そうしてしばらく、忙しいコスプレ喫茶で働く皆さん。
大分初めのような興奮も収まって来た頃のこと。


「………?」
「どうした、麻燐」


ふと手が止まった麻燐に声をかける跡部。
麻燐は首を傾げながら喫茶店の入口の方を見ています。
跡部も不思議に思い、同じ方向を見る。


「何だか妙に静かだな……」
「どうしたんや、何かあったん?」


注文も全て終わったのか、今はお客も料理を楽しんでいる頃。
暇になった他のメンバーが集まる。
すると、芥川と鳳が何かに気付いたように、険しい表情になった。


「………やっぱり、来たんだね」
「………そうですね、来ないように願っていたんですが」


二人の呟きに、嫌な予感がピークに達した皆さん。
そして、閉められていた入口の扉が開かれる。


「やあ、そんなに勢揃いして……俺たちを待っていてくれたのかな?」
「「「幸村(さん)っ!?」」」
「あ、ゆきちゃん!久しぶり!」


嬉しそうに幸村に向かっていく麻燐。
幸村も微笑を浮かべて麻燐を迎えます。


「幸村……いくら学園祭だからってはしゃぎすぎではないのか」
「その姿で言っても説得力は皆無だぞ、弦一郎」
「うぷぷ、マジありえないっしょ!真田副部長!」
「全くだぜ。あー、まだ笑えてくるぜ」
「そう笑ってはいけませんよ。せっかく真田くんが腹を括ってくれたのですから」
「腹を括ったというか……括らされたというか」
「そこらを歩いたら職務質問レベルじゃがのう」


幸村に続き、出てきたのは立海レギュラーたち。
予想外の出来事に皆さんがリアクションできないでいます。
それもそのはず。ツッコミどころが多すぎですからね。
何故学園祭に来ているのか。
何故全員負けじとコスプレをしているのか。
……きっと、氷帝の皆さんが1番驚いているのはコスプレについてでしょうね。


「なんっ……おま、……それ、」
「驚きすぎッスよー向日さん!これだって氷帝の出し物じゃないッスか」
「出し物……?」


海賊らしい格好をしている切原。
眼帯や海賊帽子というオプションをつけ、雰囲気も合っていて似合っています。


「そうだぜ、演劇部だっけか?衣装レンタル屋みたいなことしてたぜ」
「あいつら……そんなことしてたのか」


ネタばらしのようにして言う丸井は、チェシャ猫の着ぐるみ。
飄々としている態度もそのままで、完璧に着こなしています。


「ああ、それで幸村が面白そうだからコスプレしようと言いだしてな」
「………で、コスプレしたと」


いつものように冷静な口調で言う柳は袴姿。
こちらも違和感なく着こなしています。


「俺らも楽しそうじゃし?全員一致でやろうってなったわけよ」
「確かに、自分は楽しそうやな……」


執事服を意外にもぴしっと着こなしている仁王。
気合の入れようが窺えます。


「何が全員一致ですか……。私たちは反対しましたけどね」
「そう言う割には楽しそうですよね」


柳生はカウボーイ姿。几帳面に帽子や玩具のピストルも揃えてあります。
そして少々格好つけて立っているところを日吉に見破られています。


「全くだぜ……。俺たちの意見はほとんど聞かねえしよ」
「お前誰だ?真っ黒で判別がつかねえんだけど」


向日の言葉に涙ぐんでいるのは忍者姿のジャッカル。
真っ黒の忍者服に地黒が影響して全身くまなく真っ黒に見えてしまっています。


「さっさと選ばないから悪いんだよ。仁王やブン太はすぐ決めたし」
「幸村さんは1番気合い入れてますよね、明らかに」


魔王が着ているような、豪華でどことなくダークな衣装を違和感なく着こなしているのは幸村。
もう本当に似合っているというか、とうとう本性を現したなという感じです。


「………で、それにはツッコんだ方がいいのか?」
「こ、これは幸村がどうしてもというから……!」


跡部が溜息と共に真田に向かって言う。
真田はというと、丈の短い学ラン、ダボダボっとしたズボンという、一昔前の不良が着ていたような学生服です。
老け顔+学ラン=職務質問対象という方程式が成り立っています。


「皆………すっごく似合ってるよ!」
「っ笠原!?それは本心ではないよな!?」


麻燐の心からの褒め言葉に1番動揺しているのはもちろん真田。
不良姿が似合っていると言われてショックを受けています。


「あー、なんつーか、真田は別じゃね?むしろ除外だろ」
「ブンちゃんは猫さんすごく可愛い!」
「なぁなぁ、俺の海賊姿どうよ!かっこいいだろ!」
「うん!赤也もぴったり!本物みたい!」


久しぶりの麻燐に、ここぞとばかりにアピールを始める二人。
真田はその後ろで灰になりかけていますが。


「それにしても……麻燐さんも、その衣装とてもお似合いですよ」
「本当?えへへ、ありがとう」
「ああ、今にも私が白馬と共に連れ去りたい程に……艶やかで美しいです」
「ぎゃあああああああああ!」


柳生の恥ずかしい言葉に1番のダメージを受けたのは宍戸。
宍戸でなくても、柳生は恥ずかしい人間だということを感じています。


「おい宍戸しっかりしろ!」
「全く、相変わらず宍戸もウブなんじゃな」


向日が宍戸の無事を確認している間、今度は仁王が麻燐の前に立つ。


「まーくん……なんだか、すっごくかっこいいね!」
「そうか?ありがとさん。じゃが、麻燐の可愛さには負けるぜよ」


執事らしく、跪いて麻燐の手を取る仁王。
様になっているところが腹立たしいですね。


「こうして並ぶと、本物のお嬢様と執事みたいじゃな」
「おい仁王、堂々と麻燐をたぶらかしてんじゃねえよ」
「いいじゃろ?今は俺のお嬢様なんじゃからな」
「誰もそうなってないよ。麻燐はそう……今は俺の孤城に幽閉された姫だね」


会話に乗り込んで来たのは魔王幸村。
黒いマントを翻して麻燐を優しく包みます。


「孤独な魔王は一人の可憐な姫に恋をして、不器用ながらも愛を伝える……。初めは戸惑いを隠せない姫も、だんだんと魔王の優しい愛に応えようとする……」
「ちょっと、勝手に麻燐ちゃんをあなたの妄想の世界に入れないでくれますか」
「うるさいよ、中身は真っ黒日々会社なんて倒産してしまえばいいと思っている腹黒サラリーマン」
「俺はビジネスマンという響きの方が好きですけどね」


よく分からない設定を語る幸村に横やりを入れたのは鳳。
そして、よく分からない攻防を繰り広げています。
相変わらず、顔を合わすと言い合いばかりしていますね。


「麻燐、こっちに逃げるんだ」
「あ、蓮ちゃん……」
「あの二人の間は危険だからな。隠れているといい」


二人が喧嘩に夢中になっている中、麻燐を連れだしたのは袴姿の柳。


「ありがと、蓮ちゃん。なんか、いつもより大人っぽくてドキってしちゃった」
「ほう、それは嬉しいな。麻燐も魅力が最大限に引き出されているな」
「ちょっと、どさくさに紛れて俺の麻燐ちゃんを口説かないでくれる?」
「ふっ、芥川か。君には女装癖があったことをデータに加えておくよ」
「「女装癖じゃなくてコスプレだ!」」


これには芥川だけではなく向日も慌てて言いました。
勘違いされてしまうのだけは避けたいですからね。


「ていうか……こうしてコスプレしてる奴が揃うと、色々シュールだな」
「そうですね。世界観もばらばらですし、なんかこう……派手ですね」


宍戸と日吉が全体を眺めて呟いた。
周りのお客の皆さんも余りにも豪華というか珍しい光景に料理を忘れてしまっているくらいですから。


「ふふ、でもこの中で1番麻燐とお似合いなのはやっぱり俺だよね」
「何を言ってるんですか、俺ですよ」
「いーや、俺じゃな。俺が完璧な執事をやっちゃる」
「俺の海賊だって負けてないッスよ!」


正直、海賊とゴスロリがどう繋がるかは分かりませんが……こうなると、誰も譲らないことは分かっています。
こうなったらさっさとこの無駄な言い合いを止めるべきだと思った日吉は、麻燐に言う。


「……麻燐、誰が1番お前と似合ってると思う?」


日吉の問いに、全員が耳を傾ける。
そして、麻燐は少しも迷った風を見せず、


「麻燐は、どのコスプレも好きだよ!」
「「「ですよねー」」」


皆さん、もちろん麻燐の答えが分かっていたように笑顔を見せる。
日吉もそこを狙っていたのか、麻燐の笑顔に絆されて言い合いを止めた皆を呆れたように見つめました。


「ったく、気が済んだらさっさと席について注文しやがれ」
「そうだね。会計の時に麻燐ちゃんの写真が貰えるみたいだし」
「お前らにはやらねえ」


楽しそうに答えた幸村に、跡部は嫌そうな顔をして答えた。


「じゃあ俺、麻燐特製萌え萌えパフェで」
「だから、ここはそういう店じゃねえっての!!」


切原の冗談に、宍戸が噛み付くようにして本日2度目のツッコミを果たす。
こうして、賑やかな再会を果たした皆さんは次々と注文をし始めました。