「うんめえ!この麻燐特製サンドイッチうまい!」 「それ作ったの滝だぜ」 「名前詐欺だろ!金返せバカヤロー!」 「全く、丸井くんも甘いですね。麻燐さんの愛らしい手に料理などさせられるわけがないでしょう」 「……そういう柳生が飲んでるのって」 「ええ、麻燐さん特製カフェオレです」 「それ淹れてるの樺地だけどな」 「そうですか。次会うのは法廷ですね」 「柳生もまだまだだね。麻燐が運んでくれたこの水こそ、正真正銘麻燐の……」 「はいはーい!それ用意したの俺だC〜!」 「ちょっとした話し合いの場が必要だねこれは」 ………楽しく喫茶店内で食事していると思ったら。 好き勝手やっていますね、相変わらず。 幸村がとんでもない顔で指をパキパキしている気配を感じ、氷帝陣は冷や汗をかく。 ついでに立海陣もことごとく期待を裏切られてご立腹の様子。 「皆どうしたの?おかわり?」 「麻燐……可哀想に。詐欺に名前を使われるなんてのう……」 「サギ?」 切ない顔で麻燐の頭を撫でるのは仁王。 手元にある麻燐特製冷製スープの存在が哀愁度を引き立たせています。 「つーか、ずっとここでウエイトレスやってる麻燐が作る暇なんてねえだろ……」 「だからってこれはれっきとした詐欺ッスよ、宍戸さん!」 「むう……笠原に料理ができるのかは不明であったが、納得した」 「そう言う弦一郎も若干ながらもショックを受けているようだな」 冒頭のやり取りから食が進んでいない真田。 隣に居た柳が的確にツッコんでいます。 「やっぱ納得いかねえだろい!こっちは麻燐の手料理期待してんだぜ!」 「ブン太……落ちつけよ」 「私もこれだけは解せません。法廷に赴くべきです」 「おい、柳生はどうしてそういう方向へ持ってこうと……」 激昂している皆さんを落ち着けようとしているのはジャッカルのみです。 ここは苦労人、自分があちら側に行ってはいけないことを分かっています。 「こんなに小さくて可愛い麻燐が料理をしてくれることに意義があるんだ。ごつくて可憐さの欠片もない男の手料理なんて泣けてくるよ」 「……この喫茶店の存在意味を全否定しましたね」 幸村の辛辣な言葉に日吉が苦い顔で呟く。 一応は氷帝男子テニス部が中心となっている喫茶店ですからね。 一体この人たちは何を期待してこの喫茶店に来たんでしょうか。 コスプレを見れただけではなく手料理まで出るなんて、贅沢なことこの上ありませんよ。 「ゆきちゃん?食べないの?」 「ああ……俺の期待への裏切りが酷くてね……」 「うらぎり?」 「麻燐は知らないだろうけど、この喫茶店の料理のほとんどには麻燐の名前が付いているんだよ」 「そうじゃ。勝手に名前を使われたって訴えてもいいくらいぜよ」 幸村と仁王の言葉に、さっきまで状況を理解できていなかった麻燐もぱっと顔を明るくする。 「これは勝手に使われてるわけじゃないよ」 「「「え?」」」 「だって、このお料理のアイデア出したの麻燐だもん!」 えへん、と言う麻燐。 それをぽかんとした間抜けそうな顔で見つめる立海陣。 「ほら、このサンドイッチにジャムを入れようって言ったのは麻燐だし」 「あ……この甘くて1番うまかったやつか……」 「そっちのカフェオレに砂糖を添えたのは麻燐だし」 「なっ、麻燐さんが私のために……」 「まーくんのスープ、上にバジルちらしたの麻燐だもん!」 「そうだったんか……一粒と残さず食べないかんのう……」 麻燐特製、と言い張るにはやはり無理がありますが……。 どうやら皆さんはそれでもいいみたいです。 「そうだね……この水も、最低野郎が用意したとしても麻燐が運んでくれたおかげで癒されたし……」 「ねえ、その最低野郎って誰のこと〜?」 「君しかいないだろ万年寝太郎」 芥川の言葉にすかさず幸村が真っ黒な笑みを見せる。 再び喧嘩が始まりそうになるところ、他の立海陣は落ち着いてくれたようで氷帝陣もほっとする。 「ま、ネーミングに無理があるのは百も承知だ。正直、こう表記した方が売り上げが倍以上になるからな」 「うわ、本当に正直に言うんスね」 「それにひっかかる俺たちも俺たちということか」 何故か少し偉そうに言う跡部に呆れ気味に反応する切原。 ですが、結局は柳が言ったようなことが原因なんでしょうね。 「まあ、麻燐の笑顔が見られただけでいいじゃねえか」 「うわー、ジャッカルのくせに良いこと言いやがってむかつく」 「なんでだよ!」 良い雰囲気で締めようとしたジャッカルに丸井が一言。 1番納得いっていないのはジャッカルのような気がしますね。 「ふふっ、皆が笑ってくれるとやっぱり楽しい!」 「麻燐……」 「さっきまで、よく分からないけど怒ってたみたいだから……」 いくら麻燐でもどういう空気なのかくらいは判断できていたようです。 「やっぱり、皆は笑ってた方がいいよ!そのほうが、麻燐も幸せ!」 「っ麻燐、やっぱりお前良いやつ!」 「きゃあっ!」 思わず席を飛びだし麻燐に抱きつく丸井。 そのことに全員が驚愕の表情で二人を見つめ(丸井を睨みつけ)ています。 「おいブン太、俺の麻燐に何しとるん」 「いくら丸井くんでも俺、許せないC!」 「ああ、悪い悪い。つい本能的に」 ごめんな、と優しく頭を撫でて麻燐から離れる丸井。 麻燐は突然のことで驚いていましたが、嬉しそうに笑いました。 「何というのだろうか……この、父性と酷似しているような気持ち……」 「弦一郎、それはきっと萌え≠ニいうものだ」 「モエ?それはなんだ」 「つまり真田くん、あなたは麻燐さんに対していかがわしい気持ちを抱いたということです」 「なっ……!?」 真田の疑問に柳が的確な指摘をしたものの……。 横やりを入れた柳生の言葉が全てを打ち消してしまいました。 萌えがいかがわしさとイコールになるかはさておくとして。 「一生の不覚……!この俺が、かよわい女児に不埒な気持ちを抱くなど……!!」 「おい、今麻燐のこと女児って言ったよな」 「たった2つしか変わらへんのに……って、相手が真田ならしゃあないわな……」 がくっと膝を落としている真田に向日と忍足がそれぞれ呟く。 いくら真田が学ランを着ているとはいえ、それが年相応に見えることはないようです。 「こうなったら、切腹で詫びるしか……!」 「んな詫び方すんな!こんなところで!」 「えー、ここでやられたらお客減っちゃいますよ」 慌てている宍戸に対して、ぶーと口を尖らせて不平を言う鳳。 そんなことを気にしている場合じゃないと思いますが。 「蓮二、すまないが刀を貸してくれないか」 「あたかも俺が普段所持しているような言い方は止めてくれないか」 すでに帽子と学ランを脱いでYシャツ1枚になった真田。 ですが、柳は眉根を寄せて嫌がっています。 「弦ちゃん!それ似合うよ!」 「む?」 突然ぱあっと麻燐の明るい声が聞こえる。 それに不思議そうな顔をするのは真田だけではなくその場に居た全員。 「いつも黒いイメージしかなかったけど、白も似合うよ弦ちゃん!」 「……黒いイメージ?」 「あれじゃね、帽子」 「だとしたらユニフォームのオレンジをガン無視だな」 「それを差し置く程、麻燐の中の黒帽子のイメージが大きいんだろう」 麻燐の言葉に立海陣が考察を繰り広げています。 真田の本体は帽子説が一気に浮上しました。 「あはは、老け顔も原因の1つだと思うけどね」 「ぶほっ!ゆ、幸村部長言い過ぎッスよ!」 笑いを堪えられていないあたり、切原も失礼だと思いますけどね。 「……肝心の真田がフリーズしてるぞ」 「喜びのあまりか。真田もまだまだだな」 ジャッカルと跡部がそれぞれ呟く。 跡部の言葉は何様かとも思いますが、悔しきかな貴族服のためそのセリフも似合っているように思えます。 「弦ちゃん?弦ちゃん?」 「はっ……!しまった、嬉しさの余り……。そうだな、笠原の言う通り、俺の命はお前を守るためにあるのだったな」 「そんなこと言ってたっけ」 「いや、一言も言うとらん」 フリーズから立ち直った真田。 どうやら記憶が曖昧になるという副作用が発動したみたいです。 「?とにかく、弦ちゃんも元気になってくれたみたいでよかった!」 こうして冒頭の話題に決着がつき、氷帝陣は仕事に戻り、立海陣は食事に向かうことができました。 とりあえず一安心、ですね。 |