少し小走りで、宍戸たちは204号室に着いた。
宍戸を先頭に部屋に入る。


「おい、連れてきたぜ」
「ああ、ありがとう。……なんだか余計なのが居ないかい?」
「余計とは失礼ッスねー」


不二が笑顔で出迎えるが、日吉と切原を見てそう言った。
切原はにやにや笑い、日吉は眉間に皺を寄せている。
もう慣れてきましたね、この態度に。


「まぁ堪忍したってやー。この二人も心配やねん」


そう言って部屋に踏み入れる忍足。
そのまま真っ直ぐ行って、ベッドに寝ている麻燐を見る。
麻燐はぐったりとしていて、頬を赤くして脂汗をかいていた。


「っ麻燐ちゃんその姿可愛すぎ「おっと、近くに俺がおるのを忘れなさんな」


すぐさま飛びつこうとする忍足を力ずくで止める仁王。


「そうですよ。俺も居ますからね」
「冗談やんか。そない本気にならんといてやー」


その言葉を鳳は「忍足さんは信じられません」の一言で切り捨てた。
今回はそれに傷つくことなく、忍足は一歩進んで麻燐の様子を伺う。


「んー、こらほんまに辛そうやな」
「……忍足、お前さん、本当に医者の息子なんか?」
「疑われるなんて悲しいわー。ほんもんやで」


仁王の心配するあまりの言葉に忍足は笑うと、麻燐の首に手の甲を当てる。
すると、それに気付いたのか麻燐がそっと目を開けた。


「……?ゆ、し先輩……?」
「おお、起きたんか」


優しく語りかける忍足。
変態臭くない笑顔は久しぶりのような気もしますが。
麻燐は少しぼーっとした目で忍足を見上げた。


「麻燐ちゃん、辛いか?」
「ん……うん……」
「どっか、痛いとこある?」
「……頭……と、ちょっと喉も痛いする……」
「そうか……。熱もあるし……重症やないけど、ただの風邪や。昨日からの温度差にやられたんやろ」


忍足は安心させるように麻燐に告げ、皆にも聞こえる声で告げた。
その声は完全に医者の声。


「かぜ……?」


麻燐は呟くと、視界に移った二人の名前を呟いた。


「まーくん……ちょた、せんぱ……」
「おはようさん。じゃが、もう少し寝とりんしゃい」
「え……なんで……部活、は……」
「その体じゃ無理でしょ?休んでた方がいいよ」


鳳も優しく伝える。
でも、麻燐は一筋縄ではいかなかった。


「でも……今日で最後だし、仕事……」
「麻燐ちゃん、気持ちは分かるけど、症状が悪化したらいけないよ」
「そうだぜ。後は俺たちに任せろって」
「………でも、」
「そんなに、俺らは信用ないってか?」
「ち、ちがうよ!……だけど」


宍戸の言葉に少し声を荒げて言う麻燐。


「おし、そんだけ声が出るんなら1日経てば治る。今日だけの辛抱だ」
「ぅ……」


宍戸がにっと笑って、頭を撫でた。
麻燐は諦めたのか、ふぅ、と息を吐いた。


「おお。さすが後輩の面倒に定評のある宍戸やな」
「っせぇ。こういう頑固なやつ、たくさん知ってるしな」


ですよね。
あなたの部活の部長なんて代表的じゃないですかね。


「へぇ、宍戸も麻燐の扱いが上手くなったのう」
「ふふ、ちょっと意外だね」


仁王と不二も感心している。
鳳に至っては尊敬の眼差しを送っている。


「あ、そろそろ朝食の時間スよ」
「本当だな……。どうする?」
「俺が麻燐ちゃんの看病しとるから、自分ら食べてきてええよ」
「忍足さん、麻燐ちゃんに変なことしないでしょうね」
「自分相当疑っとんな……。心配いらへんよ。俺かて状況は分かってるし」


表情は優しいが、言っていることは本気のようだ。
鳳は仕方なく忍足を信じる。


「分かった。じゃあ俺らも出てくぜよ」
「えっ、いいんスか?仁王先輩」
「あんまり人が居ても麻燐の邪魔になるじゃろ?ほら、分かったら退散じゃ」
「う〜、分かったッスよ……」


切原は少し納得のいっていない顔だったが、仁王に連れられて部屋から出た。


「じゃあ、僕も行くよ。よろしくね、忍足くん」
「ああ。任せとき〜」


不二も告げると、麻燐の頭をひと撫でして部屋から出た。
それに続いて鳳も出る。


「っし、行くか、若」
「そうですね……」


日吉は麻燐を一瞬見て、宍戸の後に続いた。
忍足は手を振って見送る。
そして今、ようやく部屋が静かになり、麻燐の呼吸しか聞こえない。


「ゆうし先輩……」
「あぁ麻燐ちゃん、また起きたん?」


小さく口を開け、忍足を見つめる。
それを、忍足も優しく返した。


「うん……皆は?」
「もう出てったよ。皆、心配しとったで」
「……うん。ゆうし先輩は?」
「俺?」
「皆と……行かなくていの?」
「俺は一応、医者の息子やからな。ここに居るで」
「………ごめんね」
「?何で謝るん?」


麻燐は悲しそうに眉を下げる。
忍足は不思議そうに麻燐に声をかけた。


「だって……せっかくの練習時間が……」


麻燐は言いかけて、止めた。
忍足が唇に人差し指を当てたからだ。


「それ以上言ったらあかんよ。その気持ちは嬉しいけど、今は自分のことだけ考えとき」
「う、ん……」
「ほら、寝ててええから」
「うん……」


麻燐はゆっくり瞼を閉じると、すぐに寝息を立てた。
合宿の疲労もたまっているのだろう。
この1週間、麻燐は全力で皆に関わって、仕事を続けてきましたからね。


「……自分の事を、もっと大切に思ってもええんやけどな」


忍足はそう呟くと、優しく微笑んで麻燐の髪を撫でた。
麻燐も少し表情を和らげた気がした。


×