「……で、本当の目的は偵察なんだろ?」 麻燐から引き剥がした後、跡部は千石に問う。 「うーん、俺としては可愛いマネを……「偵察だろ?」……そうでーす!」 強制的ですね。 さすがの千石も空気を読んで肯定します。 「けっ、くだらねえ……」 「しー!亜久津、ここは穏便にやり過ごそう。本当は麻燐ちゃんと遊びたいんだけど……ここの皆は麻燐ちゃんに溺愛中らしいし…(跡部くんなんか大事そ〜〜に抱えちゃって……)」 小声で千石は亜久津に言った。 が、 「千石、聞こえてんだよ」 「うっわ、マジで?メンゴメンゴ〜」 跡部様は地獄耳のようです。 一番に走ってきたのも跡部ですしね。 「?景ちゃん先輩……この人たちはお友達なの?」 「いや、違え」 「あはは、即答って酷いな〜。一緒にJr.選抜行った仲じゃないか〜」 「忘れた」 「わあ。俺ってもの凄く嫌われちゃった系?」 表情は笑顔でも心は既にブロークンです。 心だけは繊細のようですね。 「じゃあ麻燐がお友達になるー!」 跡部の腕からすり抜けて千石の前に行く麻燐。 麻燐の優しさを忘れていましたね。 「麻燐ちゃん……!何て君は優しいんだ!俺感動したよ!」 涙を流しそうな勢いで麻燐に抱きついた千石。 「ふふふっ、そこで何をしているのかな?万年発情期」 「あ、誰かと思えば幸村くんじゃない!」 「ゆきちゃん!あのね、この人が麻燐たちと遊びに来てくれたんだって〜!」 麻燐が笑顔で幸村に向かって言いました。 千石もにこにこと笑っています。 まだ魔王の恐ろしさを知らないのでしょう。 「ふふ……そう、俺の麻燐に……。とりあえず、その腕を麻燐から遠ざけてくれないと君の生命は保証できないなあ」 「ゆ、幸村くん!?……そ、その後ろの黒い靄みたいなのは俺の見間違いじゃ……」 千石は本能とでも言いましょうか……ばっと麻燐から抱きつくのをやめました。 Jr.選抜の時とは全く違う雰囲気に戸惑っています。 「幸村、さっきの言葉は聞き捨てならんのう」 幸村の後ろから声がしたかと思えば、仁王がやってきた。 「そう?俺は何もおかしなこと言ってないんだけどなぁ」 「麻燐は幸村のものじゃなか。俺のものじゃ」 「へぇ〜、仁王くんも麻燐ちゃんのこと溺愛なんだね。ひゅー!」 「麻燐は俺の幼馴染じゃ。誰にも渡さんぜよ」 ひょい、と麻燐の肩を引き寄せる仁王。 あ゙、と全員が仁王を睨む。 「んー?どうしたの?まーくん」 「何でもないぜよ。今日も可愛えのうと思ってな」 「そうかなー?まーくんもかっこいいよ!」 「くく、当たり前じゃ」 「「「(何気に認めてるし……)」」」 仁王の発言にもびっくりだが、麻燐に対する笑顔もやはり見慣れない。 「仁王、その手を離してくれるかなぁ?」 「嫌じゃ」 あーあ、またはじまっちゃった……。 終わりの見えない戦い。 「あらら……厳しい世界だね」 千石はこれがいつものことだと察すると苦笑いで見守るしかなかった。 まるで弱肉強食の自然界を見ているような目です。 「……何だこいつらは」 亜久津はさっきからずっとそう思っています。 暇になってきたので新しく煙草に火を付けようとすると……、 「「「やめろ!!」」」 「……あぁ?」 その場に居る全員(千石と麻燐以外)が亜久津を止めました。 亜久津は不機嫌そうな顔を全員に向ける。 「ここがどこだか分かってるんですか?」 「……もしかして、神聖なテニスコートで、とかあほらしいこと言うんじゃねーだろうな」 真剣な鳳の言葉に亜久津は鼻で笑うかのように言った。 「いえ、それは違います」 「(え?違うんだ?)」 千石は心の中できょとんとする。 「「「麻燐の前ではやめろ!!」」」 「そうくるのか!」 これには千石もツッコむしかない。 どこまでも麻燐一筋ですね。筋金入りです。 「………」 亜久津は呆れて口にくわえた煙草をぽろっと落としたが、近くに居る麻燐を見ると、 「………?」 「……仕方ねえな」 落ちた煙草も丁寧に拾い、諦める亜久津。 何だかんだ言っても麻燐の純粋な瞳には敵わないのでしょう。 自身を慕ってくる後輩の目と、合致して見えますね。 「……さっきから、何集まってんの?」 「ん?……あ!リョーマくん!」 ラケットを肩に乗せこの保護者集団に割り込む越前。 それに気づいた麻燐が越前の近くに行く。 「あのね、お客さんが二人来たの」 「客?……あ、」 越前は、亜久津を見た途端黙り込む。 亜久津もぎろ、と越前を見る。 「……何しに来たの」 「うーんと、偵察みたいなもんだよー」 それには千石が答えた。 だが越前の視線は亜久津から外れない。 「ふーん。あんた、テニス止めたんじゃなかったの?」 「……今日は無理矢理だ」 「あっそ。まぁ、またやりたくなったら言いなよ。俺がまた倒してあげるから」 「………ったく、口の減らねえチビだぜ」 しばらく二人の睨み合いが続いた。 「……おい千石、帰るぞ」 「へ?あ、ちょっと待ってよ!」 千石の言葉も待たずに亜久津は早々と足を進める。 「あーもう……。麻燐ちゃん、今度一緒にデートしようねー!」 「うん!」 手を振ってくる千石に麻燐も笑顔で振り返した。 「……意味、分かってねえよな」 「分かってたら恐ろしいですよ」 後ろで宍戸と日吉がツッコミの役を果たせずにいた。 「さて、邪魔者は消えたし、これで安心して練習できるよ」 「……嘘つけ(俺らのことも邪魔者や思っとるくせに)」 幸村の顔に思い切り書いてあります。 仁王は気付いた様子。 「それもそうだな。ゆーし!早くダブルスの練習しようぜー!」 「はいはい。ほな………麻燐ちゃん応援よろしゅうなっ」 「早く行くぜ、侑士」 「……が、がっくん厳しないか……?」 多分気のせいですよ。 忍足は若干警戒しつつ向日についていきました。 「それじゃ、俺らも練習行ってくるか」 「そうですね」 宍戸と鳳もコートに戻った。 「……それなら、俺様もコートに戻るか…。麻燐、他に変な奴見たらすぐに言えよ」 「?うん、分かった」 きっと、麻燐が気付くよりも早く跡部の方が気付くでしょう。 麻燐はよっぽどのことが無い限り相手を変だとは思いませんからね。 「じゃあな」 「頑張ってね〜」 手を振って見送る麻燐。 「……あ、お仕事の内容聞けなかった……」 ここで本来の目的が果たせなかったことに気付きます。 「でも、すぐお昼ご飯だし……また聞けばいっか!」 時間も時間だしと、麻燐はスキップで宿舎の方に向かっていきました。 |