「あ、麻燐ちゃん。おはよう」 「おはようっ!チョタ先輩!」 開会式の場と同じ場に行くと、もう大体のメンバーが揃っていた。 こうも全員が揃っていると、本当に今日でお別れというのが心に染みてくる。 「少し遅かったんじゃねーか?」 「んーと、ちょっとがっくん先輩を起こしてたの」 「あ〜岳人は寝ぼすけだからねぇ〜」 「お前が言える事じゃないだろ」 芥川の言葉に跡部がぴしゃりと言う。 「あ、景ちゃん先輩おはよう」 「ああ、おはよう。昨日はよく眠れたか?」 「うん!ぐっすりと!」 ぐっと親指を立てて笑う麻燐。 ここであまりに眠たくて着替えを手伝ってもらっただなんて言ったらその人物は瞬殺されそうですね。 「そうか。今日でしばらく会えなくなるから、ちゃんと挨拶しておけよ」 「うん!」 ここで、麻燐と同室のメンバーも到着した。 代表の榊もステージに上がり、それぞれは静かに並ぶ。 「今回は、5日間という短い間だったが、お互いが学び合う、良い機会となったと思う」 榊がまともな事を言っている。 氷帝のメンバーは珍しそうに見ているが、麻燐に関しては尊敬の意を込めた眼差しで見ていた。 ああ麻燐ちゃん、その人はそんなに尊敬に値する人物じゃないのよ。 氷帝のメンバーはそう伝えたくてうずうずしています。 「それでは最後に、今回の合宿のマネージャーを務めてくれた、私の可愛い麻燐ちゃんの挨拶だ」 「はい!」 麻燐は喜んでステージに上がって行きましたが、各校の麻燐ラバーズの人たちは榊の発言にかなりカチンとしていました。 だけど最後なので抑える。 麻燐と、気持ちよくお別れしたいから。 「えと……今回、この合宿でマネージャーをやらせてもらった、麻燐です!」 麻燐は緊張はしていないみたいだが、皆の前で丁寧に話そうとして、少し違和感がある話し方だ。 しかも律儀に自己紹介までして、忍足は萌え〜としていますが、保護者の跡部はハラハラです。 娘のお遊戯会を見る父親のような心境です。 「私は、初めてでうまくできなかったり、皆に迷惑をかけたりしちゃったと思います。でも、そんな時に皆が助けてくれたり、励ましてくれたりして、すごく元気が出ました」 麻燐は珍しく一人称を私≠ニし、話す。 各校のメンバーが全員目を丸くして麻燐を見る。 真剣に目を開き、全員の顔を一人一人見る麻燐。 頭の中で何を言おうか、言葉を選びながら話す麻燐。 そして少し恥ずかしいのか、手を後ろにしてもじもじしている麻燐。 全て、初めて見る麻燐ばかりだった。 初めは驚きを隠せなかった皆も、微笑ましそうに目を細め、麻燐を見ている。 「私は、テニス部のマネージャーとして、この合宿に参加して、皆と出逢えて、サポートできて、すごく楽しかったです!本当に、ありがとうございました!」 最後に深く礼をして、ステージから降りる麻燐。 誰から始まったのか分からないが、自然と拍手が起こる。 それに気付いた麻燐は、少し顔を赤くして笑い、もう一度深くお辞儀をした。 そして氷帝の元に戻る。 「麻燐、なかなかいい話だったな」 「えへへ……ありがと」 成長した我が子を誇りに思う父親のような表情をした跡部が、隣に戻ってきた麻燐にそう伝える。 麻燐はやっぱり恥ずかしく思いながら、小首を傾げた。 そしてもう一度榊がステージに上がり、一言二言労いの言葉をかけ、解散と告げた。 もう外には、各校へと戻るバスが到着している。 「麻燐ー」 「あ、まーくん!」 解散と告げられた途端、寄ってきたのは仁王。 なかなか早いですね。 「今日で麻燐ともお別れか。寂しくなるのう」 「うん……まーくんに久しぶりに会えて、麻燐嬉しかったよ」 「俺もじゃよ。麻燐も可愛くなっちょるきに、俺んとこ嫁に来る時はもっと美人さんになっとりそうやのう」 「「「誰が嫁だ」」」 全員にツッコまれました。 「麻燐はお前みたいな詐欺師にはやれん」 跡部が偉そうに言ってます。 完全に自分の立場が保護者だと認めているようなものですよね。 「麻燐ちゃん、仁王さんに騙されちゃだめだよ」 「?」 麻燐はよく意味が分かっていないみたいです。 「騙すとは人聞き悪いのう。本気なんじゃが」 仁王は愛しそうに麻燐の頭を撫でる。 それに気分を良くしたのか、麻燐も笑った。 「くす、でも僕の入る隙間も残ってそうだね」 ここで堂々と登場したのが青学の魔王様。 手塚が止めるのも虚しく、腕を組みながら呟きます。 「相変わらず図々しいッスね、不二先輩」 「越前には関係のないことだよ」 後ろの方で桃城に呟いた言葉も完全に拾う不二。 二人ともたじたじです。 「青学の皆ともお別れかぁ……悲しくなるな」 再びしゅんとなる麻燐。 「大丈夫。中学を卒業したら僕のところに花嫁修業にくるといいよ」 「「「麻燐には必要ない!」」」 スッと麻燐と不二の間に入る鳳。 笑顔で対峙しています。 「ふぃー、まった喧嘩してんのかよ」 ここで後ろから登場したのは丸井。 麻燐も振り向いて丸井を迎えます。 「ブンちゃん!あ、最後だからこれあげるー」 麻燐がポケットから出したのは苺味の飴。 「おー!さんきゅー!へへ、麻燐から貰うとなんだかもったいなくて食えねえな」 「じゃあ俺が貰うッス!」 ひょいっとやってきたのは切原。 「あっ!くそ、空気読めよ、バカ也!」 取り上げられた飴を取り返そうと追いかける丸井。 一瞬にして二人は麻燐の前からいなくなりました。 「ふしゅー……」 「あ、薫ちゃん!」 「……麻燐」 「あの猫さん、ここの宿舎の人に頼んだら近くの猫さんが好きな人に飼ってもらうことになったんだって」 「へえ……よかったな」 「うん!薫ちゃんが可愛がってたから、人懐っこくってきっと飼ってくれる人にも可愛がってもらえると思うよ!」 「……麻燐の方が可愛がってたじゃねえか」 「えへへ、薫ちゃんの方だよ〜」 「俺はその話初耳だなぁ」 そこで唐突に横やりを入れてきたのは幸村だった。 いやいや、一瞬にして海堂の方がびくってなりましたよ。 「幸村、そこは空気を読んで二人の共通の話題を見守るべきだ」 「えー、だって、俺だって麻燐に最後のお別れしたいしぃ」 「幸村、終盤になってキャラを変えても無駄だぞ」 「ちっ……」 元に戻りましたね。 柳さんグッジョブです。 「今度、麻燐の家の蓮くん紹介するね〜」 「あ、ああ……ありがとう……」 そうして海堂は身を引いた。 海堂なりに空気を察したのだろう。良い子すぎて涙が出ます。 「麻燐ーっ」 「ゆきちゃん!」 幸村はとびきりの笑顔で麻燐を迎える。 麻燐も同じように応える。 ここだけを見ると、とても綺麗な絵なんですがね……。 「あ、麻燐ちゃん、俺からもお礼を……」 「やあ大石、俺たちに何か用かい?(訳:今俺が話しかけたばかりだろう空気を読めよこの水泳キャップ)」 「どうしたの?秀ちゃん」 「………いや、何でもない……」 大石が胃を押さえながら身を引きました。 そこで菊丸が大丈夫かと大石に駆け寄る。 ……大丈夫じゃなさそうです。 「あぁ、麻燐ちゃんと別れる日が来るなんて……俺、寂しくて死んじゃいそうだよ」 「もう、うさぎさんみたいだね、ゆきちゃんは」 優しく言うと、麻燐もえへへと笑う。 「……本気だよ?」 「えー!麻燐、ゆきちゃんに死んでほしくないよ!」 「大丈夫。麻燐が生きてる限り、俺は例え病気が再発しようと上から鉄の塊が落ちてこようと死なないから」 「(死ぬか死なねえのかどっちだよ)」 「(縁起の悪いこと言うなよな……)」 「(つか、鉄の塊ってどんな状況だよ)」 上から宍戸、桑原、丸井の順だ。 話を聞いていると自然と心の中にツッコみが生まれる人たちですね。 「ほんとう?じゃあ、麻燐も安心できるね!」 「うん。だから麻燐、たまには俺たちのところにも遊びに来てよ」 幸村が珍しく白い笑顔です。 本音なのか、いつも以上に穏やかな表情をしていますね。 「うん!もう場所も覚えたし、絶対に遊びに行く!」 「ありがとう」 ここで跡部の号令が入ります。 「もう時間だ!それぞれのバスに乗り込め」 部長として時間を厳守しているのか、保護者として嫉妬しているのかは分かりませんが、もう時間がないのは事実です。 幸村は名残惜しそうに最後に麻燐の頭を撫で、「またね」と言った。 「うん……また、ね。また会おうね、皆!!」 麻燐も溢れそうになる涙を抑え、皆を見て言った。 それに次々と答える皆。 「またね」「ばいばい」「いつでも遊びに来いよ」……。 色々な言葉が飛び交う中、麻燐は他校の全員がバスに乗るのを見送りました。 氷帝のメンバーが先に入れというのも聞かなかったので、仕方なく氷帝も見送ることに。 最後はバスに乗った側も窓から身を乗り出して手を振っていた。 麻燐も笑顔で手を振り返し、3校合同合宿は幕を閉じた。 |