呟いても、心は満たされない。
逆に闇底に落ちていく。

もう、傷つきたくないから。

僕は君に嫌われようと―――





「っ……」


私は、それまでの話を聞いて鳥肌がたった。
不二は、私の為に……?


「……て事は、不二…」
「…今までずっと、咲乱への気持ちでいっぱいだった」


不二は私を、愛しそうに見つめて―――





不二side



そして、部活の時間。
初めて咲乱に、あんな態度をとった。


「どうしたの?蓮杖さん、固まっちゃって」


僕は、心を閉ざすことができた。
この時、愛美を見ると、満足気に笑っていた。
咲乱は、対照的に絶望に満ちた顔をしていた。

ゾクゾク、

身体を駆け巡る、初めて感じるこの気持ち。
それが、僕の……こっちの道を広くしたのかもしれない。


「………ふふ」


そう、僕は……
咲乱の恐怖に満ちた顔も、愛しいと思うようになってしまったんだ。





「……狂ってる」


そう呟いたのは、少なくない。


「……っ、…」


咲乱は、切なそうに眉を寄せて話を聞いている。


「………何とでも言って。僕は、これでも本気で咲乱を愛していた……」





その次の日から、本格的に咲乱に冷たく接する事にした。


「ふふ、そろそろ、本当に消えた方がいいよ?」


酷い事を言えば言うほど、


「周助……好き」


愛美は機嫌が良くなった。
愛美の気持ちが少しでも咲乱から逸れれば、咲乱は解放されるかもしれない。
その、一心だった。


「っ咲乱……触れたい……」


それでも、一人になると咲乱を求めてしまう。
もう一度、この手で咲乱を感じたい。
叶わない願いだけど、僕は祈っていた。


「あんた、何回言っても懲りないッスねぇ」


青学の皆の罵声は僕にとって憎悪の言葉でしかなかった。
咲乱を傷つける言葉を言うその口。
何度黙らせたいと思ったか。
恐怖の色が褪せない咲乱の顔を見ると、気持ちが深く舞い上がる。
愛しい、愛しい、愛しい………。

でも逆に、
怖い、怖い、怖い………。
いつ、愛美が僕を手放すか分からない。
だから僕は自分の気持ちから背く為に、


「蓮杖さん……お願いだから、消えて?」


咲乱を自ら傷つけた。
それで、自分が最低だと思うことで、咲乱への感情を塗りつぶそうと思った。


「―――っ!?」


痛そうにしゃがみ込む咲乱を、とても抱き締めてあげたかった。
そんな、感情に迷ってるところを見られたくなくて。
咲乱と二人きりになりたくて。
僕は青学を一旦引かせた。


「……咲乱、」


久しぶりに呼ぶ、君の名前。
口にするのも、少し恐れていた。


「……痛い?」


そんなの、当たり前なのに。
僕の痛みが、咲乱に伝わってないか、と。
少し、心配だった。


「……ぅ」


咲乱の目は、僕をしっかりと捕らえていた。


「そうだよね、痛くしたからね」


今、僕は笑顔を作れている?
気持ちでは笑顔を作れるような気分じゃない。

でも、僕は咲乱に嫌われたかった。
そうして僕を避けて……。
僕を、憎悪を込めた目で睨みつけて……。
僕を、心底嫌ってくれたら。
僕も君を諦められるだろうと。
君をこんな瞳で見つめられるのも、今日で最後にするよ。

咲乱の目が細くなり、段々と意識が薄れていくのに気がついた。


「僕…君のこと、大好きだったから……」


君に届けたかった本当の想い。
こんな時でしか、呟けない。


「だから……もう少し……我慢してね」


僕も、我慢するから。
完璧に狂うまで。
君への感情を殺すまで。


「愛してる」


これが、僕の今日だけ許される、最後の言葉―――





話に段落がつくと、咲乱があの傷を押さえているのが分かった。
多分、その時の様子が浮かんだんだろう。


「それから、僕は本当に狂うことを決めたんだ」


雨が降り注ぐ中、僕だけを見つめる咲乱。
それを、僕も見つめる。
そんな僕を、愛美はどんな目で見ているだろう。

君は今、何を想ってる?