青学と立海の乗ったバスが遠くへ行き、視界から消えた。
その時まで麻燐は手を振っていた。


「……終わったな」
「ほんまやなぁ。色々ありすぎて、早う感じるわ」


向日と忍足が呟く。
2校のいないこの場所はなんだか少しだけ物足りないようにも感じた。
だが、


「やっと解放されるぜ……」
「ですね……」


こちらの二人はそうでもないようです。最初の挨拶の時から大変でしたからね。
宍戸と日吉は同時に溜息を吐きました。


「これで麻燐が独り占めできるC〜っ」
「ジロー先輩、まだ俺がいますよ」


こちらもすぐいつもの調子に戻ってますね。
気が早いのか、単純なのか。


「………。まぁ、いつまでもここに突っ立ってるのもなんだから、バスん中入るぜ」


その様子を見かねた跡部が、麻燐の肩を寄せバスへと誘導する。


「うん……」
「……そんなに寂しがるなって。俺たちがいるだろ」
「うん……でもやっぱり、寂しいよ……」


麻燐の足取りは重い。
跡部は心配するが、それでもどうしようもない。
合宿は終わったんです。


「そんな、二度と会えなくなるような別れじゃないだろ?」
「そうだけど……せっかく、仲良くなれたのに……」


しゅん、と子犬が耳を下げているように俯く麻燐。
後ろで忍足が、「お持ち帰りしたいわーっ!」と叫んでいるのを、跡部は完全に無視をしている。


「いいじゃねえか。今回はそれで。あいつらに会う機会なんていくらでもある。少しずつ仲良くなるより、この合宿でこれだけ仲良くなれてよかったじゃねーか」


跡部は麻燐を説得させるかのように、優しく語りかける。
その言葉に、麻燐もだんだんと落ち着いてきたようだ。


「……そうだよね。景ちゃん先輩の言うとおりだね!この合宿があったから、たくさんの人に会えたし、仲良くなれたんだもんね……」
「ああ。だから、そう寂しがるな。俺たちが居るから」
「うん……」


麻燐は大きく息を吐いて、優しく頭を撫でてくれる跡部に寄りかかった。


「あーっ!跡部が麻燐ちゃんを誘惑してるC!」
「くそくそ跡部!ずりぃぞ!」


そこを冷やかしにくる仲間。
その存在が、また麻燐をいつもの調子に戻してくれる。


「そうや!俺かて麻燐ちゃん慰めたいのに!」
「お前じゃ無理だ変態」
「そうですね」
「二人してなんやねん!」


宍戸と鳳が打ち合わせをしていたかのような息のぴったりさで忍足を攻撃した。


「……やってらんねえ。ほら麻燐、バスに乗るぜ」
「うん!」


跡部に手を引かれ、麻燐はバスへと向かう。


「あー!麻燐の隣は俺だC!」
「何言ってるんですか。俺ですよ」
「いや、それは俺や!」
「「「忍足(さん)ではない」」」
「皆してなんや!?俺いじめてそんなに楽しいんか!?」


いえいえ、皆忍足にだけは渡したくないと思っているんですよ。


「やけど、俺は挫けへんで!やないと、上へのぼられへんのや!!」


のぼらなくても結構です。テニスと違って。
言ってる傍から、他のメンバーより遅れを取っています。


「景ちゃん先輩?どうして皆あんなに急いでるの?」
「気にするな。ただの醜い争いだ」
「?」


麻燐は訳が分からないという顔をしていますが、その戦いの先陣を切ったのはあなたですよ、部長さん。
そして、跡部と麻燐がバスへ乗り込んだ瞬間、


「遅かったな。私は待ちくたびれたぞ。早く席に着きなさい。ちなみに、麻燐ちゃんの席は私の隣だ」


いつもよりめかし込んだ榊太郎(43)が行ってヨシのポーズで待っていました。
跡部は脱力し、追いついた他のメンバーは怒りを感じた。
だが、部員たちがその気持ちを露わにする前に、


「はーい!」


麻燐はすでに監督の隣に座っていた。


「あれ?皆は席に座らないの?」


魂が抜かれたように立ちつくす部員たちを見て、麻燐はきょとんとした顔で聞いた。
すると皆は一斉に苦笑いをして、ふらふらと席について行った。


「なぁ、なんであんなに監督今日オーラが違うんだよ」
「さぁ?結構な時間待たされたからとちゃうか」
「……なんか頭痛くなってきたぜ」
「監督のわがままは大人げなくて見苦しいですね」
「おいお前ら、聞こえるぞ」


跡部が、ごちゃごちゃと言っている部員を宥める。
その間も、麻燐は監督と合宿の想い出話のようです。
そして、その二人に嫉妬心全開の皆さん。


バスはスピードを緩めることなく、真っ直ぐと氷帝へと向かう。
学校に着けば、また数日前と変わらない学校生活。
ただ一つ、何か変わったとしたら、この合宿で、一人一人が成長したということ。
特に麻燐は、一回りも二回りも成長した。
部員への想い、サポートの気持ち、天然さ、黒い人や変態へのスルースキル……様々な面で成長しましたね。


「そうか……麻燐ちゃんはこの5日間、とても頑張ってくれたようだな」
「うん!皆の為に麻燐頑張った!」
「偉いぞ。麻燐ちゃんはやっぱり良い子だな」
「えへへー」
「「「(43めっ!麻燐に触りやがって!)」」」


もはや監督という意識はありません。


「では私が御褒美としてこれをプレゼントしよう」


そこで榊が麻燐に渡したのは………


「わー!フリフリしてて可愛いっ!」


スカート丈の短いメイド服だった。


「監督!?何麻燐にそんなもん渡してるんですか!」
「麻燐ちゃんには卑猥すぎですよっ!」
「げっげげ、激ダサだぜっ!」
「俺がいつか渡そう思うとったのにー!」
「もう嫌だこの部活……」


上から、跡部、鳳、宍戸、忍足、日吉。
さすがにこの榊の行動にはツッコまずにはいられないようですね。


「なっ!わ、私は何も自分の趣味嗜好の為に渡したのではない!5日後の学園祭のことを思って渡したのだ!」
「「「えっ」」」


榊の言葉に全員が止まった。
中で、麻燐はきらきらと目を輝かせた。


「学園祭!麻燐、ずっと楽しみにしてたの!」
「ち、忘れてたぜ……」


跡部が額を抑える。


「そこで我がテニス部ではメイド喫茶を出し物としようと思って……」
「「「ふざけるなぁっ!!」」」
「げふうおぁっ!」


榊はやはりぶっ飛ばされる運命にあるようです。
氷帝テニス部は、やはりこうでなくてはいけませんね。



−合宿編 END−


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