心が変わった。
皆の言葉に、心が揺れ動く……。

いいの?
変わっても、いいの―――?





翌日。いつも通り屋上に行った。
勿論、誰も居ない。


「はぁ…どんな顔して会えばいいのかしら…」


そんな事を考えながぼーっとしていると、いつの間にか昼休みになっていた。


「…今日も来るのかしら?」


そう呟いた瞬間、屋上のドアが開いた。


「よお」
「…来たんだ」
「何や、待っとったんか?」
「んなわけないじゃない」


…でも、来るとは思ってた。


「お昼ご飯一緒に食べよー!」
「……好きにしたら」


そう返事をしたのはいいけど、珍しくレギュラーが静かだ。


「…咲乱」
「何?」


沈黙を破ったのは跡部。


「今日の部活は立海との練習試合があるからな」
「…うん」


素直にうなずいた私に皆が不審に思っただろう。
いつもなら『それが何』とか『関係ない』とか生意気言うのにね。
…そういえば、私は立海の皆とどう接したらいいかな?

ま、あっちが動いているなら私も動こう。
と言っても、氷帝レギュラーの前で素は出さないようにするけど。


「…皆、覚悟はあるの?」
「……?」
「私の事を知ったら、あんた達を巻き込んでしまうかもしれないわよ?」
「…ああ」


皆が黙って頷く。


「そう。……はは、変な奴等」


ほんとう、変だよ。
私みたいな他人に、どうしてそこまで考えてくれるの?
私の口から、渇いた笑い声が漏れ出した。


「…そんな事ない。SOS出しとる奴を守るのは当然やろ?」


何なのよ、SOSって…。


「そんなの、出して無いわ」
「気づいて無いだけですよ」


鳳の優しい表情が私に向けられる。
…そう真っ向から見られると変に恥ずかしい。


「…ま、どうでもいいわ。…私、寝るから」
「俺も寝るー!」


芥川が私の隣に寝そべった。


「ジローもかよ…」
「俺も寝る!」
「岳人は授業受けなあかんやろ」
「うっ…」


…向日、頭が悪いみたいね。


「ジ、ジローはどうなんだよ!」
「ジローは、お前よりは出来るぜ?」
「…ク、クソクソ跡部!」


…言い返さないみたいだし、図星かしら?


「うお、そろそろ行かねぇとやばいぜ」
「あ、ほんまやな…ほな、またな」
「部活、遅れんなよ」


寝た振りをしていたつもりだけど、あいつらは起きているのに気付いたかしら。


「…zZZ」
「…寝るの早」


私は芥川の寝顔を少し眺めると、反対の方向を向いて目を閉じた。





グラウンドから部活らしき声が聞こえる。
今は、放課後みたいね。


「………」


寝起きで目を擦る。
そして、隣でまだ寝ている芥川に気が付いたので起こす。


「…芥川、起きて」
「ん〜…咲乱?ふぁ〜…もう時間…?」
「そう。先に行くわよ?」
「うあぁ!待って!俺も行くC〜!」


今日は立海も来て忙しくなる事だし、今日のところは呼び出されないだろう。


「俺さ、俺さ、立海の丸井くんのプレーに憧れてんだぁ!」
「へぇ…そうなんだ」


そういえば芥川もサーブ&ボレーヤーだったわね。


「もーマジすっげーんだよ!丸井くん!」


確かに、あの妙技は凄いわ。


「あー、早く会いてぇなー!」


…そうやって、テニスの事ばかり考えていたら、面倒な事に巻き込まれなくて済んだのに。

……私には、テニス部だけだった。
だから、皆にもテニスの事だけを考えていて欲しかった。
あの時も、今も。
そう考えているうちにテニスコートまで着いた。



「跡部、跡部!立海来た?」
「まだ来てねぇぜ」
「そっかー…」


まだ来てないのか…。


「…あ、あれじゃね?」
「そうですね、あの人達ですよ」
「あっ!丸井くーん!」


…来た。
私は皆が見ている方向を振り返った。
立海の皆が歩いてくる。


「咲乱さぁぁん!」


赤也が叫びながら走って来た。


「…赤也」
「「「え?」」」


氷帝レギュラーが赤也の事と私の発言について驚きの声を漏らす。


「咲乱、久しぶりだね」


…本当は、昨日会ったんだけどね。
その事は氷帝に気付かれたくないから。


「うん、久しぶり、精市」


私は精市に歩み寄る。


「ち、ちょっと待てよ、咲乱と立海って、知り合いなのかよ?」


向日が訳が分からなさそうに話す。


「うん、そうだよ」


その問いに、精市が答えた。


「…ただの知り合いじゃないんですね」
「お、良く分かってんじゃん」


日吉が勘付いたように言うと、それに赤也が答えた。


「どういう事だ?」
「……今日は、ミーティングもする予定だったよね?その話は部室で…ね」
「……分かった」


精市の声に跡部が答える。
そして、私達は氷帝の部室で向かい合って座っている。
私は丁度それをバランス良く見渡せる場所に座った。


「…お前たち、試合が目的じゃねぇだろ」
「流石跡部、良く分かってるね」
「……咲乱と、どういう関係なん?」
「俺達は、咲乱の幼馴染だ」
「…幼馴染…っ?」


蓮二の言葉に宍戸が驚き声を出す。


「…そう、咲乱とは小さい頃からの付き合いだぜぃ」
「……まさか」
「その、まさかじゃ」
「……咲乱の過去を知っている…?」


向日が目を丸くして呟く。
私は、自分の表情が暗くなっていくのが分かった。
それが何故か分からなかったけど、とにかくこの雰囲気が嫌いだ。


「…そう、全て」


精市の言葉に訪れる沈黙。
私が立海レギュラーの事を名前呼びしているから精市の言葉は信じたと思う。
けど、氷帝はどう返答したらいいのか分からずにいて、立海は氷帝の反応を伺っている。


「…お前たちは、何しに来たんだ?」


口を開いたのは跡部。


「咲乱を、守りに来た」
「もう、我慢出来んくなってのう」


…今まで、私が動くのを止めていた。
皆が、私の事を信じてくれていたから。


「…お、俺達…」
「…咲乱さんを守りたくて」
「事情も知らないのにか?」


宍戸と鳳の言葉に蓮二が鋭く返す。
その言葉に二人とも口をつぐむ。


「…せやけど、もう咲乱のあんな姿、見たないんや」


あんな姿と言うのは、昨日の事だろうか。
それとも、本当の自分を出せないでいる今の私だろうか。


「俺達は、咲乱さんが話してくれるのを待ってます」
「俺達にだって、出来る事があるかもしれないC…」
「…本当に、そう思っているのか?」


精市がいつもは見せないような厳しい表情で氷帝を見据える。
それは、まるで氷帝の心を探ってるみたいに。
本当に私を守ってくれる奴等なのかを、見極めるみたいに。


「…ああ、俺は決めた。あの時、咲乱に出会ってから」


あの時とは、跡部が私を保健室に連れて行った時のことだろうか。


「…俺も決めたんや。興味本位やなく、ちゃんと、咲乱の事を信じる」


忍足…初めは興味本位で私に近づいてたけど、今は違う?


「俺も、あの時から咲乱は優しいって思ってたC…」


あの時…いきなり膝枕してきた時かしら?


「俺も、初めは深く咲乱の事を考えて無かった。でも、本当に知りたいんだ」


向日も、忍足みたいに私を信じてくれてるの?


「…俺、初めは関わりたくねぇとか思ってたけど、今は、違う」


…そう思うのは普通よ。私だって、関わって欲しく無いって思ってた。


「俺は…今の咲乱さんより、本当の咲乱さんが見たいです」


鳳は、私の周りに居なかったタイプだから、興味は少しあった。


「俺は咲乱さんの事なんか全然興味なかった。でも、もうここまで来たら俺は咲乱さんを守りたい」


日吉…あんたは巻き込みたくなかった。練習熱心が似合ってたから。


「……咲乱」


気付いた時には、私は震えていた。
氷帝の言葉に、心が開き始める……。