「いやぁ、やっぱり麻燐は可愛いなぁ」
「そうね。あら、ビデオの時間なくなっちゃったわ」


立海の皆さんが午後の練習に行くということで去った中、急遽作られたVIP席に座り愛娘の姿を堪能していた親バカ二人。
親という権限を極限にまで使ったうえでの処置です。


「……あれもある意味名物化してるよな」
「そうやな。麻燐ちゃんの両親が居るっちゅー噂が立ってリピート客続出やし」


氷帝テニス部・立海テニス部・麻燐の両親の三つ巴を見ていた生徒が振れ回っていたようですね。
その証拠に、初めは女子生徒の客が多かったのが今では男子生徒も多く見られます。
もちろん、麻燐の母親がどのような人物なのかという好奇心から。
それに当たり前のように気付いているママはウインクや魅惑の微笑みで次々と生徒をノックアウトしています。
隣ではパパがあたふた。ですが止めることはできないようです。
文化祭午前の部は、なかなか賑やかで売り上げも上々の様子でした。


「そろそろ閉店しますが」
「あら、もうそんな時間だったのね」


店の中がテニス部員と親二人になった中、跡部が代表として二人にそう告げる。
どうやら気付いていなかったのか、時計を確認して呟くママ。


「売り上げはどうだった?」
「おかげさまで、繁盛いたしました」
「そう。よかったわ。ね、パパ」
「まぁ、麻燐が居るんだから当然のことだな」


何故か得意気に言うパパ。貢献したのは麻燐ですからね。


「えへへ、大変だったけど楽しかった!」
「そうだな。麻燐の猫耳ゴスロリも好評だったし!」
「がっくん先輩のチャイナも可愛かったよっ」
「うぐっ……」


褒められたのに、どうしてか傷を抉られたような気分になる向日。
好きな子から言われる可愛い≠ニいうワードはなかなか堪えますね。


「麻燐、だめよ。男の子に可愛いなんて言っちゃ」
「ほえ?」


ここで口を挟んだのはママ。嫌な予感がしてなりません。


「男の子はね、女の子からは格好良いって思われたいのよ。年上なら尚更ね」


人差し指を立て、とても綺麗な笑みで言うママ。
それをほーっと聞き入っている麻燐。素直で健気です。


「そうだったんだ!ごめんね、がっくん先輩」
「い、いや、謝られるほどじゃ……」
「だからこういう時はね、少し言い方があるのよ」


にっと子供染みた、何か企んでいるような表情になるママ。
麻燐はもちろん、パパやテニス部員も不思議そうな顔をします。
そうと知ってか知らずか、ママは麻燐を手招きし何かを耳打ちします。


「うん、わかった!」


そして何やら了承した麻燐。ますます不思議です。
にこっと笑ったと思えば向日の目の前までちょこちょこ歩み寄り、


「がっくん先輩」
「な、なんだ?」
「女装しているがっくん先輩も可愛いけど、やっぱりいつものがっくん先輩の方が格好良くて素敵だね」


どうやら、ママは麻燐にこの言葉を耳打ちしたようですね。
ですが、上目遣い&顔覗き&柔らかく高い声&天使の微笑は麻燐独自のものです。
末恐ろしすぎます。そしてこれらを一人占めし真正面から食らった向日は顔を真っ赤にして「なっ……なっ……」と声にならなくなっています。


「ずるいC!麻燐ちゃん、俺にも俺にも!」
「ジロちゃん先輩も、普段はすごく格好良いよっ!」
「うれC〜〜〜っ!」


可愛いと言われることはあっても、格好良いと言われることは少ない。
それは向日も芥川も共通しているので効果が絶大のようです。
若干、他の皆さんも羨ましそうに見ています。


「ふふっ、やっぱり麻燐は可愛いわ」
「それは認めるけど……素直にきゅんきゅんできない……」


相手が相手だからでしょうかね。
ママは上機嫌ですがパパは複雑そうな表情でその場面を見ていました。
そんな時、


「麻燐ちゃまーー!そろそろ劇の準備をしますわよーーっ」
「あ、お姉ちゃんたち!」


という甲高い声と共にドアが開き、例の演劇部3人が入ってきました。
気のせいでしょうか。皆さんお肌がツヤツヤしているような気がします。


「はっ!麻燐ちゃまのお母様……!」
「こんにちは」
「ごっごごご機嫌麗しゅうございます!私どもは、麻燐ちゃまのファンクラブを取り締まっております……!」


流石氷帝学園に通う生徒。丁寧に頭を下げ自己紹介をする3人。
育ちがいいので、様になりますね。


「ふふっ、ファンクラブだなんて、嬉しいわね」
「お、恐れ入ります……!」


そう言いながら何度もお辞儀をする美衣、愛子、真奈。
テニス部もびっくりの礼儀の良さです。


「そんなにかしこまらないで。これからも、麻燐をよろしくお願いね」
「「「は、はい……!」」」


麻燐の母親から直々に言われたからか、嬉しさを隠しきれない様子でぱあっと笑顔になる3人。
これで公認ファンクラブも同然ですね!


「お姉ちゃんたち、あとは着替えるだけだから先に行ってて!」
「分かりました」
「……ああ、ゴスロリの麻燐ちゃんが見納めだなんて……!」
「悲しいですけど……すぐにドレスな麻燐ちゃんを見る為に我慢よ!」


先程の嬉しさとは打って変わり、少し悲しげや悔しさを混ぜた表情で麻燐を見つめています。
とても名残惜しそうでしたが、準備も押しているため急いで体育館へと向かいました。


「……麻燐は、女の子達からも好かれているのね」
「?皆優しいよ!」
「そう、よかった」


無邪気に応える麻燐にママは安心したように麻燐の頭をぽんぽんと撫でます。
パパも同じように安心しているのか、優しい眼差しを麻燐に向けています。
ただ楽しみに来ただけだと思いきや、しっかりと娘の安否を確認していたようですね。


「ふふ、本当に安心したわ。麻燐と違って、ママは小さい頃から数々の修羅場を乗り越えてきたから……」
「……ママ、予告なしでカミングアウトするのは心臓に悪いからやめてくれないかな」


どんどんママの生い立ちの輪郭が明らかになっているような……そうでないような。
これにはテニス部の皆さんも苦笑気味です。


「さて、それじゃあパパたちも劇を撮影するために急ぐか」
「そうね。あ、でも……もうビデオの残り時間がないわ」
「大丈夫だよママ!ちゃんと替えのテープは持ってきてあるから!」
「さっすがパパ。惚れ直しちゃう」

「(親バカの真髄やな……)」
「(なんつうか、逆に尊敬しちまうぜ)」


忍足と宍戸が聞こえないように呟く。
最初はとんでもない人たちだと思っていましたが、ここまで貫いていると尊敬の対象にあたるようです。


「そういえば、場所取りは大丈夫ですか?有志の発表は人気ですぐに満員に……」
「それは大丈夫よ長太郎くん。ちゃんと、ここに来る前に占領してあるわ」
「用意周到ですね。……また、下剋上対象が増えたか」


鳳の言葉ににっこりと答えるママ。
日吉も最後小さく呟きましたが、一体何に下剋上するつもりなんでしょうか。


「それじゃあ、ママたちは先に行くわね」
「麻燐の初主役、パパは楽しみにしているからなっ」
「うん!ママ、パパ、また後でね!」


こうして、ようやく娘の元から去った二人。長いこと居ましたね。


「……なんか、仲良さそうな家族だな」
「うん!麻燐はママもパパも大好きだよ」
「そっか。ほな、余計に劇頑張らなあかんな。俺のお姫様……」
「まだ調子に乗らないでください」


言いながら手を取ろうとした忍足に冷たい言葉を投げる鳳。
劇中は百歩譲って我慢するとして、それ以外は徹底的に許さないつもりですね。


「わかったわかった。とりあえず、着替えよか」


苦笑で忍足も返し、コスプレ喫茶もこれにて終了することなりました。


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