陽が傾き始めた頃、運動場の真ん中には大きなキャンプファイヤーがめらめらと燃えています。
すでに多くの生徒が集まって後夜祭が始まるのを待っています。


「……おい跡部、向こうで学園祭実行委員がお前を探してるぞ」
「もしかして、開始の合図を任されてんじゃねえのか?」


向日と宍戸がジト目で跡部を見る。
すると跡部はふんっと鼻を鳴らし、


「ばれたか」
「ばれたか、じゃねえよ!早く行って来い!迷惑をかけるな!」


どうやら跡部に振り回される迷惑加減をよく分かっているのか、宍戸が跡部に強く言う。
仕方が無いなと言いたげに跡部は溜息をつき、麻燐に「あとでな」と声をかけて実行委員たちの元へと向かった。


「……景ちゃん先輩はいっぱいお仕事して偉いね」
「ま、目立ちたがりの跡部らしいなぁ」


ようやく跡部を見つけて喜びと安心感をあらわにする実行委員たちの様子を遠巻きに見ながら、後夜祭の始まりを待つことにした一同。
そして、


「お前たち、この2日間と準備、御苦労だった。この後夜祭はそんな疲れ吹き飛ばす勢いで思い切り楽しめ。以上!」


マイクを持った跡部が何を話すかと思いきや、短く一言言うだけだった。
そして言い終わるや否や、麻燐の元へと直行してきた。


「……あいつ、麻燐と出逢ってから我儘さが増したよな」
「そうですね。跡部さんも変わりました」


宍戸と鳳が遠目になりながら言う。
人のことを言えないだろと、隣にいた日吉が心の中で思った。


「さあ麻燐、待たせたな。俺様とダンスを……」
「ざーんねん!麻燐ちゃんのダンスの1番は俺が予約済みだC〜!」


そう跡部が麻燐の手を取るのよりも早く、芥川が麻燐の腕を掴んでキャンプファイヤーを囲む輪の中へと入って行った。


「っあいつ……!」
「……あのままジロー先輩だけ無様に転んだりしませんかね」
「おい、呪うなよ」


悔しそうに唇を噛む跡部。
どこから取り出したのか数珠を持って二人……いや、芥川を見つめる鳳。
もう鳳の行動に驚くことなく冷静にツッコむことができた日吉。
それぞれ、楽しそうに踊り始めている二人を妬ましそうに見ています。


「えへへっ、麻燐ちゃんの1番は絶対に渡したくないもんねっ」


麻燐の手を取り踊りながら、芥川はそう意地の悪そうな笑顔で言う。
フォークダンスの音楽が流れていますが、二人はよく知らないのか適当に楽しく踊っています。


「急に引っ張るからびっくりしちゃった。でも、楽しいね!こうやさい!」
「でしょでしょー?実はね、この後夜祭のダンス、結構有名な言い伝えみたいなのがあるんだよ」


くるくる回りながら芥川が言う。いつになく、真剣に。


「言い伝え?」
「うん。ダンスを踊って居る時にお互いに好きって言うと……その二人はずっと幸せになれるんだよ」
「え!なんだかすごい!」
「でしょ?麻燐ちゃんそういうの好き?」
「うん、好き!」


自分の手を取って楽しそうに踊っている麻燐を芥川は優しそうに見つめ、


「やっぱりね。俺、麻燐ちゃんのこと大好きだから分かるよ」
「ジロ先輩……」


穏やかなトーンで言った。
いつものふざけた様子ではないことに気付いた麻燐は、一瞬驚くも、そう深くは考えないまま、にっこりと笑う。


「ありがとう、麻燐もジロ先輩のこと大好きだよ!」


もちろん、この答えが返ってくるのは芥川にとって予想通りのことだった。


「じゃあ俺たち、これからずっと幸せだね!」
「あ、本当だ!えへへ、なんだか嬉しい!」


お互い飛び跳ねて喜ぶ二人。
すると麻燐は何かに気付いたようにあっと声を漏らす。


「そうだ、この幸せ、皆にも分けてあげなきゃ!」
「A〜?」


それはつまり、皆とも踊るということ。
少しばかり口を尖らせ不満そうにするも、何も言うことなく受け入れた芥川。
今日くらいは、皆で楽しもうという気遣いのようですね。

一方、ダンス待ち組は。


「あ、あの……もし暇だったら、私たちと……」
「悪いが、他を当たってくれ」
「……すまんなぁ、俺たち、もう先約がおんねん」


全員、他の女生徒の誘いを断っていた。
どうやら全員一致で、麻燐と最初に踊ろうと決めているようです。


「……にしても、芥川さん長すぎですよね。やっぱり最初から釘を差しておくべきでしたね……」
「……そ、それは物理的に、か……?」
「忍足さん、一体俺をどんな目で見てるんですか」


きっと忍足だけでなく、全員がその疑問を抱いたと思います。
微妙な空気が流れる中、麻燐と芥川がくるくる回りながら戻ってきた。


「じゃあ次は、がっくんにタッチ!」
「おう、任せとけ!」


そして華麗なタッチを向日に決めた。


「麻燐、踊れんのかぁ?」
「うーん、あんまり……でも、がっくん先輩だって皆と違うよ?」
「あはは、俺は踊れないからな!でも、楽しければ同じだろ?」
「うん!麻燐もおんなじ!」


なんだか二人が躍っていると安心できますね。
似たもの同士というか。それは他の皆さんも感じているのか心なしか、和やかです。


「がっくん先輩!」
「ん?」
「大好き!」
「へっ!?」


突然の言葉に思わぬ声がでた向日。相当驚いたようですね。


「えへへ、こう言うと、ずっと幸せになれるんでしょ?」
「あ、ああ……言い伝えのことか……よく知ってるな」
「ジロ先輩に教えてもらったの!」
「あいつはまた……」


すぐそういうことを教える、と若干呆れたところで。


「ま、たまにはいっか。麻燐、俺もお前のこと大好きだぜ!」
「ありがとう!これでがっくん先輩もずっと幸せだね!」
「ったく、本当、麻燐らしいな!」


純粋そのものの笑顔を見て、同じく笑顔になる向日。
こうして楽しく思い思いの踊りを踊ったところで、再び皆の元へと戻り、


「侑士――――――」
「よしきた!」
「―――――と見せかけて樺地!」
「っなんやと!?」


両手を広げてカモン状態の忍足の期待を裏切り、麻燐の小さな身体は樺地の元へ。
代わりに、忍足にタックルを喰らわした向日。なかなかやります。


「樺ちゃん先輩!えへへ、なんだか大きくて安心する!」
「ウス……」
「麻燐は大丈夫だよ!樺ちゃん先輩が大きくても、一生懸命ついてくから!」
「……ウス」
「ダンスも大丈夫!頑張って樺ちゃん先輩にあわせてみる!」


一体樺地が何と言っているのか分かりませんが、麻燐を気遣っているみたいですね。
樺地はどうやら完璧にフォークダンスを踊れるようで、音楽に合わせてしっかりとしたダンスを魅せてします。
麻燐も一生懸命ひょこひょこついてくるのを見て、


「ウス」
「えっ、いいの?」
「ウス」
「わあ!ありがとう!」


急に樺地が腕を上げて力こぶを作るポーズをとったと思うと、それに飛びついた麻燐。
麻燐の好きな、樺地ぶらさがり状態です。


「やっぱり樺ちゃん先輩力持ち!樺ちゃん先輩大好き!」
「ウス……俺も……です」


流石、空気の読める樺地。
告白は深い意味ではないと捉えたのか、適切な答えですね。


「………跡部さんが、待ってます」
「うん!」


しばらく樺地にぶらさがって楽しんでいた麻燐だが、樺地の声掛けに応え、皆のもとへと戻ってきた。
そして忠実に跡部に麻燐を渡そうと思っていたが、


「ありがとう、樺地」
「あれ?チョタ先輩?」


跡部の目の前に先回りするという高等技術で対抗した鳳に麻燐を先に受け取られてしまいました。
完全に次は自分だと思っていた跡部は固まってしまっています。


「……長太郎、やるな……」
「ダンスを待ち切れなかったんですね」


跡部をも押しのける勢いに感心した宍戸と日吉。
恐ろしくて跡部を直視できません。


「……ようやく、麻燐ちゃんとダンスができるよ」
「チョタ先輩、ダンス上手だね!」


穏やかなステップで麻燐をリードする鳳。
さすがお坊ちゃん。隙がありません。


「大好きな麻燐ちゃんが相手だからね。しっかりリードしないと」
「あ、チョタ先輩に先に言われちゃったぁ」
「?」
「告白!好きって言うとね、ずっと幸せになれるんだって!」
「え!?じ、じゃあもしかして麻燐ちゃん、俺に告白を……?」


鳳、素で照れる。とても希少です。


「うん!皆にも言ってるから、チョタ先輩にも言おうと思ってたの。大好き!って」
「………なるほど、そういうことか」


どうやらこれまでの流れが理解できたようで、鳳は落ち着きを取り戻す。
告白と聞いて少し動揺してしまいましたが、麻燐にとっての好きはそういう意味ではないことを再確認しました。


「ありがとう。麻燐ちゃんは皆の幸せを祈ってるんだね」
「うん!皆にはテニスも頑張って欲しいし、元気なままでいてほしいの!」


まさに天使の笑顔を見せると、鳳も安心したように笑う。


「それでこそ麻燐ちゃんだね。……うん、俺が好きなのは、そんな麻燐ちゃんだもんね」
「?チョタ先輩、聞こえなかったよ?」
「なんでもないよ。ほら、今度は日吉が麻燐ちゃんを待ちわびてるよ」


そう言って麻燐を日吉へと送ると、日吉から迷惑そうな視線を向けられた。


「待ちわびてるとか変なこと言うな」
「そうでも言わないと、麻燐ちゃんとダンスしないでしょ?」


日吉の性格はよく分かっているのか、少しばかり意地悪そうな笑みを見せる鳳。
そんな鳳を睨みながら、日吉は自分の手を握ってくる麻燐と向き合った。


「……ったく、俺と踊ってもつまらないだろ」
「そんなことないよ?すっごく楽しい!」
「……本当、変だな、麻燐は」
「もう、麻燐は変じゃないよ!ほら、わか先輩!くるくる踊ろう!」


あまり乗り気に踊っていないことに気付いたのか、珍しく麻燐が先導してダンスをしている。
急に元気になった麻燐を見て、ちっと小さく舌打ちをした日吉。


「こら麻燐。こういう時はお前は大人しくしてるものだ」
「え?」
「ダンスは男がリードするものだからな。……はあ、仕方ないからリードしてやる。今日だけな」


そう言うと、麻燐の手を引きよせてフォークダンスを披露する日吉。


「あ!わか先輩踊れるんだね!」
「……授業でやったからな。普通だ」
「えへへ、わか先輩は何でも真剣になれるもんね。そんなわか先輩、麻燐大好きだよ!」
「っ………お前、もしかしてそれ、全員に言ってるのか?」
「うん!皆に幸せになってほしいから!言い伝えをやってるの!」


この一言で、麻燐があの言い伝えを信じて言っていることだとわかった日吉。
一拍おいて、日吉は腹を決めたように麻燐を見つめた。


「俺も、お前のその素直なところ、結構……その、好き、だ」
「!わか先輩がそう言ってくれるなんて珍しいね!」
「っ、今日だけだ!それに、俺が言わないと……お前も幸せになれないんだろ?」


言い伝えには、お互いに好きということ、とあった。
日吉は麻燐のために、そう言ったのだと麻燐も気付いた。


「えへへ、やっぱりわか先輩は優しい!」
「っ、うるさい。……ほら、次の奴のところへ行って来い」


照れ隠しからか、戻って着て早々近くにいた誰かへと麻燐を渡す。
ことごとく自分をスルーしていくことに苛々し始めた跡部がようやくお相手をすることに……なることはなく、麻燐の身柄は忍足に拘束された。


「って俺のときだけほんまナレーター酷ない!?」


気のせいです。
さて、後夜祭後半は誰もが心配な忍足とのダンス。
無事に終えることができるのでしょうか。