「んむ………」


あれから、麻燐は静かに眠っている。
他のメンバーも練習に集中しているのか、部屋に来る様子もなかった。


「ふぅ……ただ見とるだけってのも、辛いもんやなぁ」


紅潮した頬。
少し開けられた唇。
額に浮かびあがる汗。
小さく漏らす甘い声。


「………おにーさん、我慢するのも大変なんよ」


冗談なのか本気なのかはわからないが、くす、と笑って麻燐の額の汗を拭う。


「んみゅ……」
「お、また目が覚めたんか?」


その行動に気付いたのか、麻燐は薄く目を開き、忍足を見つめた。
忍足はまた微笑する。


「お腹空いとらへん?お粥ならすぐに用意できると思うけど、」
「……ううん、大丈夫」


麻燐はにこ、と笑った。
息も少し整い、段々と調子が戻ってきているのが分かった。


「よし、それなら、ちょっと触らしてなー」


一見聞いてみると変態発言ですが、これもちゃんとした体温の確認です。
忍足は麻燐の首に触れる。


「んー……朝よりは大分ようなっとるな」
「ほんと?……っじゃあ、練習いける?」
「だめや。熱が下がっても、安静にしなあかん」
「うう……」


麻燐は残念そうな顔を見せるが、言うことを聞くことにしたのか、何も言わなかった。


「麻燐ちゃんはええ子やな」


忍足はよしよし、と麻燐の頭を撫でる。


「……ゆーし先輩、手おっきいね」
「そうか?」
「うん!」
「それは、麻燐が小さいからや」
「えー、そんなことないよー。……麻燐ね、ゆーし先輩たちの年になったら、もっともっとおっきくなるの」


麻燐は夢を見るようにして語っている。
忍足はそれに笑顔で返した。


「(あーーー……このままでおってほしいな)」


丁度このすっぽり収まる小さな身体がええねん。
身体の奥深くまで響くようなこの高い声がええねん。
大きな目が自分を上目で見つめるこの身長差がええねん。
その可愛らしい形をしている胸が(以下略)


「って、まるで俺ロリコンみたいやん」


ナレーターに文句言わないでください。
あなたの心の中をそのまま文章にしただけですから。
ほら、麻燐ちゃんが不思議そうな顔して見てますよ。


「どーしたの?ゆーし先輩」
「な、なんもあらへんよ?……っあ、そうやそうや!俺、麻燐ちゃんに聞きたいことがあるんや」
「なぁに……?」


麻燐は首を傾げ、上目で忍足を見つめる。
一瞬理性が飛びそうになるのを、跡部の般若のような顔を思い出し我慢した。
合宿の最後の最後で血祭りになるのは遠慮したいですから。


「えっとな……麻燐ちゃんは、何でテニス部のマネージャーになろうと思ったん?」
「へ?」
「マネージャーって大変やん?それに、男ばっかのむさいとこに、女の子一人で……」


本当は虐めとかの心配もあったが、麻燐は大丈夫だったから。
忍足はそれについては言わない事にした。
疑問をぶつけてみると、麻燐は少し目を輝かせて、


「だってね、テニスってすっごいスポーツだと思ったの」
「へえ。麻燐ちゃん、流石目の付けどころがええな」
「えへへー。あのね、まだ入部届け出す前、友達とテニス部を見に行ったの」


麻燐は楽しそうに思い出しながら、ゆっくり語りだした。


「そしたらね、ボールの跳ねる音がいーっぱい聞こえてきて、何やってるのかな?って思って見てみたら、」
「見てみたら?」
「コートにね、景ちゃん先輩と、ゆーし先輩やがっくん先輩が、テニスやってたの!」


うんうんと優しく相槌をしながら聞く忍足。
それが心地よいのか麻燐はまだ話を続ける。


「すっごい早さでボールが飛んでるし、みんな、すごく一生懸命で……テニスって、こんなにかっこいいものなんだ!ってすごく思って……」
「……なんか、照れるわぁ」
「それでね、もっと近くで見てみたいって思ったの!もっともっと自分の目で見て、お勉強して、皆のテニスのサポートをするのが夢になって……」


そこまで言われると、忍足は返事に困った。
麻燐はいつになく真剣な顔になっていた。
そんな麻燐を見ると、軽く返事をするわけにもいかず、少し戸惑ってしまう。


「だからね、氷帝のテニス部のマネージャーになれて、すっごく嬉しかったの!麻燐、一生懸命頑張ろうって決めたの……」


麻燐はあんまり見せない微笑≠見せた。
綺麗な表情に忍足は思わず言葉を失う。


「………そんな顔、反則やろ」
「えっ?」
「なんでもあらへん。そうか、麻燐ちゃんはそこまでテニス部の事を……」


今まで麻燐と部活を一緒にやってきたが、麻燐がマネになろうとした理由、テニスに魅入っているという事実を知ったのは自分だけだろう。
そう思うと、忍足は何故か優越感を覚えた。


「えへへ……。今は、テニスも大好きだけど、皆のことも大好きなんだよ」
「麻燐ちゃんっ……!もうあかん!!俺は我慢できん!神様!この罪をお許しくださぼへぇえっ!!」
「あ、ブンちゃん!と赤也!」
「おう。麻燐元気かよぃ」
「この人に何もされてないかー?」


お見舞いに来たのか、丸井と切原がお菓子を持って部屋に来た。
登場の仕方は雑だが。
忍足の後頭部に突撃でしたが。


「じ、自分らっ容赦っちゅーもんを知らんのか!?」
「あー悪い。恨むんなら、俺の天才的反射神経を恨め」
「誠意のこもった謝罪求む!」
「それより麻燐、」


切原の華麗な話題の変え方に忍足はハンカチを噛んだ。


「よっし麻燐!お菓子、たっぷり持ってきたから食おうぜぃ!」
「やったー!……でも、練習は?」
「あー気にすんな。もう昼飯も終わって、俺らはおやつの時間」


お菓子と言っても、麻燐の体調を考えてあるのかプリンやゼリーなどの食べやすいものばかりです。
朝は食欲がなかった麻燐も、それを見て嬉しそうに笑う。


「あーんど、麻燐のお見舞いの時間だからな」


切原が少し麻燐に近づき、麻燐の額に自分の額をくっつけた。
熱があるかどうか、確かめてるんだろう。


「んー、そこまで熱くないな。麻燐、だるくないか?」
「うん、大丈夫だよー」
「よーし、それなら平気だな!」
「ほら麻燐!お前の好きな『きのこの山』もあるぜぃ」
「わーい!」

「皆で俺を放置プレイか……!あと5分、麻燐ちゃんと二人きりやったら……」


忍足、悔やんでも遅いですよ。
半日麻燐と一緒に居るのを皆さん知ってますから。

嫉妬というものは侮れませんね。