ごめんなさい。
ありがとう。
大好きです。

伝えたい言葉は沢山あった―――





「咲乱、今日どっか行かね?」
「そうやな、久しぶりにどうや?」
「あ、ごめん。私、今日は行くところがあるから」


1週間に何回か部活帰りに寄る時がある。
その時は、いつも暇だからついて行くけど、今回は違う。


「用事があるのか?」


隣から顔を覗き込む景吾。


「……うん、ちょっとね」
「A〜、咲乱が居ないとつまんないよー」
「そうだぜ〜。男だけで行ってもさ〜」
「お二人とも、諦めることができないんですか」
「ほんと、激ダサだぜ」
「「ぶー」」


膨れた二人を微笑ましく見て、


「ごめんなさい。でも、今日だけは外せないの」
「……分かった。気を付けろよ」
「平気よ。そんなに心配しなくても」
「跡部、最近過保護じゃねーか?」
「……宍戸、自分も言えへんで」


後ろで二人が何か言っているのは気に留めず、


「ふふ。じゃあ、さようなら」
「ああ、またな」


別れの言葉を言って私は学校から出た。
そして、向かった先は……





「………久しぶり。お母さん、織……」


二人の眠るお墓。
……お母さんへのお参りは数回来た事があるけど、織が眠ってから、一度も来れなかった。
……罪悪感で、来れなかった。


「……今、やっと……こうして……」


ここに来れるのは、色んな人のおかげ。
それを、今日は伝えにきた……。


「……お母さん、ごめんなさい…。色んな心配かけて……こんな娘で……」


何一つ、親孝行できなくてごめんなさい。
そしてあの時……助けてあげられなくてごめんなさい。


「初めは、私なんか産まれてこなきゃよかったとか思ってたけど……。今は、産んでくれてありがとうって思ってます……」


だから、今はとても幸せなんです。
本当に……一番感謝しているのは、お母さんです。


「………織」


私は、墓石に手を当てた。


「……私、織のこと嫌いじゃなかったよ…」


確かに虐めのこととか……お母さんのこととか知った時は、恨んでいたかもしれない。
でも、私にとっては一人の兄。


「色々辛い思いさせて……本当にごめんなさい……」


私は墓石に触れながら頭を下げた。
すると、髪がなびくくらいの風が私に触れた。


『………咲乱、もういいよ』
「っ!……織……?」


その声は、確かに織の声だった。
不思議に思って、顔を上げると、


「っ…織……おか、さん……っ」


そう、二人の姿が目の前にあった。


『謝るのは咲乱じゃない。俺なんだから』
『……咲乱、私たちの所為で、色々苦しませてしまったわね……』


あの頃とは違う、優しい声。
ふんわりとした笑顔。
優しく私を見つめてくれている。


『……俺な、あの時の行動…後悔してない』


織が静かに言った。


『……もし、今俺が生きていたとしても、必ず咲乱を苦しめた』


織の表情は、初めて見るに近いほど切なそうだった。


「……でも、先に傷つけたのは私で……」
『違う。あれは……咲乱が悪いんじゃない。咲乱は被害者だ』


私の言葉を遮って言う。


『咲乱の人生を狂わせたのは俺で、俺の人生を狂わせたのも俺なんだ』


淡々と言う織に、私は何も言うことができなかった。


『咲乱、わかってあげて。織は今でも…自分を恨んでるの』
「っえ……」
『……まさか、愛美だけじゃなく不二まで狂ってるとは……』


周助の感情には、織も気付いていなかったみたい。


「……でも、それももう解決した…」
『俺は、悔しかったんだ。何もかも。……俺だって、幸せになりたかった』
「………織」
『でも、今は幸せだぜ』
「………」
『………お前も、幸せそうな顔してるしな』


初めて、私の目を真っ直ぐ見つめて言う織。


『…そうね。優しい顔してる』


お母さんも、微笑んで言った。


「……うん。今、すごく楽しいよ」


私も自然と微笑むことが出来た。
そして、少し実感した。
家族のあたたかさ―――



『……それなら、私たちも安心したわ』
『ああ。…咲乱の口からその言葉が聞けて』
「………」


もう、時間なんだろう。
二人の姿が薄くなっていく。


『…俺達、いつまでもお前の幸せを願ってるからな』
『貴女は幸せになるのよ……』
「……心配ないわ。……咲乱は、今とっても幸せです」


確信を込めて言った。
脳裏には、そう……皆の優しい表情。

目の前の二人も、あたたかく微笑んだ。


『……忘れないで。貴女はもう、独りじゃない……』
『俺達が見守ってるからな』
「っ織……お母さん……」
『大好きよ、咲乱』
『じゃあな、咲乱……』
「っ―――」


とうとう二人は消えてしまった。
でも私は、とても心が満たされた。


「ありがとう……織、お母さん……ありがとう……」


これで、本当に何もかもが吹っ切れた。
私も幸せになれるって。
なっていいんだって。


「会えて……良かった……」


心が軽くなったようなこの気持ち。
もう……充分なくらい。
こんな気持ちは、私には勿体無いくらい。


「………また、来るから」


とても、幸せです―――