「僕たちが、シンデレラを舞踏会に連れて行ってあげよう」
「うん、そうしよう」


その次の日のお昼頃、家族揃って出かけたシンデレラたち。
誰もいなくなった屋敷の中で、見計らったようにねずみたちがシンデレラの部屋から出てきました。
どうやら、例の招待状を探しているようです。
招待状があればお城に入ることができますからね。
そうして静かな屋敷内をうろつき、可能性のある継母の部屋へと入った時、


「ここに何の用だよ!」


ひょいっと軽い身のこなしでねずみたちの目の前に立ち塞がった、猫(向日)。
ねずみたちは驚いたように「うっ」と声を漏らしました。


「あ、あなたには関係ない!」
「ははーん。わかった。あの招待状を探してるんだな」


愛子ねずみが天敵である向日猫を見上げて強気に言うが、あっさりと目的は見破られました。


「俺は場所知ってるけど、教えてやんないぜ」
「なっ、何でそんな意地悪するんだよ!お前だって、シンデレラのこと好きじゃないか!」


ぷいっとそっぽを向いた向日猫に、宍戸ねずみが食ってかかる。
その言葉を聞いて、向日猫はかっと目を見開いて二人を見ました。


「だ・か・ら・だ・よ!もしシンデレラがお城で妃になったらどうする!?もう二度とシンデレラの膝の上でお昼寝できないしおやつも分けっこできないしブラッシングだってしてもらえないし一緒にお風呂だって入れないんだぜ!?」


切羽詰まったような表情で言う向日。
噛まずに完璧に言いきった向日に、舞台袖で全員が感嘆の声を上げる。
あのせっかちで短気な向日が台詞を覚え、しかも噛まずに言うなんて誰も想像していませんでしたからね。
とても感情のこもった、良いシンデレラ依存を演じました。


「……ていうか、そんなことしてもらってたのかよ」


宍戸ねずみが呆れたように言う。
なあ、と隣の愛子ねずみに同意を得ようとしたところ、


「…………じゃない」
「は?」
「いいじゃないそれくらい!僕たちなんて、シンデレラに助けてもらった時からずっとずっと、シンデレラと一緒に居たんだから!もう運命共同体だと思ってるんだから!勝手だけど!確かにシンデレラが居なくなったら寂しいけど、シンデレラの悲しそうな表情を見る方がずっと辛いんだよ!」


どうやら愛子ねずみは張り合う気満々のようです。
それはもう、向日猫も口をぽかんとさせてしまうくらいの勢いで。
愛子も演技が上手い……というか、いつもと同じような気がします。
ここではしばらく、ねずみと猫が言い合うという展開になります。
が、全校生徒の皆さんはいつものテニス部とファンクラブの言い合いを見ているようでなりませんでした。





その日の夜、自室に戻ってきたシンデレラは大きな溜息をつきました。


「シンデレラ……」
「ごめんね、シンデレラ。僕たち、一生懸命頑張ったんだけど……」


結局、舞踏会について何の手がかりも掴めなかったねずみたちがシンデレラを見て悲しそうに言う。
ですが、シンデレラはにこっと笑って首を振った。


「いいの。よく分からないけど、お母様とお姉様が舞踏会は危険なものだって教えてくれたから」


諦めたよと伝えたいシンデレラですが、その表情は若干落ち込みを隠し切れていない。
どうやら、継母たちの言葉も嘘だと言うことに少なからず気付いているようです。


「でも……」
「私がもう少し大きくなって、良い子にしてたらその時また連れて行ってくれるって」


心配そうにシンデレラの顔を見る愛子ねずみ。
宍戸ねずみも、同じようにシンデレラを見つめてします。


「お昼も、今日の舞踏会に連れていけない代わりに、新しいお洋服を買ってくれて御馳走もいっぱい食べさせてもらったの。だから、全然、悲しくなんか……」


強がる言葉を並べながら、微笑を浮かべる。
けどそれも、言うにつれてどんどんと元気をなくしていきます。
そしてシンデレラの頬を涙が伝いました。


「(麻燐ちゃんが俺のために泣いてくれとるっ!)」
「「「(違えよ変態)」」」


舞台袖で、王子服を身にまとった忍足がもらい泣きをしたところ、全員にぴしゃりと言われています。
忍足にそう思わせるくらい、麻燐の泣きの演技は上手いものでした。


「(ふう……直前のこれが効いたか)」


というも、練習の時は麻燐も嘘泣きの演技はできていませんでした。
そのため本番では、今日吉が手に持っている目薬を用意したようです。


「(さすがだね、日吉。お疲れ様)」
「(怖がる麻燐を抑えつけられるのはお前しかいねーよ)」
「(そうそう。俺たちなんか耐えられないもんねー)」


鳳、向日、芥川が舞台袖で小声で会話をする。
どうやら麻燐は目薬初体験だったようです。
怖がって自分で差そうとしなかった麻燐を抑え、日吉が目薬を差してあげたようです。


「(……俺だって、良心が痛んでいないわけではありませんよ)」
「(目薬差す前から涙目だったからな。可哀想だったぜ)」
「(いちいち言わなくてもいいです。それより跡部さん、出番ですよ)」
「(わかってる)」


呆れ顔の日吉を横目に、マントを翻しながら跡部が颯爽と舞台に向かう。
そこはシンデレラの部屋で、シンデレラがベッドに伏せて泣いているシーンでした。


「何をそんなに悲しんでいるんだい、愛らしく美しいお嬢さん」
「あ、あなたは……」


髪を掻き上げながら、シンデレラの目の前に現れた魔法使い(跡部)。
シンデレラは驚きに目を丸くして、魔法使いを見上げます。


『悲しんでいるシンデレラの前に、とても胡散臭そうでナルシストな魔法使いが現れました』


不機嫌そうに言う真奈のナレーターが響きます。
どうやら、自分の書いた脚本の台詞を跡部がほとんど変えてしまったことを不満に思っているようです。
真奈も『とても胡散臭そうでナルシストな』とアドリブを入れているあたり、跡部が一人で決めたことのようです。


「俺様は美に従順な魔法使いだ。美しいシンデレラの為ならば、この世の全てを敵に回しても構わない。あなたの望みを全て叶えましょう」


言いながら、マントをぱさっと翻し跪き、更には手の甲にキスまでしている魔法使い。
やりすぎだー魔法使いはこんなことしねーとか苦情が出そうですが、


「「「(うん、いつもの跡部様だ)」」」


どうやら、跡部が演じる魔法使いならば容認できるようです。
一番近くで、台本にない跡部の奇行を見ている宍戸と愛子はその場から逃げ出したい気持ちになっています。
宍戸は耐えられず顔を赤くして、跡部の言う恥ずかしい言葉を聞いています。


「それで、麗しの姫君の願いは何でしょう?」
「あ、あのね……私、舞踏会に行きたいの」
「舞踏会?」
「うん。お城で開かれているんですって。私も、一目でいいから見てみたいの」


両手を胸の前に当て、お願いするシンデレラ。
その健気な姿を見て魔法使いも同じように、切なげに胸に手を当てる。


「……俺様の魔法を使って、美しい姫君は別の男の元へと向かうのだな」
「え……?」
「どこの馬の骨とも分からない男の元へ。……本当は、あんな男の元に渡したくない。シンデレラが望みさえすれば、永遠の命を与え、長い長い日々を共に過ごしたい」


そっとシンデレラを抱き寄せる跡部魔法使い。
跡部様ファンクラブの皆様は抑えきれない感情をきゃーきゃー言っています。
それが更に跡部を酔わせるのか、ふふんと得意げな表情で演技を続けています。


「けいちゃ……ま、魔法使いさん?」


当のシンデレラ役である麻燐は、台本にないことばかりを言う跡部に困惑気味ですが。
魔法使いの切ない恋を演出している跡部の気持ちは1mmたりとも届いていませんが。


「(……馬の骨て。俺は王子やっちゅーねん)」


忍足が呆れたように呟きました。
王子役になれなかった跡部の軽い嫉妬と嫌がらせです。もう少しの辛抱です。


『ごほんっ!こうして魔法使いは、舞踏会に行きたいという健気なシンデレラの願いを叶えてあげるのでした』


いよいよ跡部の勝手な行動に腹を立ててきた真奈がわざとらしく咳をしながら、ナレーターで展開を進めようとします。
ちっと跡部が舌打ちをしながらナレーター席を見るも、真奈は知らんぷりでいます。
跡部への歓声に少しだけ体育館内が騒がしくなったところで、宍戸はこそっと跡部に言います。


「おい、魔法使いがそんなに出しゃばるなよ」
「アーン?なんだ、嫉妬か?」
「ちっげーーーよ」


呆れたようい言い返した宍戸。
どうやら大体満足した跡部は、服の中から杖を取り出す。


「さあシンデレラ、俺様の美技(魔法)に酔いな!惚れ直しても知らないぜ!」


惚れ直すとかありえないから、と宍戸と愛子が心の中でツッコみながら、魔法の準備をする。
ここではかぼちゃの馬車とシンデレラの衣装が豪華なものに変わる演出があるため、その用意を同じ舞台にいる二人も手伝うことになっています。
跡部が杖を振ると同時に、効果音が流れ、麻燐ちゃまファンクラブ会員たちが白い布を持ってシンデレラとねずみたちを囲む。
その間に、宍戸は跡部の魔法にかけられて御者になったことを示すための着替えを。
愛子は麻燐の衣装の手伝いをしています。
そして準備が整うと、白い布を持った会員たちが退散し、3人の姿が露見される。


「ほう……なかなか素敵じゃないか、麗しの姫君」
「本当、素敵!こんなに素敵なドレスを着せてくださるなんて!」


例の純白のドレスに着替えたシンデレラを初めて見た観客の皆さんは、わあっと感嘆の声を漏らしました。
麻燐のご両親は、これでもかというくらいカメラのシャッターを切っています。


「ちょっと冴えないが、その御者を連れて城へ向かうといい」
「……冴えなくて悪かったな」


御者用の服に着替えた宍戸を指差し、跡部魔法使いは言う。
そして更に目線を逸らし、


「そこにかぼちゃの馬車がある。それに乗って行くと早く着く。使え」
「まあ、ありがとう」


いつの間にかそこにいた、かぼちゃの格好をした樺地を見て言った。
……馬車というのだからそれらしい格好かと思っていましたが、ハロウィンに着るようなかぼちゃの衣装を樺地は着ています。
一体どうやって馬車だと言い張る……


「お願いね、かぼちゃの馬車さん」
「ウス」


担ぎました。まさかの力技で対処するとは……。
そして何の苦労も見せない表情のまま、樺地はシンデレラを担いだまま走ります。
その速さには、御者で馬車を導くはずの宍戸すら追いつくのがやっとです。


「(……あれ、きっと宍戸くんの役はいらなかったわね)」


走り行く樺地かぼちゃと宍戸御者を見て、愛子はそっと心の中で呟きました。
満足そうにシンデレラを見送り、出番が終わったのにステージから去ろうとしない跡部を横目で見て、はあとどこか楽しそうに溜息をつきました。