そして着替え終わり、全員が揃って体育館へと向かう。 体育館に入ると、ちょうど他のグループが有志の発表をしているのか、ステージ上でダンスやら歌やらを披露していました。 そのため少しライブのような空気と熱気になっています。 「うわぁ……なんだかすごい!」 「相変わらず、人が多いな……」 麻燐は初めての光景に思わず感嘆の声をあげます。 その隣で宍戸が、これからあの人数の前で劇をすることに緊張しているかのように呟く。 「ふっ、もうすぐで俺様タイムになるな」 「何が俺様タイムやねん」 「そうだC。しかも跡部は魔法使いじゃん」 対して跡部はこの状況に満足しているのか余裕をぶっこいています。 呆れたように、そして鬱陶しそうに忍足と芥川が呟きます。 「まぁ、とにかく準備しましょうよ」 「はーい!」 鳳がさり気なく麻燐の手を引き体育館内の端っこを歩き始めます。 それに麻燐は元気のよい返事でひょこひょことついていきます。 他のメンバーも追いかけるように二人の跡をついていくと、 「あっ、麻燐ちゃま!」 テニス部メンバーの姿に気付いたのか、すでに着替えを終えている美衣が手を振って迎える。 もちろん、麻燐限定ですが。 そんな美衣の行動を見て、愛子も真奈も麻燐たちが来たことに気付きました。 「待ってました!さあ、早速着替えましょう!」 「レギュラーの皆さんはあっちね」 愛子は両手に麻燐の衣装を大事そうに抱えて麻燐を案内する。 それに対して真奈はレギュラーたちの衣装が入ったケースをぽいっと手渡しました。 もう慣れてきたとはいえ、この態度の違いには言葉が出なくなります。 本当に元テニス部ファンクラブとは思えません。 「おう、わかった」 代表として向日がケースを受け取り、ステージの袖のさらに奥に向かう。 そしてテニス部メンバーはそこで、麻燐は愛子に連れられて別室で着替えることとなりました。 皆さんコスプレ喫茶で入り組んだ衣装を着るのにも慣れてきたのか、素早く着替え終わることができています。 「………ぶくくっ」 「おいジロー、笑うな」 「いやそれは無理だろだってお前ぎゃはははは!」 「岳人!お前は失礼すぎるぞ!」 宍戸のねずみ姿を見た芥川と向日がそれぞれ指を差して笑っています。 芥川はまだ笑いを堪えるようにしていましたが、向日は盛大に笑ったため宍戸は拳を震わせる。 そう笑っている向日も、ねずみと同じような猫の気ぐるみを着ているんですけどね。 芥川の方は、王子の側近らしくきちっと着こなした衣装なので何とも言えませんが。 ……これが宍戸の一生のトラウマにならなければいいんですが。 「日吉ー、ちゃんとこっちに来てよ。胸のところのリボンが曲がってるから」 「嫌だ。ここから出たくない」 「そんな我儘言わないで。まだウィッグもずれてるし、ちゃんと明るいところで直さないと」 「嫌だ。光のある場所で生きたくはない俺の生き場所は闇だ」 同じ女装という立場になりながら、全く違う反応を見せる鳳と日吉。 鳳は日吉の衣装の不備を直そうとしますが、日吉は恥ずかしいというか泣きたい気持ちで立っています。 そして何やら中二病のような台詞を履いています。そこまで嫌ですか。 とはいえ、ハロウィンの仮装のようなカボチャの衣装を着ている樺地に引きずられ無理矢理直されていましたが。 「……跡部は、ほんまよう似合うとるなぁ」 「当たり前だ。俺様だからな」 「俺もどうや?めっちゃ様になっとると思わへん?」 「お前は忍足だからだめだ」 「何やそれ!?」 忍足は呆れた顔をしながらも跡部を褒めたものの、跡部は駄目な子を見るような目で忍足にそう言いました。 あまりの不条理さに忍足は声をあげる。 そんな忍足も、王子の衣装は豪華なもので着ていると不思議と威厳を感じるようになります。 見た目はいいので、流石というべきでしょうか。 跡部は跡部で中性的な衣装を当然のように着こなし、もう魔法使いそのものです。 ただ、偉そうなのが玉に傷ですが。 「あ、着替え終わったのね」 「今バンド演奏が始まりましたから、この次が私たちの出番ですわ」 様子を見に来た愛子と美衣が順調に進む様子を見てほっとしたように声をかけてきた。 この場には来ていないが、真奈はナレーターとして体育館の2階部分にある放送室で最終チェックを行っています。 「あれ?麻燐は?」 「麻燐ちゃまなら、着付けも終わったからもうすぐで出てくるわよ」 向日が疑問視を浮かべたのに愛子は意味ありげに含み笑いをして答えた。 「皆お待たせっ!」 その直後、大きな声と共に別室から姿を現したのは麻燐。 もちろん皆さんは一斉に麻燐の方へ視線を向けます。 そして、 「えっと……どう、かな?おかしくない?」 淡いブルーに包まれた、可愛いながらも上品さを失っていないドレスを身に纏う麻燐の姿に目を奪われました。 豪華な衣装を初めてきたため少し緊張しているものの、小首を傾げて感想を求める麻燐。 髪はヘアーアイロンで巻かれたのか、軽くウエーブがかかっており、普段部活で二つ結びをしている麻燐とは全く印象が違って見えます。 薄くだがメイクもされ、本当に絵本から飛び出してきたお姫様みたいです。 「……ちょっと!皆さん、麻燐ちゃまに見惚れすぎですわ!」 麻燐の問いかけにもなかなか答えることができていないテニス部メンバーを見かねて、美衣が言葉を挟む。 そのことでようやく我に返り、改めて麻燐の全身を見ます。 「マジか……いや、予想以上だぜ……」 「そう、ですね。可愛すぎて困ります」 「………ウ、ス」 宍戸は当然ながら、鳳や樺地もあまりの可愛さに戸惑っています。 珍しいこともあるものです。 「さすが麻燐だ。何を着ても似合う」 「ううっ……ますます忍足に王子役を取られたのが悔C!」 「こ、こんな可愛い麻燐ちゃんを俺のもんにしてええんやろか……」 「だから、貴方のものになんてなりませんから」 何故か偉そうに言う跡部と、心から悔しがっているのか地団太を踏む芥川。 そして何か幻でも見ているような目で麻燐をぼーっと見つめる忍足に、少しメンタルを回復した日吉が厳しく言います。 「いや、マジ可愛いぜ!麻燐、本物のお姫様みたいだ!」 「本当?ありがとう!がっくん先輩!」 そんな中、興奮した様子で褒めたのは向日。 麻燐は嬉しそうに飛び跳ねる。 そして安心したのか、他の皆さんの衣装もじっくりと見ます。 「わー!皆も凄い!なんだかここだけ童話の世界みたい!」 興奮気味にそう言います。 コスプレ喫茶とはまた違った雰囲気で楽しそうです。 「あ、ゆーし先輩かっこいい!本物の王子様みたい!」 「っ麻燐ちゃん……!やっぱり、俺のお姫さんは麻燐ちゃんしかおれへん……!」 本日初めて褒められたためか、涙を流す勢いで嬉しがる忍足。 ついでに跪いたりしたので、忍足の背後に隠れていた日吉の姿が麻燐の目に留まりました。 「わか先輩可愛い!麻燐のお姉さまだ!」 「うっ……そんなに見るな。それに可愛いって言うな……」 「麻燐ちゃん麻燐ちゃん、俺も可愛いでしょ?」 「うん!チョタ先輩のお母さまは可愛いし、綺麗だね!」 日吉の前に出るように鳳がアピールしましたが、鳳はその姿を褒められて嬉しいんでしょうか。 不思議に思っているのは日吉も同じようで、信じられないとでも言いたげな目で鳳を見上げました。 「お前、その気があるのか」 「違うよ。ただ、こんな俺でも麻燐ちゃんは愛してくれるっていう確認だよ」 「……………」 こいつに聞いたのが馬鹿だったと日吉は一瞬にして肩を落としました。 どういったらそんな思考に至るのか理解できないようです。 「麻燐、もしお前が本気で俺様の魔法使いに惚れたら、魔法使いエンドを選んでもいいんだぜ」 「お前はお前で何言ってんだよ」 髪を掻きあげ、自信満々に言う跡部に宍戸がジト目で呟く。 全く、その自信に満ち満ちた表情はどこをエネルギー源としているのか、本気で不思議になってきます。 「いや、それよりも側近と駆け落ちするってどう?」 「も、もう芥川くんまで。そんなこと聞いたら真奈が……」 「地獄の底まで追いかけるわよ」 にこやかに提案する芥川に、愛子が心配そうに言います。 が、それも手遅れで既に背後に真奈の姿がありました。 一同(芥川以外)驚いた様子ではっと真奈を見ます。 「へーえ。ナレーターの分際で邪魔できるとでも?おこがまC〜」 「ナレーター以前に脚本を書いたのは私ということを忘れているようね」 にっこり笑顔のまま言い合う二人。 この二人がまともに会話をする日は二度と来なさそうな雰囲気です。 「落ち着けって、ジロー……普通に王子エンドでいいじゃねえか」 「真奈も、すぐに喧嘩売らないの。ね?」 また火花が散ってしまうのを危惧したメンバーたちが二人を引き剥がす。 全く、腹黒い人は磁石の同極のように反発していまうのは宿命なんでしょうか。 本人たちは気にしていないかもしれませんが、周りが大変です。 「真奈おねーちゃん、どうしたの?」 「麻燐ちゃまっ……ああ、私の癒し……」 まるで芥川とのやり取りに傷ついた風で麻燐に近寄る真奈。 ここまで徹底していると怖いです。 麻燐のきょとんとした小動物のような顔を見てエネルギーを蓄えたのか、真奈はにこりと普通の笑顔で告げる。 「そろそろ時間なので、呼びに来ました」 そう言うと同時に、バンド演奏が終わり幕が下ろされる。 完全に幕が閉じるのを見届けたメンバーたちは、それが合図のように動き出します。 「麻燐、劇、頑張ろうな」 「うんっ」 宍戸に言われ、気合い十分を表現しているのか胸の前で両手で拳を作って応えた麻燐。 「緊張するなよ」 「うんっ」 少しは余裕を持たせるよう、跡部は軽く麻燐の頭を撫でる。 そして、テニス部メンバーがセットを準備していくのを見送る麻燐。 「(初めての、主役……!)」 観客席にはパパとママが居る。 今日まで一生懸命練習をしてきた演劇。 その成果を発表する場でもあれば。 演劇部存続のための大事な場でもある。 それを分かっているためか、麻燐の心は今までになく真剣です。 「(皆のためにも頑張らなきゃ!)」 そしてステージ脇に控える。 セットも設置し終え、あとは幕が上がるのを待つだけ。 「麻燐、こっちに来い」 「?」 ふいに、向日に呼ばれた麻燐。 呼ばれた先には、演劇に出るメンバーたちが揃って待っていました。 「やっぱこう言う時には必要だろ、円陣」 そうして向日は麻燐をメンバーたちの作る輪の中に入れる。 「えんじん……」 「劇が成功するように、気合いを入れようぜ」 初めてのことに不思議に思っていた麻燐だったが、その言葉と、皆が自分を待つ笑顔を見て同じく笑顔になりました。 「うん!皆で、楽しくやろうね!」 飛ぶように言い、隣にいた向日と芥川と肩を組む。 そして、演劇部の部長である美衣が代表として声をかける。 「それでは、皆さんで努力した演劇が良い物になるように……頑張りますわよっ!」 「「「おーーー!」」」 こう言う時ばかりは心を揃えて。 全員が、劇に向けて気合いを入れ直した。 その時には、麻燐の気持ちは高揚としていた。 そしていよいよ、 『続いては、演劇部と男子テニス部正レギュラーがお送りします、シンデレラ〜逆ハーレムver〜です』 有志発表の司会を務める人物が紹介したところで、舞台の幕が上がった。 |