大喝采の中ステージの幕が下がり、演劇部、男子テニス部正レギュラーそして麻燐の演劇が終わる。


「演技、大成功でしたわね!!」


大きなミスもなく無事に終わった途端、ほっと肩の荷が下りたような気持ちになる皆さん。
そんな中、演劇部の部長である美衣は感激した表情でそう声を上げる。


「うん!皆、すごく拍手してくれてる!」
「ふっ、これも麻燐が可愛く俺様が美しいおかげだな」
「こんな時まで素直じゃないC〜跡部は。皆でやった劇楽しかったくせにー」


鼻で笑う跡部に芥川がすかさずに言う。
図星を突かれたのか、うるせえと芥川にデコピンを繰り出しました。


「ああ……これが本当に魔法が解けてまう時間なんやな。俺のシンデレラ……」
「何感傷に浸ってるんですか忍足さん。何度も言わせないでください。最初からあなたのではありません」


悲しげに哀愁を漂わせた忍足に同情の余地もない勢いで日吉が言う。
もう少し余韻というものに浸らせてあげてください。


「まあ、初めはやる気なんてなかったが、いざやってみてこう好評だとやった甲斐があるってもんだな」
「あら、珍しく宍戸くんが素直だわ。どう?いっそのこと演劇部に転部しない?」
「ちょっと、どさくさに紛れて勧誘しないでくださいよ」
「そうよ愛子。鳳くんにシングルスさせるのは可哀想でしょう?」
「あはは、高橋先輩、まるで俺が一人じゃ役立たずみたいじゃないですか」


くすくすと笑いながら言う真奈。
鳳も作り笑顔のまま反論しますが、それは被害妄想だと思います。
宍戸はすぐに喧嘩に発展しそうになる二人を見て、おいおいと溜息をつきます。


「こういう時くらい力抜けよ……」
「えへへ、皆楽しそうで何よりだね!」


だが麻燐には二人の笑顔しか目に写っていませんから、楽しい様子に見えるようです。


「はい。これも麻燐ちゃまとテニス部の皆さんのご協力のおかげですわ」


少し改まった様子で言う美衣に、麻燐はぶんぶんと首を振る。


「ううん、皆の頑張りのおかげだよ!」
「麻燐ちゃま……」
「それにね、麻燐、皆と演技ができて楽しかった!だから、演劇しようって誘ってくれてありがとう、おねーちゃんたち!」


にっこりと太陽のような笑顔で言う麻燐。
その言葉に演劇部の3人は涙目。
最初は強引に決めたに近い演劇部とテニス部の共同劇。
それでも真剣になってくれた麻燐、そしてこうして無事に有志として発表することができた。
何より喜んでくれたことが、美衣たちにとって嬉しいことのようです。


「麻燐ちゃまっ……私たちこそ、麻燐ちゃまのおかげで久しぶりに楽しく演劇をすることができましたわ!」
「麻燐ちゃまもテニス部の皆さんも、私たちのために本当にありがとう!」
「麻燐ちゃまのオマケのようなものだけど……こうして大歓声が聞こえるのは皆のおかげかもしれないわね」


美衣、愛子、そして素直ではないが真奈も麻燐だけでなくテニス部に感謝の気持ちを表す。
珍しいこともあるものだと、テニス部たちは言葉が詰まる。


「ま、まあ、俺たちもちょっと楽しかったし……」
「そうやなあ、俺にとっては夢のような時間やったわ」
「いろいろと結果オーライですね」


向日は若干照れながら、忍足は緩んだ顔で、鳳は爽やかな笑みで答える。
おお、これは……演劇を通してテニス部と麻燐ちゃまファンクラブとの間の溝が埋まりつつあるようですね。
同じ麻燐信者としては良い傾向なんじゃないでしょうか。


「可愛い麻燐ちゃんの姿たくさん見られたし、今回は大目に見てあげなくもないC〜」
「随分と上からね、芥川くん。感謝の意を込めて深々と頭を下げてくれてもいいのよ」


……っと、そうでもない人たちもいるようです。
お互い、こういう時くらい素直になればいいものを。
今回ばかりは二人の言葉が照れ隠しだということに気付いている皆さん。
空気が氷点下ではなく常温だからでしょうか。


「……全く、もう。こうなると長いから、先に着替えに行きましょうか、麻燐ちゃま」
「?うん、着替える!」
「あ、でもお着替えの前にもう少しだけ写真を……っ」
「写真?いいよ!……あ、じゃあ皆でとろうよ!」


良いことを思いついた、とぱあっと明るい笑顔を見せる麻燐。
皆で記念写真……まあこれも、前打ち上げのようなものだと皆さんはすぐに了承しました。
芥川と真奈だけはその提案が聞こえていないようで言い争いを続けています。
ですがまあ、二人とも笑顔なので写真映りは悪くはならないでしょう。
二人もちゃんと写真に写るようにして、皆が集まる。


「じゃあ行きますわよー!はい、チーズ!」


劇の衣装のままという、少し異様で賑やかな写真ではありましたが。
学園祭の良い思い出が残せたようです。





「あー……学園祭ももう少しで終わりかぁ」
「また明日から勉強の日々……」
「アーン?岳人、何甘えたこと言ってんだよ」


衣装から制服へ着替え終わった宍戸と向日が感慨深そうに呟く。
どうやらその言葉に聞き捨てならないワードがあったらしく、跡部が眉を寄せて向日を見る。


「そうだよ、がっくん先輩!お勉強は楽しいよ!」
「うう……麻燐はいいよな、素直で……」


どこか遠い目で麻燐の笑顔を見る向日。
どうやら勉強嫌いは麻燐の笑顔でも解消できないようです。


「はあ……でも麻燐が居るなら留年もいいかもな。麻燐と一緒に授業受けてー」
「麻燐もがっくん先輩と授業受けたいなぁ」
「そうしたら向日さんは俺たちの後輩になりますね」
「うげ、それは嫌だな……鳳の後輩とか、何やらされるかわからねえ」
「……その前に、中学で留年制度はありませんから」


だんだんと話が本格的になりそうなところ、日吉が言う。


「ったく、くだらねー話ばっかしやがって」
「そうは言ってもよ、跡部。考えてみろよ。同級生の麻燐を」
「………」


口を尖らせて反抗気分で言った向日の言葉。
妙なところで真面目な跡部は少しばかり想像してみる。
隣の席に座る麻燐。……って、何故隣の席というのが確定しているんですか。
先生の話を真剣に聞く麻燐。理解できなくて首を傾げる麻燐。襲いくる睡魔と闘う麻燐。ふと目が合って微笑む麻燐。こっそりと繰り広げられるノートでの筆談……。
……何というか、跡部の想像は意外とベタな青春をしていますね。


「同級生っつーことは……呼び捨て、か」
「「「!!」」」


ぽろっと想像ではなく現実で零した跡部の一言。
その一言に衝撃を受けたのは跡部以外のテニス部メンバー。
……ここに麻燐ちゃまファンクラブが居たら「恐れ多いですわ!」とお叱りを受けそうですね。


「呼び捨て……それはもう、先輩後輩の垣根を超えているということですよね」


同級生という設定ですからね。


「待て鳳、呼び捨てよりも……くん&tけがあるぜ」


向日の言葉に更に衝撃を受ける皆さん。
……一体何をやっているんだか。
とっくの昔に話しについていけなくなった麻燐は目をぱちくりさせて首を傾げています。
そして、こういった話題にすぐに乗ってくるはずの人物がいないことにようやく気付いた様子。


「……あれ、ゆーし先輩がまだお着替え終わってない……?」


きょろきょろと見渡すも、妄想の世界に行ってしまった皆さんの中に忍足はいない。
今居る場所は学園祭では使われていない教室の外の廊下。
男テニの皆さんはこの教室の中で着替えをしていたのです。


「もしかして、劇が疲れて眠っちゃってるのかな?」


だとしたら起こさなきゃ、と心配をし始めた麻燐は、完全に麻燐と同級生になったらという妄想に支配されている皆さんを放って教室の中に入りました。
……中に忍足が居ることは確かですが、麻燐一人で行っていいのでしょうか。
原因は目を離した他の皆さんにあるようですから、まあ良しとしましょう。
さて、忍足は一体何に手間取っているのでしょうか?


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