走り去る姿を
止める事はできない。

まだ…
信用されていないから……―――




No side



咲乱が去った後の屋上は、やけに静かだった。


「…まさか、あんな事思ってたなんてな」


皆が咲乱の言葉を思い出す。

「狂ってしまったら元には戻れない…」
「自分の存在を消したい…」
「期待して…陥れられて…裏切られて」
「自分の存在を、消して欲しい……」


咲乱は、こんな事を思っていたのか?


「余程、苦しんだのでしょうね」
「…咲乱は、自分で背負い込み過ぎや」
「強がってるだけなんだな…」
「…咲乱さんの心の内が、少し分かった気がします」

「……けど、まだ俺等は信じられてへん」
「…でも、諦めねぇぜ」
「絶対、咲乱を笑顔にしてみせる」
「…ほんま、過去に何があったんや?」


忍足の言葉に皆が黙る。


「いつか、話してくれる日が来る」


跡部の言葉に、小さく皆が頷く。





咲乱side



「み…んな…っ」


私はテニスコートへ向かう。
すれ違う人々の視線を感じる。
…それもそうだよね、制服、腕の傷、そのままだし…。
でも、そんな事には構ってられない。


「…っ!」


誰かにぶつかった。


「おい、気をつけ……あれ?…もしかして、咲乱さんッスか?」


私の事を知っている…?
…あ、…この人は…っ!


「あ…かや…っ」


私は赤也の服の裾を掴みながら座り込んだ。


「え、あっ、咲乱さん!どうしてここにっ?…あ、部室に行きましょう!」


赤也は私を軽々と抱き上げると走って部室まで連れてってくれた。
……この腕の中…安心出来る。


「ぶ、部長!幸村部長!」
「何だい、赤也…そんな大きな声を出し……咲乱?…すぐに部室に行って」


私に気づいたのか、精市は赤也に部室に行くように言った。
赤也は部室に入ると私をソファに座らせてくれた。


「咲乱!咲乱が居るんだろぃ!?」


ブン太の声が部室に響き渡る。
続いてどんどん立海レギュラーが入ってくる。
…精市が呼んでくれたんだろう。


「丸井、落ち着いて」
「で、でも…っ!」
「ここは咲乱の話を聞くぜよ」


私の周りに皆が集まる。


「あ…、わ…たし」
「咲乱、ゆっくりでいいから、何があったの?」


精市の優しい声が懐かしくて、あの頃を思い出す。
私は、緊張の糸が切れたように泣き出し、精市に抱きついた。
そして、皆は泣き止むまで、私を見守ってくれていた。


「…ごめんね…いきなり」


こんなに泣いたのは久しぶり。
人前で泣く事が少ない私に、皆は驚いただろう。


「ううん、別にいいんだよ」
「…咲乱、何があったんだよぃ?」


ブン太が心配そうに顔を覗きこむ。


「…また、あいつらッスか…?」


赤也の言葉に皆の表情が険しくなる。


「ううん…違うの」


私は氷帝で起きた事を話した。
皆は、黙って聞いてくれていた。
その気遣いが、私はとても嬉しかった。

……立海の皆は私の小さい頃からの友達。
つまり、私の過去を全て知っている。
そして、見守ってくれた人達。
行動に表さなかったのは、私から言ったから。
巻き込みたくなかったから。

…でも、巻き込んでしまった。
ごめんなさい…。
でも、貴方達しか頼れないの。


「…私、どうしたらいいの…?怖い…」


俯く私の頭に、ポン、と精市の手が置かれた。


「…俺は、信じれないな」
「……、精市」
「…俺も、だぜぃ」


どうやら、皆同じ意見みたい……。


「…そう、よね」
「…ですけど、それは我々の意見です」
「…咲乱の意思で動いてみればいい」


私の意思……。
でも、今までの私には選択肢なんて無かった。
自分で、動く事が許されなかった。
……人は、簡単には変われない。


「………」
「…そうだ、確か、明日氷帝との練習試合があって、俺達氷帝に行くんだ」
「……え?」


…てことは、皆が氷帝に来てくれる…?


「俺達も、ようやく咲乱を守れるってことじゃ」


雅治が微笑む。
ううん…今までもたくさん私を支えてくれたじゃない。


「咲乱には、俺達が居るぜぃ」
「だから、安心して下さい」
「…皆…ありが…」
「咲乱、お礼は、全てが終わってからだよ」


…そうだったね。
私が強くなった時、自分の力がついた時、前を向いて進めるようになった時。
貴方達にお礼を言う約束だったよね。


「…うん」
「それでは、俺達が送って行こうか?」
「ううん、自分で帰れる」
「大丈夫ッスか?」
「大丈夫よ」


私は少しの微笑を浮かべて立海レギュラーと別れた。