後夜祭も後半に突入した頃。 忍足はようやく麻燐と二人きりになれることに歓喜の気持ちを押さえながら麻燐をリードする。 「ゆーし先輩とダンスするの、2回目だね」 「せやな。まさかこんなにも早く麻燐ちゃんと踊る機会が来るとは思うてへんかったわ」 シンデレラの劇で一足先にダンスをしていた二人。 あの時はシンデレラと王子という役でしたが、今はそんなものはなく、いつもの麻燐と忍足でのダンス。 そのことに少しの気恥ずかしさを感じながら忍足は麻燐を見つめる。 「やっぱり麻燐ちゃんは可愛えなぁ」 くるくると回って踊る麻燐。 楽しんでいる素振りがよく伝わってくるダンスです。 「……麻燐ちゃん、何回も言うけど、俺麻燐ちゃんのこと好きやで」 「あ、ゆーし先輩も後夜祭の言い伝え、知ってるの?」 「……え?」 「好きって言うと幸せになれるの!麻燐も皆に言っててね、ゆーし先輩も今、麻燐の幸せ願ってくれたんだね!」 「……ああ、せやよ。麻燐ちゃんが幸せなんが俺の幸せやからな」 ことごとく告白を真剣に受け取ってもらえない、ある意味可哀想な人ですが。 幸せそうな表情をしているので何よりです。 「ありがとう!じゃあ麻燐もゆーし先輩の幸せ祈るよ!ゆーし先輩、大好き!」 「麻燐ちゃんは相変わらず優しいなぁ。それでこそ、俺らの麻燐ちゃんや」 ダンスをしながら、ぽんぽんと優しく頭を撫でる忍足。 それを嬉しそうに心地良さそうに、麻燐もにこりと笑う。 「その優しさ、あそこで待っとる宍戸にも分けたってな!」 急に戻ってきたと思えば、目の前に麻燐。 そう、今度はまだ心の準備ができていない宍戸がダンスへと駆り出された。 「っ……やべえ、俺、こういうの慣れてねえんだよ……」 「りょー先輩、こういうのは、楽しければいいんだよ!」 あまりの緊張に、麻燐に宥められる始末。 こういうことに関しては麻燐には勝てないようですね。 「そ、そうだよな。恥ずかしがってちゃ始まらねーよな」 「うん!せっかくだから、楽しもう!」 麻燐の爛漫さに感化されるように、宍戸の緊張感も解けていく。 ガチガチのダンスから少しゆとりのあるダンスに変わった時、 「りょう先輩!」 「なんだ?」 「麻燐、りょう先輩のこと大好きだよ!」 「!?!?」 唐突な言葉。やはり慣れない宍戸は目を点にして、ダンスをする足を止めてしまいました。 それを見ていた他のメンバーは、「やっぱりな」と苦笑しながら見つめる。 一人未だ事情を知らない跡部はクエスチョンマークを浮かべたまま。 「宍戸さん!頑張ってください!」 「少しだけ耐えろ!それが難しければ、麻燐から少し視線を逸らせ!」 鳳が必死に応援し、向日が面白がりながらアドバイスをする。 その言葉の意味をいまいち理解してはいないが、宍戸が応援されていることは分かったようで、 「皆もりょう先輩のこと大好きなんだね!」 「……は!?それはねえだろ!」 宍戸見事に復活。 麻燐からはよくても、他のメンバーからはあまり歓迎したくない気持ちのようです。 「つ、つーか、突然どうしたんだよ……す………、なんてよ」 宍戸、言えてませんよ。 「ジロ先輩に教わったの!ダンスしながら、お互いに好きだって言うと幸せになれるんだって!」 「……ん、そうなのか……?」 どうやら言い伝えについては無知だった様子の宍戸。 あまり気にするようなタイプではなさそうですからね。 「ってことは、そうか……麻燐は俺が幸せになれるように言ってくれたわけだよな……」 「うん、そうだよ!」 宍戸は落ち着きを取り戻したようで、気持ちの整理をしています。 麻燐の『好き』は『幸せになれますように』と同じ意味だと。 そう思うと、自然と宍戸の中から恥というものが消えたようで。 「よし、じゃあ俺からも麻燐が幸せになれるようにおまじないだな。麻燐、好きだぜ」 潔く言葉にできた宍戸。 その表情を見て、遠くから見ていた鳳たちも理解できたのか、全員が拍手を送っています。 ……こんなに応援されるのも珍しいですけど。 「あと幸せになれてないのは跡部か。麻燐、言ってきてやれよ」 「うん!」 幸せになれてない認定されてしまっている跡部。 その跡部の元へ、麻燐は最後のダンスをしに向かう。 「景ちゃん先輩、行こ!」 「……ああ、待ちくたびれたぜ」 ようやく麻燐が自分の手元に来たからか……嬉しそうに麻燐を見つめ、手を取る跡部。 その手つきがいやらしいとか忍足がブーイングを送るが、全く気にする様子はありません。 麻燐とのダンスを心待ちにしていた跡部にとっては大したことではないようです。 「他の連中のぬるいリードに飽き飽きしてただろ?俺様が本当のリードを魅せてやる」 今にもふははと自信満々に笑いだしそうな跡部。楽しそうで何よりです。 「でも、麻燐ダンス下手だからついていけないかも……」 「そんなこと気にしなくていい。麻燐は俺様の傍にいるだけで輝いてるからな」 そんなことを言っても麻燐にはちんぷんかんぷんですよ。 分かっているのかいないのか……まあ本人が満足そうなので良しとしましょう。 「こんなに待たされたんだ。しばらくは麻燐を一人占めさせてもらうぜ」 「あ、ごめんね……?いっぱい待たせちゃって……」 「麻燐が謝ることはない。むしろ、あれだけダンスの相手して疲れてるだろう?気楽に踊ってくれていいからな」 「ううん、麻燐楽しかったよ。皆、優しかったから」 やはり相手が跡部だからか、一番ダンスが優雅に見えます。 くるくる回るダンスから、落ち着いたステップを踏み出した麻燐を見て他の皆さんも感心しています。 「本当に、麻燐はよくやってる。テニス部のマネとしても。仲間としてもな」 「そうかな?麻燐、普通だよ?」 「そんなことはない。あれだけの多くの人数と仲良くやっていけるのは麻燐くらいしかいない」 テニス部全体に限らず、ファンクラブ、全校という単位で人気者の麻燐。 今までそんなマネはいなかった。いやむしろ、麻燐のような人物に出会ったことはない。 「麻燐に出会えてよかった。麻燐がマネージャーで、俺たちは幸せだぜ」 「景ちゃん…先輩……」 麻燐がマネージャーでよかった。 きっと誰しもが思っていることだが、言葉にしたことはないであろう言葉。 言われて一番嬉しい言葉を跡部の口から聞けたことで、珍しく言葉に詰まり感動している麻燐。 「な、なんだか恥ずかしい……麻燐、皆のお役に立ててるってことだよね?」 「当たり前だ。麻燐が居るだけで俺様は幸せだぜ」 「えへへ、せっかく、今から麻燐が景ちゃん先輩の幸せをお祈りしようと思ったのになぁ」 「お祈り?」 「後夜祭のダンスでね、好きって言うと幸せになれるんだって」 ふんわりと優しい笑顔で伝える麻燐。 跡部は、以前に聞いたことがある言い伝えだとすぐに気付いた。 「そうか。知ってたのか」 「うん、ジロ先輩に教えてもらったの!」 「じゃあ話は早い。俺様から先に麻燐を幸せにしてやる。麻燐、好きだ」 「あー!景ちゃん先輩、ずるいっ」 言おうと思っていた言葉を先に言われたからか、麻燐は頬を膨らませる。 「俺はいつも幸せにしてもらってるからな。そのお返しだ」 「麻燐だって、まだまだ幸せあげ足りないんだから!」 ぷくっと怒りを表現する麻燐。そんな表情も可愛いと思いつつ、跡部は次に発せられるであろう麻燐の言葉を待つ。 「麻燐だって、景ちゃん先輩のこと大好きなんだから!」 負けない、という張り合いの意を込めて放たれた言葉。 気持ちとしては知っていても、やはりこう言葉にされると嬉しいようで。 跡部も嬉しそうに口元を緩めました。 「だめだな。麻燐の一言には負ける」 観念したように告げると、急に辺りに人が集まりだした。 誰かと思いきや、待機しているはずのテニス部正レギュラーたち。 「跡部長すぎ!ずるいC!」 「我慢の限界だぜ!もっかい麻燐とダンスしたいっつの!」 「お前ら……っ、もう少しぐらい我慢できねえのか!」 せっかくの良い雰囲気をぶち壊され跡部様お怒りです。 そんなのお構いなし、全員でぶち壊せば怖くないという精神で乗り込んで来た皆さん。 「あ!じゃあ、皆で踊ろうよ!」 「「「え!?」」」 「ね、せっかくだから!こんなこと、もうあんまりないと思うの!」 良い提案ができた、と目を輝かせて喜ぶ麻燐。 皆でダンス……そんな発想できるのは麻燐くらいしかいませんね。 絶対に皆さん嫌がるんじゃ…… 「そう、だな。今日くらいいいだろ」 「確かに、こんなこと二度とないかもだしなー」 「3年の方々は卒業してしまいますしね」 「笑いながら言わないでほC〜な〜」 「麻燐ちゃんの提案なら喜んで!や」 「俺はもう、何でもいい……」 「ウス」 「ちっ、仕方ねえな……今日だけ、お前らに麻燐を譲ってやる」 「「「だからお前のじゃねえっての!」」」 不機嫌な跡部の言葉に総ツッコミを入れた皆さん。 なんだかんだ言って、息も合って仲良しですね。 「じゃあ決まり!皆、手繋ご!」 麻燐の掛け声で、輪になるようにして手を繋いだ皆さん。 なかなか常人が見たら驚きそうな光景ですが。 今日ばかりは、楽しそうに皆さん手を繋いでいます。 踊りといっても、皆さんステップを踏むわけでもなく、ただ回りながら移動しています。 はっきり言って普通にフォークダンスを踊っている人たちにとっては邪魔なだけですが。 それでも皆さん気にしていません。 何せ、幸せですからね。 「やっぱり、麻燐はすっごく幸せ者だよ!」 「どうして?」 「だって、大好きな皆と、こんなに楽しくダンスができるんだもん!」 心から楽しそうに、幸せそうに、繋いだ手をぶんぶん振って回っている麻燐。 その姿を見て、誰もが心を癒されています。 麻燐の笑顔を見るだけで、心があたたかくなる。 そんな関係になれたのも、そんな気持ちを知ることができたのも。 全て、麻燐に出逢ってから。 麻燐が男子テニス部のマネージャーになってくれたから。 「麻燐、テニス部のマネージャーになってくれて、ありがとうな!」 向日が満面の笑顔で告げる。 すると、やっぱり麻燐も負けないような輝いた笑顔で、 「お礼を言うのは麻燐の方だよ!」 全員の顔を見回して、 「皆、麻燐をマネージャーにしてくれて、本当にありがとう!」 この一夜の幸せを手に入れることができた喜びを伝えた。 いつか麻燐が心から願ったように。 皆と、ずっと楽しく過ごしたい。 そんな実現可能な未来を、今はそっと見据えながら。 −END− |