『昔々あるところに、シンデレラというとても可愛らしい娘がおりました』


静かに劇を待っている人に向け、真奈のナレーターが体育館に響く。
それと同時に、ステージの幕が上がった。
照明に照らされているステージ上では、箒を持って掃除をしているシンデレラ(麻燐)。
新しくドレスに身を包んだ麻燐を見て、一気に歓声があがる。
もちろん、親バカ二人も正面というナイスポジションでカメラ等を装備して麻燐を呼んでいます。
いつもならそれに応えて手を振ったりしてしまう麻燐ですが、演技中ということで場を弁えてじっと箒で床を掃いてします。
そしてそれに気付き近付いてきた継母(鳳)と長女(美衣)と次女(日吉)。
こちらも同じように歓声があがりますが、冷静に演技を続行しています。


「ちょっとシンデレラ!あなた一体何をやっているの!」
「あ、お母様。今は掃除を……」


怒った表情でシンデレラに詰め寄る継母。
それににこりと笑みを浮かべながら答えるシンデレラ。
鳳が継母を演じているためか、二人の身長差が凄いことになっています。
女装をしているとはいえ威圧感は隠し切れていないようです。


「シンデレラはそんなことせずに、御本でも読んでいたらいいの!」
「そ、そうよ。あなたの柔肌が荒れたりなんかしたらどうするのよ」


怒っているというよりは心配しているといった様子で箒を取り上げる長女。
それに続くように次女の日吉がシンデレラの手を握って撫でる。
棒読みであまり感情を感じられない演技ですが、女装姿で人前に出ることは腹を括っているようですね。


「ごめんなさい、お姉様」
「掃除や炊事洗濯は全部召使共にやらせればいいのです。あなたは良い子にしていなさい」
「はい、お母様」


そうして継母は優しげな笑みでシンデレラの頭を撫でる。
〜逆ハーレムver〜という名に相応しい関係性ですね。


『シンデレラは、その大層愛らしい美貌で継母と姉二人に異常なほど可愛がられていました』


この様子を説明するように、ナレーターがそう告げる。
オリジナルのシンデレラからは想像できないような内容ですが、見ている皆さんは素直にこの状況を受け入れたようです。


「「「(いつもの麻燐ちゃんの扱いと何も変わらないな……)」」」


全く、その通りです。
今や学園の名物となっている麻燐とテニス部、ファンクラブの存在。
よって誰ひとり、このことを不思議に思う人はいません。
そしてステージは暗転し、セットがシンデレラの部屋へと変えられる。
それらをしてくれる黒子はどうやらファンクラブの会員のようですね。


「はぁ……」
「どうしたの、シンデレラ」
「な、何か悩みでもあるのかい?」


セットの一つ、豪華なベッドの上にシンデレラがちょこんと座る。
本来ならぼろぼろの部屋なのですが、逆ハーレムなので仕様も違います。
そしてシンデレラに寄り添うようにして、ねずみの着ぐるみを着て演技をしている宍戸と愛子。
愛子はねずみになりきり、子供に問いかけるように目線を合わせ、口調をくだけて話しています。
ですが宍戸はまだ若干の気恥ずかしさがあるようで、ぎこちない口調のまま。
それを見て、先程のシーンからステージの袖にはけた鳳が頑張れと全身でエールを送っています。
………相変わらず、楽しそうで何よりです。
できれば、すぐ隣で真っ白になっている日吉も慰めてあげてほしいです。


「お母様もお姉様もとても優しいのだけれど、私も何かお役に立ちたいの……」


儚げに呟くシンデレラ。
当初は麻燐に演技ができるのかと不安に思う人たちもいましたが、その心配はいらなかったようです。
誰よりも劇を楽しみにして、誰よりも台本と向き合っていたのは麻燐ですからね。
今日はその努力を発揮する日でもあります。
真剣にシンデレラになりきって台詞を呟く麻燐に愛子も宍戸も心の中で少し驚いています。
それと同時に、きゅんきゅんもしていますが。


「シンデレラは笑っているだけで十分皆の役に立っているよ」
「えっ……」
「そうだz……そ、そうだよ!シンデレラの笑顔を見ると、僕たちも元気がもらえるからね!」


宍戸は意を決したように、自分を捨てる勢いで愛想の良いねずみを演じました。
どうやら真剣な麻燐を見て触発されたようですね。
ふっきれたようで何よりです。
愛子も演技中で表面には出しませんが、面白そうに宍戸を見ています。


「本当?」
「もちろん!だから笑ってよ、シンデレラ!僕たちのために」
「どうしても笑えないのなら僕たちが元気づけてあげるから!」


両手を広げ明るい声で笑ってと促す愛子ねずみ。
ねずみは性別設定がないので二人とも『僕』と言っていますね。
宍戸ねずみはシンデレラを笑わそうとしているのか、その場を飛んだり跳ねたりしています。
それを見て、落ち込んでいた表情に笑みが戻ったシンデレラ。


「ありがとう、ねずみさんたち!私、笑うね!」


いつもの笑顔を取り戻したシンデレラを見て、ねずみたちは満足そうに笑います。


『こうして幸せな時間を過ごしたシンデレラたちですが、ある時、屋敷に一通の招待状が届きました』


そうナレーターの言葉と同時に、再びステージは暗転。
シンデレラやねずみはステージ脇にはけ、継母と姉二人が出てきました。


「お母様、招待状には何と?」
「お城の王子様が舞踏会をお開きになるそうよ。何でも、お嫁さんを選ぶためだとか」
「まあ素敵!舞踏会だなんて楽しみだわ」


招待状を見つめ、きゃっきゃとはしゃぐ継母と娘二人。
実際は女装した鳳と日吉、そして美衣だと思うと違和感しかありませんが、うまいこと演技をしていますね。
そんな3人の様子に気付きやってきたのはシンデレラ。


「お母様、お姉様、何をお話しているの?」
「ああ、シンデレラ。聞いておくれ。お城で舞踏会が開かれるそうよ」


家族4人でお洒落して出かけたいわね、とにっこり笑顔で言う継母。
それを聞いて嬉しそうに目を輝かせるシンデレラ。


「たくさん美味しいものが食べられるわよ」
「わぁ、素敵!」
「あの絢爛豪華なお城でダンスができるわよ」
「わぁ、素敵!」
「もしかしたらあの王子様のお相手を……」


可愛いシンデレラを喜ばせようと、舞踏会の素晴らしさを伝える継母と長女。
同じように次女も言いかけたところで、何かに気付いたのか言葉を詰まらせる。


「………お、お母様」
「どうしたの?」
「この舞踏会は、王子様がお嫁さんを選ぶためのものでしょう?もし、私たちの可愛いシンデレラが目に留まったら……」


そう次女が告げると同時に、察したように継母と長女は目を見開く。


「そ、そんな!シンデレラはこんなにも愛らしく麗しいんですもの!王子様の目に留まらないわけがないわ……」
「そうなったら……私たちの天使があのお城の王子のものに……」


絶望を見たような表情でそれぞれ呟く二人。
何事か理解できていないシンデレラは、きょとんとしたまま首を傾げています。


「そんなことはさせません!シンデレラ、あなたにあの危険な野獣の巣窟には向かわせません!」
「ええっ!?」


いつからお城が危険な野獣の巣窟になったかは分かりませんが。
継母の言葉にシンデレラは大層なショックを受けたように声を上げました。


「いい、娘たち。私たちのシンデレラが奴らに侵されないように、私たちから奴らを退治しにいくのよ!」
「「わかりました、お母様!」」


どうやら目的は王子のハートを射止めることではなくなったようです。
いや、物理的に射止めようとしていることには変わりなさそうですが。


「お母様……お姉様……どうか、このシンデレラもご一緒に……」
「だめよシンデレラ。あなたはこのお屋敷にお留守番よ」
「あそこはあなたにとって危険なの。これは、あなたを守るためよ……」


お願いするシンデレラ。その言葉にも首を振る長女と次女。
そして急いでキッチンから研ぎ石を持ちだす継母。
一体この人たちは舞踏会で何をしようとしているのでしょうか。


「そんな……舞踏会に……行けないなんて……」


きらびやかなドレス。豪華な食事。大広間でのダンス。
それらを想像して楽しみにしていたシンデレラにとって、舞踏会は夢のようなもの。
ショックで立ちすくむシンデレラに一つの照明が辺り、それ以外の照明が消えたとこでナレーターが言います。


『舞踏会に行くことができなくなったシンデレラは、悲しみに暮れ、部屋に閉じこもってしまいました』


いつの間にかセットがシンデレラの自室へと変わり、シンデレラはベッドに顔をうずめるようにして泣いていました。


「うう……私も、お城の舞踏会に行きたいな……」
「可哀想なシンデレラ……」


演技のため嘘泣きですが、悲しそうに落ち込んでいる麻燐は珍しいです。
慰めている愛子ねずみも本番の空気に酔ってしまっているのか、麻燐の演技を見て泣きそうです。
そんな空気を振り払うように、傍で立ち上がったのは宍戸ねずみ。


「シンデレラ!ぼ、僕たちが舞踏会に行けるように助けてあげるよ!」


その提案に乗ったように、愛子ねずみもぱあっと表情を明るくして立ち上がりました。
シンデレラも一度は嬉しそうに驚きましたが、すぐに目を伏せる。


「でも、そんなことをしたらお母様たちが……」
「それよりも、シンデレラの悲しんでいる顔の方が見ていて辛いわ!」
「そうだよ!僕たちを助けてくれた恩返しをしなくちゃな」


にこっと笑顔を見せるねずみたちに、シンデレラは驚いたように二人を見つめる。
そして何か思い出したように、


「ねずみさん……ありがとう」


二人に感謝の気持ちを込めて、一番の笑顔を見せました。