「大丈夫か麻燐!?!?」 「ほえ?」 ダンッ!と教室のドアを勢いよく開いたのは跡部。 そのただ事ではなさそうな雰囲気に、麻燐は首を傾げる。 「どないしたん、そない必死な顔して」 「忍足さんと二人きりだと聞いて!!」 「麻燐の安否確認に決まってんだろ!」 鳳と向日が急いで麻燐に駆け寄る。 大丈夫なのかと麻燐の全身くまなく確認していますが、それで一体何が分かるというのでしょうか。 「岳人までひどいわー。ちょっとお話しとっただけやん」 「だめだよ麻燐ちゃん!忍足の話なんか聞いちゃだめ!汚れる!」 「なんでや」 芥川が真剣な表情で麻燐に抱きつく。 それをイラっとした様子で鳳が全力で引き剥がそうとしている様子を、遠目から宍戸と日吉が呆れたように見つめている。 二人は二人で麻燐が無事なようで安心しているように息を吐きましたが。 それに複雑そうな表情をしながらも、普段と何ら変わりないやり取りが見られて忍足自身はほっとしたように胸を撫で下ろす。 「俺の着替えが遅いん心配してきてくれたんや。な、麻燐ちゃん」 「うん!麻燐心配したの!」 周りでがやがやとうるさい二人の間を抜けだし、忍足とアイコンタクトを取る麻燐。 どうやら、最後の約束はちゃんと守ってくれているようです。 「……まあ、俺らが麻燐ほっといたのも悪かったし、しょうがねえな」 先程の妄想の件を自覚しているのか、宍戸が頭を掻く。 そうですね。それが一番の原因ですね。 「ふん、何があったにせよ、麻燐が笑ってれば別にいい」 そう不満げに呟きながら跡部はぽんっと麻燐の頭を撫でる。 言っている意味はよく分かっていないが、麻燐はその心地良さににこりと再び笑う。 「………(ばれとったか)」 だが、忍足はちゃんと気付いていた。 跡部の目が自分を若干の妬みを含めながら射抜いていたことを。 他愛もない話をしていただけ、という嘘は跡部のインサイトによって見抜かれていたらしい。 「あと少しで学園祭の閉会式だ。その緩みきった顔なんとかしとけよ、忍足」 「……はいはい」 そう釘を刺され、忍足は苦笑しながら頷く。 どうやら、気付かれてしまったのは麻燐ではなく忍足が原因だったようですね。 普段あまり表情に出さないようにしているのに。 やはり麻燐が相手だと、上手くいかないようですね。 「緩んだ顔?……あ、ほんとだ。侑士いつもより数倍キモイ顔してやがる」 「数倍って……よくそんな顔直視できますね、向日さん」 「二人ともひどいこと言うわー」 「言われてみれば、そんなひどいこと言われても忍足が傷ついてねえ」 あの鈍感そうな宍戸までも忍足の異変に気付いた様子。 これは本格的にあれですね。芽生えてますね。 そしてそのことに今はまだ気付かれたくないと思っている忍足は、この空気を壊そうと一言。 「まあええやんな。さ、麻燐ちゃん。手繋いで体育館行こか」 「うん!」 「「「待て待て待て!!」」」 一緒に体育館に行こうと誘った挙句、その手を麻燐へと差し出す忍足を全力で阻止した皆さん。 忍足の右手は芥川によって捻り潰されましたが、何とか秘密を守り抜いたようです。 鳳と芥川によってホールドされている麻燐を後ろから見つめながら、忍足は優しく微笑んだ。 「(皆、俺と同じように本気やで……麻燐ちゃん)」 何も自分だけが特別な気持ちを抱いているわけではない。 自分に限ったことではない。 鳳や向日が急いで駆け寄ったのも。 跡部が自分を睨むように見てきたのも。 芥川が必死で守ろうとするのも。 宍戸や日吉が麻燐の変わらない姿を見て安心するのも。 樺地がそっと見守っているのも。 きっと、麻燐がただの後輩マネージャーだからじゃない。 それは多分、青学や立海の皆も同じ。 「麻燐、学園祭で疲れたからって寝るなよー?」 「うん、頑張る!」 「そうですね。この間のように可愛らしい寝顔を無闇に見せたくはないですからね」 「……なんかこう、岳人と長太郎の心配のベクトルが違う気がする」 「気持ちは分からなくはない。あの寝顔は天使だった」 「跡部さんまで……」 「大丈夫、麻燐はちゃんと起きてるから!」 今は皆に囲まれ、守られている天使のようなその存在。 いつかは決められた人物だけがその隣に居て、その人物に守られるようになる。 麻燐がその人物を決めるその時まで。 「……せやな、あと少しだけ頑張りや、麻燐ちゃん」 後ろから声をかけると、振り返って、ぱあっと明るい笑顔を見せる。 「うん!」 その笑顔を、今はまだ守るために。 自分たちは傍にいるから。 「「「麻燐ちゃまああああああああああ!!」」」 閉会式へと向かう途中、聞き覚えのある3人の声が麻燐たちを呼び止める。 麻燐は笑顔を浮かべ、その他の皆さんはその叫び声を、若干疲れの交じった表情で聞いた。 「またお前らかよ」 「その言い方はないんじゃないかしら、宍戸くん」 「あまり大きな声で呼ばないでくれます?麻燐ちゃんが可哀想です」 「あら、暑苦しい大男たちに囲まれている方が可哀想よ。あ、向日くんと芥川くんは除外だけど」 「高橋は俺に恨みでもあんのかよ!?」 呆れた宍戸と、笑顔で対処を試みる鳳。 何故かとばっちりで向日にまで攻撃が及びました。 そう、演劇部の例の3人です。 「ちょっと真奈、今は喧嘩してる場合じゃないでしょ?」 「……ごめん、美衣」 頬を膨らませて怒る美衣に、異様に素直に謝った真奈。 これには皆さん驚き、何があったのかと逆に心配になってきた。 「どうした?」 跡部が代表として聞いてみる。 普段は麻燐を取り合う仲ですが、やはり演劇を通して麻燐ちゃまファンクラブとの距離が縮まったようです。 そんな跡部の心配の気持ちとは裏腹に、美衣はぱあっと嬉々とした表情で言った。 「麻燐ちゃま、皆さん、本当にありがとうございます!」 言いながら美衣が頭を下げると、続いて愛子も真奈もお礼を言って頭を下げた。 予想もしなかった行動に、誰もが目を点にして3人を見ていた。 「えっと、劇を一緒にしたこと?それなら、麻燐たちもありがとうだよ?」 「それもありますけど、違うんですの。見てください!これを!」 首を傾げる麻燐に、美衣は何やら紙の束を皆に見せつける。 何かとじっと見てみれば、それは演劇部への入部を希望する……入部届けばかりだった。 「あの劇が終わって、すぐにこんなに集まったの!」 冷静な真奈も興奮気味に話す。 よほど嬉しいんでしょう。 「本当に凄いわ!麻燐ちゃまとテニス部の皆さんの影響力!」 ぴょんぴょんと、子供のようにはしゃぐ愛子も、とても嬉しそうだった。 その様子を見て、まるで自分のことのように嬉しくなる麻燐。 「すごい!!んなにたくさんあるってことは、演劇部続けられるんだね!」 「そうですの!それが嬉しくって……一番に麻燐ちゃまにお知らせしに参りました!」 「麻燐ちゃまのファンやテニス部のファン、色々いるけれど、本気で演劇を始めたいって言ってくれたわ」 「きっかけは何であれ、これで演劇部が廃部にならなくて本当によかった!」 3人が3人、麻燐の手を取り合い感謝の意を込めて話す。 相変わらずの麻燐信者だが、本当に嬉しそうな態度を見て、テニス部のメンバーたちもどことなく嬉しそうになる。 「ま、俺たちが特別に手伝ってあげたんだから当然だC〜」 「……恥ずかしい思いした甲斐はあったかもな」 「これくらいの結果が得られなければ、損というレベルじゃありませんでしたよ」 得意気に言う芥川と、複雑ながらも喜びを表現する宍戸と日吉。 最初はトラブルもありましたが、こう実際に良い結果を聞かされるとほっとしたようです。 「なんせ俺と麻燐ちゃんの純愛を描いた劇やもんな!」 「ちなみに、忍足くんについてのコメントは何も聞いていないわ」 「何やそれ!俺麻燐ちゃんの次に目立つ役やろ!?」 冷ややかな言葉を投げる真奈に、忍足がショックを受けたように叫ぶ。 その二人の間に割って入ったのは美衣。 「まぁまぁ。嘘よ。ちゃんと忍足くんの影響もあったわよ。………微力ながら」 「一言余計やわ。リアルで更にショックやわ」 美衣の言葉ということでより真実味が増してきますね。 さらっと傷ついた忍足はいいとして、麻燐が3人を見つめる。 「じゃあ、麻燐、おねーちゃんたちの役に立てた?」 「もちろんですわ!むしろ役に立たないことがありませんでしたわ!」 「演劇部が続けられるのは全部麻燐ちゃまのおかげです!」 「麻燐ちゃまは私たちの救世主ですから!」 役に立てたことが嬉しいのか、麻燐はこれ以上ないくらい輝いた笑顔を見せた。 「よかった!本当によかった!おねーちゃんたちもおめでとう!これからも演劇頑張ってね!」 「っ……麻燐ちゃま……!」 その激励の言葉に、思わず感涙する3人。 おいおいマジかよとそれを宥めに入るテニス部のメンバー。 中々見られない光景ですが、麻燐が居る限り、きっとこれからもこういった場面に出会えそうです。 仲良さげに話す皆さんを見て、麻燐は心底幸せそうな笑みを浮かべ、全員で体育館へと向かった。 ×
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