「わぁ〜っ、おっきな部屋!」
「探し甲斐があるのう」


仁王が何かを悟ったような目つきでホールを見渡す。
さて、本当に誰か居るのでしょうか。


「……早くも誰かの声が聞こえましたね」
「そうだにゃ〜……。ねぇ柳生、もちっとそっちに詰めてよ」
「無茶ですよ、菊丸くん。こちらはもういっぱいです」


……珍しい組み合わせの二人が、数多くある机の中の一つの下にもぐっていました。
仁王の読みは当たったんですね。


「んじゃあ、麻燐あっち見てくるね!」
「おう」


麻燐はステージの方、仁王は机やその辺りを見回ることになりました。


「う、わ……誰かの足音がっ……」
「これは……、多分、仁王くんでしょう」
「……にゃんで分かるのさ」
「何となくですよ」


言いながら身を小さくする柳生。
菊丸はともかく、猫のように丸くなっている紳士はあまり見たくはないです。

コツ、コツ。

足音が二人のところまでやってきました。


「「(………)」」


二人は生唾を飲み込む。
優勝とまではいかなくとも、こんなに早く見つかるのも嫌なのでしょう。
息を殺しています。


「……どうやら、こっちにはおらんようじゃな」


呟くと、仁王は麻燐を呼びました。
二人は気付かれていなくて安堵の息をつきます。
でも、それも束の間。


「誰か居たぁ?」
「いや、おらんかった。……なぁ麻燐、」
「ん?」


声で麻燐が笑顔できょとんとしているのが分かります。
その表情が見えないことが今の二人の悔みです。


「麻燐はキス、したことあるか?」
「ん?きす?」

「「(なっ…!)」」


思わず音を立ててしまいそうになった二人。
だが、ここは押さえて……会話に耳を澄ます。


「んーっと、いつも会った時にまーくんにする……」
「それはほっぺじゃろ?ここじゃよ」
「ん……唇?」


残念ながら二人から見えませんが、仁王は麻燐の唇に指を当ててます。
これを他の人に見られたらいくら幼馴染とはいえ、我慢できないでしょう。


「ないよー?」
「まぁ、そうじゃろうな。あったらショック死しそうじゃ」
「死?まーくん、どこか痛いの?」
「んー……そうじゃな」

「(……ねぇ、柳生)」
「(何ですか)」
「(仁王、どういうつもりにゃの?)」
「(……私が知るわけないでしょう)」


相手は詐欺師ですからね。


「痛いんだったら、医療室行かないと……」
「ああ大丈夫じゃ。すぐに治る」
「……ほんとう?」
「ああ。麻燐がキスしてくれたらな」
「キス……って、ほっぺ?」
「いーや、ここじゃ」
「……お口?」
「そうじゃ」


隠れている二人には分からないでしょうが、二人はかなり接近しています。
その会話の流れからして、止めなければならないのにドキドキで体が動かないという悲劇。


「(……柳生、顔赤いよ)」
「(なっ……そう言う菊丸くんこそ)」
「(柳生ってさぁ………実はムッツリでしょ)」


プチン。
何かが切れました。


「っだ、誰がムッツリですかーー!!!」


柳生が切れました。どうやら禁句だったようです。
崩壊ですね、はい。
それはいいですけど、机の下に居ることを忘れて立ち上がり、ゴツッと鈍い音がしました。


「ん?あーっ!ひろちゃんとえーじ!見ーっけ!」


丁度仁王の両手が麻燐の肩にある時にそれは起きてしまいました。
仁王は短く舌打ちをした。


「きっ菊丸くん!ブン太くんと同じような事を言わないで下さい!」


だが柳生はよほど『ムッツリ』と言われたのが嫌なのでしょう。
顔を怖いほど赤くして怒っています。
まるで、悪魔になった切原のように。


「…っご、ごめん…なさい……」


あまりの迫力に菊丸は目を点にして柳生を見上げる。
無意識に出た言葉は文字を並べただけの言葉となった。


「それに仁王くん!麻燐さんからその手をどかしたまえ!破廉恥です!」
「ほーう、お前さんが言うか。ずっと俺らの会話盗み聞きしとったくせにのう」
「そっそれは……こ、こちらは『隠れ鬼』という遊戯の役目を果たしているまでです!決して卑しい気持ちがあったわけでは……」


何故か今の貴方には説得力が感じられません。
紳士≠ニいうオーラがありません。


「ひろちゃん、ひろちゃん」


そんな柳生をなだめるかのように優しい声で呼ぶ麻燐。
柳生はずれた眼鏡を掛け直す。


「……麻燐さん」
「頭、大丈夫?」


決して悪い意味ではありません。
ぶつかった頭のことを心配しているのです。


「……大丈夫ですよ。ああ、優しいですね、麻燐さん」
「んーん。そんなことないよ。ほら、痛いの痛いのとんでいけ〜ってやってあげる!」
「っ麻燐さん……」


感動とでも言いたげな表情を浮かべ、膝を折り曲げる柳生。
そして麻燐は言ったとおり柳生にやってあげた。


「ああ……まるで麻燐さん、あなたは地上に舞い降りた美しく可憐な天使のようだ……」
「ん?」


その言葉に仁王と菊丸は全身の毛が逆立つようでした。
きっとこの場に宍戸がいたら死んでいます。


「柳生……お前さん、ムッツリに加えて恥ずかしい奴やったとはのう……」
「これって、入れ替わり……じゃなくて、本当の柳生……?」
「阿呆。これと俺と間違えるんじゃなか」


今の柳生には今の会話は聞こえません。
まるでよくある女の子の片手を跪いて触れるという図のようです。


「折角お前さんら二人をおびき出すっていう作戦だったのにのう……まさか、柳生の本能をおびき出すとはな」
「えっ……じゃあ、俺達が下に居るの知ってて……」
「そうじゃ。どんな顔して出てくるかと思ったら……」


大きなたんこぶを携えた般若のような柳生の顔がありました。


「あっ、そーだ」


麻燐は柳生から離れ、菊丸に寄り、


「はいっ、英二もつかまえたっ!」
「にゃ〜〜麻燐〜〜っ!」


その言い方がとても可愛らしく、幼い子供を抱き締めるように菊丸は麻燐を抱き締めました。


「菊丸くん!私の麻燐さんに何を……「誰がお前さんのじゃ。似非紳士が」


麻燐を奪い返そうとする柳生を後ろから仁王がどつき、結局仁王が取り返しました。
どつかれた柳生はその勢いで机にぶつかる。


「あ………」


心配そうに柳生を見る菊丸に仁王は平気だと言い、その場から離れました。
菊丸も、しばらくどうしようか迷った末、柳生を置いていくことにしました。


「……ん…?あれ、私は一体……見つかった、のでしょうか……」


眼鏡を拭いて辺りを見るも、誰も居ない。
あるのは引っくり返った机と鬼の印の小さな角。
麻燐が置いたのでしょう。


「よく分かりませんが……どうやら、見つかってしまったようですね」


さっきの記憶がまるでない!
とでも言いたいくらいにいつもの柳生に戻りました。

さて、今のところ24人中鬼は3人に増えました。
これからどうなっていくのでしょう。