできる。
その例えは、物。
玩具なら、簡単に捨てることが出来る。

でも
それが、感情だったら……?

あなたは、突き放せる……―――?





…教室、行こう。
屋上だけが私の場所だが、空を見ると寝てしまいそう。
今は、寝るのが怖い。
寝てしまうと、また夢を見そうで。
夢なのに、あの頃に引き戻されそうで。


「…咲乱、」


自分の席まで行くと、既に座っていた跡部が驚きの声をあげる。


「………」


無言で座る。
すると、私に気づいたのか忍足も寄って来た。


「姫さん、どないしたん?」
「…別に」
「授業、受けるのか?」
「いいえ、座ってるだけよ」
「何故だ?」

「………終わるから」

「は?」
「なんでもない」


私がそう言った後に、担任らしい教師が来た。


「出席を取るから座れー」


何を偉そうに。
教師なんて、所詮は名だけで中身は偽善の塊よ。


「蓮杖……は、来てるのか」


嫌そうな目で私を見る。
それと同じ位嫌そうな目でクラスの奴等も私を見ている。
そして鐘が鳴り授業が始まる。
1時限目は数学か。
……あの教師、嫌いなのよね…。


「む…今日は蓮杖が来てるのか」


教室に入ってすぐの言葉がそれですか。


「ふん。珍しいこともあるものだな。何か企んでるのか?」


明らかに挑発じみた言葉。


「貴方が話すのは世間話では無いでしょう?さっさと授業始めたら?」


私の言葉に、跡部と忍足が、「余計な事を…」とでも言うような顔をし、教師は額に青筋を浮かばせている。


「ほほぅ…そんなにも私の授業が受けたいのか?」
「教師が授業をするのは当たり前。受けたいからここに居るんじゃないわ」


それは正当な答えだと思う。
だが、その教師にとっては我慢ならないみたいね。


「っ…それなら蓮杖にはこの問題を解いてもらおうかな」


そうして黒板に計算問題を書いた。
でも、私はまともに授業なんか受けてないからまともに答えなんか書かない。
分かってるとしても、面倒くさくて答えなんか書かない。


「嫌」


頬杖をつきながら答えたその態度まで、教師には腹が立つみたい。


「っ!蓮杖!お前は授業が終わるまで廊下に立ってろ!」


あらあら…これはまた古いわね…。
私は行動に移さない。
そして、流石に心配になってきたのか不安な表情を見せる跡部と忍足。


「…おい、聞こえなかったか?」
「いいえ、嫌と言うほど聞こえましたよ」
「なら早く行きなさい」
「…何故、貴方に指図されなきゃいけないの?」
「はっ、お前みたいな問題児は黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ」


出た。
勝手に決め付ける、教師様発言。


「私が一言言えば高校に行けなくなるんだぞ?」
「……貴方は、人の運命を決められる程、偉いのかしら?」
「はぁ?」


私はガタ、と立ち上がった。
見下ろされるのは嫌いだからね。


「教師?そんなの名だけじゃない。上辺だけじゃない。教師なら人の上辺ばかり見てるんじゃなくて、しっかりと中身まで見なさいよ。…ま、私は見せようとなんて思ってないけど」


教師なんて、自分が良ければ人の事なんて考えない。


「なっ!」
「…咲乱っ」


そこでタイミングよくチャイムが鳴った。
…どうやら、もう授業が終わる時間らしい。


「ほら、貴方の時間はもう終わり。…無駄な時間を過ごしたわ」


教師は言い返せなかったのか唇を噛みながら教室から出て行った。
そして、訪れる沈黙。


「………」


私は黙って座る。
そして、だんだんとクラスの中に話題が戻っていった。
その内容は、どうも私の事みたい。


「…おい、咲乱」
「何?跡部、忍足」
「姫さん…もうちょい、抑えような?」
「いくらなんでも言い過ぎだ」


不安そうな二人の表情、言葉。
それも、合宿になったら失ってしまうのかな?


「言い過ぎ?私の性格、知ってるでしょ?思った事を口にしただけ」


どうせ、失ってしまうのなら。


「貴方達も、私の事を気にしてるより自分の事を気にしたら?」


もうすぐ。
私は、また、道から外れる。


「…もう少しで、貴方達のお望みが叶うんだから」


早く、私の事を捨てて欲しい。


「は?」
「何言うとんねん」


信用されていると、分かっているから、怖い。
私の真実を知ったら、離れていってしまいそうで。

でも、まだ、心の奥底では皆を信用しようとしている。
信用されたいと思っている。
この、矛盾の感情が、腹立だしい。


「……やっぱり、屋上行く」
「あ、おい…待て…!」


私が走る後に続いて二人も走る。
屋上に行くには3年全ての教室の前を通らないといけないから、他の奴に会う確率は高い。


「あ、咲乱」
「何走ってんだ?」


やっぱり。
宍戸と向日に会った。


「…っ」


私はその横を通り過ぎる。


「向日、宍戸!お前等も来い!」
「は?」
「え?」
「ええから!」


どうやら私の話を皆で聞こうとしているみたいね。
屋上への階段を登り、ドアを開く。
昨日と同じ、どんよりとしている天気。
そして、私の後に続いて来る氷帝メンバー。
どうやら、2年も呼んだみたい。


「咲乱さん、どうしたんですか?」
「…別に」
「なんや姫さん、昨日から様子おかしいで」
「………」
「何かあったのか?」
「俺達何か言いましたか?」


皆が無駄に詰め寄ってくる。
その迫力に押され、私は背中がフェンスにつく。


「…言えよ」


「何とか言えよ」


「…っ!」


跡部の言葉に、一瞬、もう一人の声が私の頭で聞こえた。
それは…
私を恨み、憎みきってる声。