シンデレラ、樺地馬車、宍戸御者がステージからいなくなったところで、ステージは暗転して舞踏会へと場面が切り替わります。
そそくさと黒子役の会員たちがセットを用意し、ようやく登場の忍足と芥川がスタンバイします。


『その頃お城では、華やかな舞踏会が開かれていました』


真奈のナレーターが終わると照明がつき、椅子に座って舞踏会を眺める王子(忍足)と、その傍でニコニコとわざとらしい作り笑いを浮かべている側近(芥川)の姿がありました。


「王子、あの人なんか色白で綺麗ですよ」
「なんかな〜、スタイルが好みやないなぁ」
「じゃああの人はどうですか?可愛くてスタイルも抜群じゃないですか」
「ん〜、あかん。あれは絶対裏がある顔やで」
「……ちっ、我儘変態脚フェチロリコン野郎」
「ちょ、今なんか聞こえたんやけど」
「正直に顔がタイプじゃないって言ったらどうなんですか?贅沢身の程知らず眼鏡」
「眼鏡は関係あらへんやろ!?」


こちらも台詞は全く無視なのか、真奈は放送席で不機嫌そうな顔をしています。
芥川の、真奈の書いた脚本に従いたくないという反抗と、忍足の悪ノリのせいですね。
ですが客席のウケはいいのか、クスクスと和んでいます。
まあ、王子が忍足という配役ですからね、コントだと思って見てみましょう。
というか、忍足が関西弁のままなのは誰も止めなかったのでしょうか。


「………!」
「ん?どうしたんや?」
「いや、なんでもありません。私、しばらく席を外しますね」


急に態度が余所余所しくなった側近。
王子が不思議に思い遠くへ視線を送ると、そこにはきょろきょろして舞踏会の様子を眺めるシンデレラの姿が。


「なんやあの子むっちゃ可愛えやん!ドンピシャドストライクやわ!」
「ちょっと王子、私が先に見つけたんですからね」
「側近の自分が狙うなや」
「いいじゃないですか、私独身ですし」
「今夜は俺の花嫁さん探す舞踏会やっちゅーねん!」


醜い男の争いが少し繰り広げられたところで、何とか側近を振り切った王子がシンデレラの元へと駆け寄る。


「お、お嬢ちゃん……はぁはぁ、ひ、一人……?」


芥川との争いで体力を消耗したためか、物凄く変態チックな誘い方になっています。
ですが、舞台袖で見守る皆さんには通常運転に見えるようです。


「はい、そうですけど……」
「自分めっちゃ可愛いなぁ……よかったら一緒に踊らへん?優しくリードしたるで」
「いいんですか?では……お願いします」


忍足のセクハラまがいな誘いにも、にこりと笑って受ける麻燐には並大抵ではない器の大きさが感じられますね。
そっと王子の手を取り、大きくなった音楽と共にくるくると回る。
とてもダンスとは呼べない出来ですが、客席の皆さんは微笑ましそうに麻燐の動きを見守っています。


「し、シンデレラ……!」


ここで次女が王子と踊るシンデレラの姿を見つける。
すると、一緒にいた長女と継母も二人の姿に気付きました。


「そんなっ……あんなゲス野郎の手を握って……!」
「あまつさえダンスなんてして、セクハラで訴えるしかなさそうね。貴方たち、研ぎ包丁の用意を」


これは演技というよりは素に近い反応ですね……。
日吉は演技を忘れて若干呆れていますが、美衣は本気で歯ぎしりをし、鳳は何やらごそごそとドレスを探っています。
……まさか本当に用意してはいませんよね?
と、このままでは本当の邪魔をして収集つかないことになりそうなので、黒子の人たちに取り押さえられています。


「ああ……こんなに美しい姫さんと、ずっとこうしていられたらええのにな……」


そろそろシンデレラの魔法が解ける時間。
跡部がナルシスト方面へと走ってしまったため、説明はされていませんがシンデレラの門限は12時。
その前に、忍足が微笑みながらシンデレラに言う。


「王子様……私も、今とても幸せですわ」
「っ……!」


きらびやかな衣装、舞台用に施されたメイク、改めて見るとこんなにも爆発力があるとは……。
しかも、その姿を今自分が一番近い位置で独り占めできている。
忍足は思わず鼻を押さえてしまいそうになるのを堪えて、演技を続ける。


「シンデレラさえよければ、俺の……」


目の前の可愛いシンデレラに、忍足もつい麻燐の手を握る力を強くしてしまいます。
上目遣いでこちらを見上げるシンデレラ。これだけで、王子役になれた得というものがありますね。
……と、忍足が全てを言い終わる前に、例の鐘がなります。
はっと何かに気付いたような素振りを見せるシンデレラ。


「わ、私……もう、帰らなくちゃ!」


そう焦って言いながら、王子の手を振り払って出口へと走る。


「ま、待って、麻燐ちゃん!」


シンデレラに手を振り払われ、ほぼ無意識に手を伸ばし叫ぶ忍足。
……演技ではなく、素でしたね。
忍足も自分で言ってしまってから気付いたのか、はっと我に返る。


「……ゆーし先輩……?」


シンデレラと呼ばなかったことに驚き、麻燐は驚いて立ち止まり振り返る。
そして小さな小さな声で呟きました。
しまった、と思う忍足は、わざとらしく咳払いをして演技に集中し始める。


「シンデレラ!どうしてそんなに急ぐんや!」


忍足が演技に戻ったのを見て、麻燐も演技モードに切り替わったのか、ぷいっと背を向けて走り始めた。
それを追いかける忍足。そして更に追う側近。


「って、なんで自分がおるんや!」
「王子だけ抜け駆けなんてずるくないですか〜?」


もう敬語を使うのも飽きてきた様子ですね……。
そして二人でシンデレラを追うも、素早く逃げてしまうシンデレラはあっというまに姿を消してしまいました。
残ったのは、シンデレラの履いていたガラスの靴。
それを手に取り、茫然とシンデレラが消えて行った方向を見つめたところで、再び場は暗転しました。





『その後、王子はガラスの靴に合う足の持ち主を花嫁にすると御触れを出しました。そして、ついにシンデレラの家へ王子たちは辿り着きました』


ステージはシンデレラの家の玄関のセットに戻りました。
そして今はナレーターの通り、王子と側近がガラスの靴を持ってシンデレラを訪ねてきた場面です。


「よくぞ来やがりましたね、クソ王子様。生憎ですがこの屋敷には私と二人の娘しかおりません。シンデレラは天使ですから貴方たちのような外道の前には出せません」


にっこにこの継母の台詞。言葉は丁寧なのに、この毒々しいオーラ。


「は?いいからシンデレラ出せって言ってんですよ。分かる?お前みたいなクソババァは用無しなんですよさっさと失せていただきたいな〜」


そしてその喧嘩を買うのはもちろん芥川。
長女と次女、王子は冷や汗をかきながらその間に入ります。


「ほ、本当ですのよ。この屋敷には私たち3人しかおりませんわ」
「靴なら履いて証明してみせますから、早く靴をお渡し願えないかしら?」


美衣と日吉がナイス台詞回しで場面を展開させる。
王子である忍足は苦笑気味に頷き、二人に同意した。


「ほな、そっちのお嬢さんから……」


そして長女と次女がガラスの靴を履けるか試してみました。
当たり前ですが、サイズは麻燐のものなので履けるわけがありません。
だめか、と王子と側近が諦めかけたその時。


「ま、待ってください!まだ私がいますわ!」


ねずみたちに連れられ、シンデレラが登場しました。
その姿を見て驚いたのは継母たち。


「シンデレラ!あれだけ厳重に大切に大切に監禁したのにどうして!」
「おかしいわ、外側から鍵を十数とつけたのに……!」
「窓も全て間張りして、この日の為に新たに換気扇の設置までしたのに……!」


そこまでしてシンデレラを渡すのが嫌なんですか……。
もう逆ハーレムどころではない手段だと思います。


「遅くなってごめんなさい……。その靴、ぜひ履かせて……」
「いや、その必要はあらへん」


靴へと手を伸ばす麻燐を、ぎゅっと掴む忍足。
小さな小さな麻燐の手は忍足の両手で熱く握られています。


「間違いあらへん。この愛くるしい姿……完璧に俺の花嫁さんや!シンデレラ万歳や!」
「靴持ってきた意味ないじゃないですかアホ王子」


爽やか笑顔で靴を王子に投げつける側近。どうやら本気で怒ってますね。
その後、王子によって城へ連れて行かれるシンデレラを止めようとする継母たちを、シンデレラが一緒に行こうと言い出して全員で仲良く城へ向かう、というシーンで劇は終わりとなりました。

なんとか、大きなトラブルもなく劇を終えることができた瞬間でした。


×