毎日、自分の事だけを考える。
世の中の人全員が、そうして生きていたら、どんなに楽だろう。

そうすれば、他の事に気を取られる事は無かった……―――





あー終わった…。
久しぶりに動いて、ちょっと疲れたかも。
…早く帰ろ。

パコーン…。

ん?まだ誰かやってるの?


「あ。あいつは…」


あのキノコ頭…えーと…日吉…だっけ?
まだ練習してるの?
…テニスが好きなのね……あの人たちもそうだった。


「…頑張ってるわね」
「……あんたは…」
「はい、タオル。…少しは休憩しなさいよ」


私からタオルを取ると、少し汗を拭いてすぐ私に突き返し、


「練習しないと、下剋上が出来ません」


…こういう子、嫌いじゃないわ。
目標に向かって突き進める子って。
私とは違うわね。


「下剋上…いい言葉よね」


下位の者が上位の者に打ち勝つ…か。


「………」


日吉が眉を寄せてる。
あら?
練習の邪魔かしら?


「…これからも、その気持ちを忘れないで?」


テニスに打ち込むこと。
目標を持つ事。
……あの人達のように、忘れないで?

忘れてしまったら、何もかも崩れ去ってしまうから。


「…貴女、何者なんですか?」


日吉からの質問。
……何者…か。


「そうね…悪魔…存在してはいけない者…かしらね?」


半分冗談だけど、半分本気よ。
だって、そう言われ続けてきたから。


「………」
「じゃ、余計な事は考えずに、テニスに集中してね?」


私はその場から去った。





日吉side



最悪だ。
蓮杖さんは何をしに来たんだ?
自分があれだけ嫌われてると分かってるんなら、
このテニス部のマネージャーをやるということがどういうことだか分かるはずだ。
そのおかげで野次が飛ぶし…。
一体何なんだよ…。

……でも、俺には関係ない。

そして俺は日課になった部活後の練習。
部活だけじゃ足りない。


「…頑張ってるわね」
「……あんたは…」


いきなり声を掛けられ少し驚いた。
でも、少し嫌に思えた。
この人は他人に全く興味を示していない。


「はい、タオル。…少しは休憩しなさいよ」


無表情だが、さっきの野次が飛んだ時とは違う表情に見えた。
少し……優しい表情。


「練習しないと、下剋上が出来ません」


いつもなら無視するような言葉を掛けられたのに、何故か俺は言葉を発していた。
…この人に何を言っても無駄なのに。


「下剋上…いい言葉よね」


返ってきたのは、予想もしなかった言葉だった。
下剋上の意味を知っての言葉。
…この人は今、何を思っている?


「………」


そう考えると、自然と眉が寄る。


「…これからも、その気持ちを忘れないで?」


その気持ち…下剋上の事だろうか。
…この人は、何なんだ?


「…貴女、何者なんですか?」


思った事を言ってみた。
無駄だと思いつつも。
すると、少し考える素振りを見せた。
…答えてくれるのか?


「そうね…悪魔…存在してはいけない者…かしらね?」


皮肉気に、悲しそうに、笑いながら言っていた。
…この人は、本当にそう思ってるのか?

自分の事を、存在してはいけない、なんて。


「………」


でも、すぐにさっきの表情が消え、


「じゃ、余計な事は考えずに、テニスに集中してね?」


余計な事…それは、貴女の事ですか?
…ここまで話を聞いてしまったら、気にするな、なんて無理な話だ。

好奇心……とでも言うのだろうか。
貴女は一体、どんな事を背負っているのか。
…貴女は、教えてくれないだろうか。