肉体は、もう何も感じない。
慣れてしまったから。

でも、精神は違う。
肉体のように
見て見ぬ振りはできないから―――





はぁ…勢いで出て来ちゃったけど、私の居場所は、屋上しか無いわ…。


「…本当、逃げてばかり」


私は屋上へと足を戻した。
すると、レギュラーたちの声が聞こえてきた。
屋上から降りてくるのが分かる。
話の内容までは聞こえないが、楽しい話では無いだろう。


「………」


レギュラーが降りたのを確認すると、私は屋上へ登った。


「……ここだけよ。…私の居場所は」


フェンスにもたれかかり、静かに目を閉じた。
静かに、触れるような、風を感じながら。





「…起きなさいよ!」


今は多分放課後だろう。
目を覚ますと、私の周りを5人の女が囲んでいた。


「…あら、私を呼び出した人?」
「分かってるのに寝てるなんて、呑気な奴」
「ほんと、生意気ー」


…良く見ると、前にも呼び出してきた奴等じゃない。


「はぁ。ロボットじゃないんだから、何回も同じ事言わないでくれる?」
「…っ、二度とそんな生意気な口叩けないようにしてあげる!」


リーダーらしい女が私の腹を蹴った。
…そんなに効かない。
それよりもっと強いの、ずっと受けてきたから。


「……それは有り難いわね。でも、貴女たちに出来るかしら?」


私だって、こんな自分に嫌気が差してる。
出来るものならして欲しいくらいよ。


「…!ほんっと、むかつくのよ!」


さっきよりも強く蹴られた。
…でも、衝撃があるだけで、痛みはあまり感じない。
いや、感じようとしない。


「跡部様に取り入ってマネージャーになったんでしょ!」
「レギュラーたちに近づかないでよ!」


そして、今度は次々と私の身体目掛けて足が飛んでくる。
ほんと、女の嫉妬はいつ見ても醜いものね。
何度も同じ所を蹴られたりするが、私は呻き声一つ出さない。


「…こいつ、どうして苦しまないのよ!」


あら、私の苦しむ姿を見たかったの?


「……こんなの生温いのよ……」


そう、こんなのまだ優しい方よ。
皮肉な笑みを浮かべて女を睨むと、一人の女がカッターを取り出した。
あらあら、随分と物騒なものを持ってるのね。


「……これなら声、出すわよね?」
「ふふ…そうね。じゃあ、苦しんで?」


そして私の腕をカッターの刃が滑る。
制服と一緒に肉が切れ、血が浮かぶ。


「………」


でも私はそれをどうでもよさそうに見る。
そんなの、チクリとしか感じない。


「……甘いのよ」
「は?」


私は女からカッターを奪うと自分の腕に大きく切りつけた。
シュッ、と擦れる音も聞こえ、刃と一緒に血も少し飛んだ。


「「「……っ!?」」」


女たちは目を大きく見開いて私の腕を見た。


「…やるなら、これくらいやらないと」


自分を傷つけることに躊躇はない。
痛みは感じない。
もう、身体が慣れてしまっているのだろう。


「…う……あ…、」


女がそれぞれ口を押さえている。


「さあ、貴女もやってみたら?……これがお望みなんでしょう?」


私は女にカッターを持たせた。
女は微妙に震えている。


「…ほら、」


そして自分で傷つけた腕を差し出す。


「…あ…ぃや…」


カタン、と女はカッターを落とし、座り込む。
……何だ、根性無いわね。

バタンッ!

いきなり屋上のドアが開かれレギュラーの焦ったような表情が顔を出した。


「てめぇら何やってんだ!」


宍戸の怒号で女たちはビクッと肩を震わせた。


「わ、私達…。違…っ!し、失礼します!」


そう言って女たちは屋上から出て行った。


「……何で、ここに来たのよ」
「…お前、呼び出されたって言ったろ?」


言った。
でも、私は場所まで言ってない。
……探したの?
よく見たら、皆の額に汗が浮かんでいる。


「……何で、こんな事をしたのよ」
「言っただろ?俺が守るって」
「…跡部だけやない…俺等だって守るで?」


その言葉に他のレギュラーも頷く。
……うざい。


「…そんなの、口だけよ」
「そんな事ありません」


鳳が真っ直ぐ私を見据える。
それと同じように、皆も私を見る。


「…それより、傷の手当てだろ?」
「…大分深くやられたな」
「くそっ、あいつら……」
「……私がやったのよ」
「「「……は?」」」


私の言葉に驚きの表情を浮かべた。
そして、未だ血がぽたぽた滴り落ちている私の腕を見る。


「私がやった」
「…何で…、何で自分から痛い事すんだよ!」


向日が叫ぶ。
…痛くなんかないわ。


「……痛みなんか、感じない」
「そんだけ深く切ったんや。……痛くないわけないやろ」


忍足が私の腕を取り傷を見る。
……見ないで。
私は忍足の手を振り払った。


「…なあ、俺らに守らせてや」
「そうだぜ。お前はもう一人じゃないんだぜ?」
「俺達が居ます」
「…やめてよ」


そんな悲しそうな顔しないで。


「あんた達には分からない…何も…」


自分の表情が歪むのが分かる。
レギュラーの言葉で私の心が揺れた。
…こんな顔、見せたくない。


「…そんな言葉…っ、今更言われたって遅い…っ!」


顔を歪めて久しぶりに叫ぶ。
その私の姿にレギュラーは驚いているだろう。
そう、こんな感情的な自分……捨てたはずだった。


「…遅いのよ…。あの頃の私はもう居ない。狂ってしまったらもう、元には戻れないのよ!」


そう、一度狂ってしまったら、狂い続けなければいけない。


「…っ、狂った私を見て、嘲笑って…邪険にして…もっと傷つけて…っ!そうすれば、私は私の存在を消せる!」


そう…私は何度も自分の存在を消そうと思った。
でも出来ない。
所詮…弱いのよ。
死を恐れてる。

生きる事の方が、辛いのに。


「余計な事をしないで…っ、もう、あんな思いはしたくないの!期待して…陥れられて…裏切られて」


今回もそう。
あんた達の言葉に、惑わされる。

「守ってやる」

その一言が、鉛のように私の中に居座り、私の動きを止める。


「…あんた達の中途半端な優しさが…私を縛りつけるのよ…っ!」


あんた達が私に声をかけるから。
あんた達が私に構うから。
決意が揺らぐ。
そして、回った歯車が止まった。

ああ…これだけ言えば、分かってくれる。
嫌ってくれる。
私から……離れてくれる。


「お願い……私の存在を消して…っ」


もう、こんな想い、したくないから。
傷つきたくない。
傷つくのが怖い。
そうして目を瞑ると、ふわりと何か暖かいものが私を包んだ。


「…もう、我慢しなくていい…」


目を開けると、跡部が私を抱きしめていた。


「…っ!嫌…っ離して…!」


抵抗すると、余計に強く抱きしめられた。


「…俺らが居るで…咲乱」
「今はまだ無理かもしれねぇけど……」
「いつか、俺達を信用した時」
「俺達に、話してくれればいい」
「…俺達を頼ってくれればいいよ」
「…俺達は待ってますよ。…咲乱さん」


上から、忍足、向日、鳳、宍戸、芥川、日吉…。
言ってくれた言葉に、嫌な気はしなかった。
名前で呼ばれたことに、嫌な気はしなかった。

でも、一度他人を信じれなくなった者は、そう簡単に人を信じられない。


「…っ、だめよ…」


跡部が、私を離してくれた。


「…まだ、分からない…っ」


私は臆病になってしまったの。
これで、関係の無いあんた達を巻き込んでしまった。
私は逃げるように走る。
ある場所へ向かって。

もう一つの…私の居場所。


「……っ、はぁ…」



―――『立海大付属中』。