それから学園祭2日目が始まりました。
もちろん、皆さんはコスプレ喫茶の準備を始めます。


「うわあ……やっぱ、こうして見るとすげえ眺めだな……」


全員が控室でコスプレ衣装に着替えると、向日が呟く。
確かに、皆さん見た目だけは本当に良い出来の人たちばかりですからね。


「どやどや、麻燐ちゃん、俺が1番素敵やろ」
「いいえ、麻燐ちゃんは俺のスーツに1番萌えを感じてくれます」
「俺の巫女さんだってきゅんきゅん物だC〜!」


動いたら台無しですけど。かなり残念ですけど。
それでも麻燐は目をきらきらさせて皆さんを見ています。


「うんっ、皆かっこいいよ!すごくドキドキする!」
「ったく……お前、まだ自分の着替えが終わってないだろ」
「あ、わか先輩もやっぱり似合う!」
「うっ……そ、そうか……」
「うん!ミイラさんよりずっと良い!」


麻燐の言葉に日吉は少々微妙な顔をする。
もしここでミイラの方が素敵と言われたらどんな反応をすればいいんでしょうね。


「ふっ、だが最も光っているのはやはり俺様だろう」
「うわあ……!景ちゃん先輩、本物みたいっ」


実際に着ているところを見るのは初めてですから、麻燐も興奮しています。
しかし、跡部は本当に様になっていますね。
全身がきらきらしていて眩しいです。伊達に学園の跡部様なだけありあますね。


「くそくそ、跡部と並びたくねえぜ……」
「がっくん先輩も可愛いよ?」
「……俺は可愛くねえ!」


可愛いと言われて泣きたい気分になる向日。
チャイナドレスなので仕方がないですよね。


「りょう先輩とか、本当にお巡りさんみたい!」
「さ、さんきゅな……少し堅苦しい気もするけどな」
「いいえ、とてもよく似合ってますよ。これでいつでも忍足さんを逮捕できますね!」
「何で俺が逮捕される前提やねん」


探偵姿の忍足は不満そうにツッコむ。
丸眼鏡もあり、忍足も本物みたいな佇まいですね。
小道具にパイプもありますから、胡散臭さ倍増です。


「うーん、ジロ先輩とがっくん先輩はお化粧しなくても十分可愛いね!」
「本当?麻燐ありがとー!」
「うん!これ被ったら本当に女の子だよ!」


そう言って手渡すのはウィッグ。
向日にはチャイナドレスに似合うようにお団子のもの。
芥川には金色ロングのもの。少々巫女にはきつそうですが。それも一つのギャップでしょう。


「ったく……早くこれ終わらせたいぜ。つか、麻燐も着替えて来いよ。開店までもう少しだぜ」
「あ、うん分かった!」
「そや、俺がお着替え手伝ったろか?」
「………忍足?あんまり調子に乗ると、祓うよ?」


ロングウィッグを被った芥川が、大幣を片手に忍足を脅す。
巫女姿が怖さ&本気さを2割増しくらいにしていますね。


「じゃあ着替えるね!」
「待て待て!着替えるのは俺たちが出てからにしろ!」


今すぐ着替えようとする麻燐を宍戸が止める。
いつになったら麻燐が恥じらいを持ってくれるのか、宍戸は心配でなりません。


「あ……そうだった。ごめんね、麻燐急いじゃって……」
「いやいや、ええんやよ?ほんまなら着替え中の麻燐ちゃんもずっと見とりた……」
「呪怒縛憎嫌憤悪術妬恨恐忌痛醜惜失執憾死死死死死死死死!!!」
「こわこわこわこわ怖いっちゅーねん!!!」


本気で呪い殺そうとしている芥川がとてつもなく恐ろしいです。
命の危機を悟った忍足は、颯爽と開店前の喫茶店内に逃げ込む。
それを大幣を大きく振り続けながら追う芥川。


「やべえな。ジローの本気こええ」
「そのうち本当に人を殺しかねねえな」
「面白そうですからちょっと見てきますね」
「………道具とか壊さねえように言っておかないとな」
「?」
「あー……麻燐、お前はゆっくり着替えてろ」
「うん、わかった!」


ぞろぞろと喫茶店の様子を見に行く中、日吉が安心させるように言っておく。
麻燐は忍足が命の危機にあるとは露とも知らないと思いますが。
そうして控室から誰もいなくなり、麻燐は着替え始めました。
ゴスロリを着るのは2回目ですから、スムーズに着ることができました。
そして猫耳、コサージュやリボン等のアクセサリーも身につけ、万全の状態で喫茶店の方に顔を出す。


「着替えたよー!…………あれ?」
「あっ、麻燐か!」


……今一瞬、全員が忍足に向かって手を合わせていたような気がしますが……。
豪華な喫茶店なのに葬儀場かと思いましたよ。
そんな張り詰めた空気を悟られまいと、向日が麻燐に近づく。


「ゆーし先輩……どうして寝てるの?」
「いや、ちょっとな……。が、学園祭が楽しみすぎてはしゃいじまったんだよ」
「そうなの?ふふっ、ゆーし先輩も子供みたいなところがあるんだね」
「あ、ああ……」


麻燐の無邪気な笑顔に、少しだけ心を痛めた向日。
ですが、麻燐の心の平穏を思えばこうするしかありません。


「大丈夫だよ、麻燐ちゃん。忍足さんは、君の心の中で生き続けてるから……」
「そうだな。お前が忘れない限り忍足さんも……幸せになれるだろうからな。………別に忘れてもいいが」
「ちょおちょお!何でそない死んだ風な空気になるん!?ちょっとジローの振り回しとった大幣が頭に当たっただけやん!」


ここで倒れていた忍足が立ち上がりちょっと待ったをかける。
直前まで良い雰囲気を作っていた鳳と日吉が同時に舌打ちをした。
忍足の言う通り、決して忍足は芥川の呪いにかかったとかではなく、大幣が頭に直撃しただけのようです。


「全く、ちょっと当たっちゃっただけで死んじゃうわけないC〜」
「……いや、お前なら殺りかねねえだろ」
「がっくんそれは俺に失礼だよ〜」


笑顔で大幣を担ぐ仕草をする芥川。
その立ち居振る舞いが既に手慣れたもので恐ろしいのですが。
金棒を担ぐ鬼みたいな威圧感がありました。


「まあ……今のは悪ふざけがすぎたな。悪かったよ」
「?ゆーし先輩大丈夫なの?」
「ああ、ちょっと悪ノリしてただけだ。麻燐は気にするな」


宍戸が麻燐の頭を撫でて言う。
どうやら皆さんで麻燐をからかっていただけのようですね。
それにしては内容がリアルで驚きましたが。


「リアルって何やねん。俺マジで殺される危険性があるっちゅーことか!?」


今の今までその危険性を感じていなかったことが不思議でなりません。
と、忍足の生死については置いておくとして。


「そろそろ開店しねーとやばいぜ。もう行列ができてる」
「マジか?……うお、案の定、女ばっかだな」


廊下側の窓のカーテンからちらりと廊下を見ると、すでに長い行列がありました。
もちろん女生徒ばかり。正レギュが目当てか麻燐が目当てかは分かりませんが。


「そうだな……。じゃあ、開店するか。樺地、ドアを開けてくれ」
「ウス」
「うわあ、楽しみ!麻燐頑張るね!」
「ああ。……と、麻燐」


張り切って意気込む麻燐を麻燐が呼び止める。
何かと思い跡部を見上げると、


「リボン、少し曲がってるぞ。……よし、可愛くなった」
「あ……景ちゃん先輩、ありがとうっ!」
「よし、あんまり張り切りすぎるなよ。ほどほどにな」
「うん!」


こうして学園祭2日目、部活別出し物によるコスプレ喫茶開店で


「麻燐ちゃまあああああああああ!」
「だめだわ!あまりの可愛らしさに動悸眩暈息切れが!!」
「かっカメラ!ビデオカメラはまだですの!?1秒と長く映像に残さなければ!」


出ました。
ナレーターの言葉を遮るほどの勢いで、開店と同時に店に飛び込んできたのはいつもの3人。
上から真奈、愛子、美衣です。
この3人に限らず、並んでいた女生徒の中にいる麻燐ちゃまファンクラブの会員は多くいました。


「皆来てくれてありがとう!麻燐が注文聞くね!」
「はぁはぁ……わ、私はぜひ麻燐ちゃまと萌え萌えコールを!」
「おい待て、ここはそういう店じゃねえっての!」


あまりの勢いに押され気味になるコスプレ仕様の皆さん。
もちろん、レギュラーの皆さんのファンも多く、黄色い歓声やシャッター音が絶えません。


「すごい……!皆も大人気だね!」
「既に人が押し寄せてすぎて潰れそうになっている麻燐の言うことじゃねえよな……」


向日の言うとおり、麻燐の周りに人が集まりすぎて麻燐本人が見えない状況になっています。
これでは喫茶店どころではありませんね。


「どうする、跡部。このままやと皆席に着くこともせえへんで」
「ちっ……こうなることを予測して奥の手を用意してあるが……」
「マジかよ、じゃあ早くなんとかしてくれ!」


宍戸の声に仕方なく応じる跡部。
どこからともなく取り出したマイクで声を張り上げます。


「おいお前ら聞け!ここは喫茶店だ、ライブ場か何かじゃねえんだぞ!」


怒鳴るようにして言うと、一瞬にして喫茶店内が静かになります。
そして言葉を続ける。


「いいか?この喫茶店に来たお前らにだけ、ある特典をつけてやる」
「「「??」」」


その言葉に疑問に思っているのはテニス部の皆さん。
そんなことは何も聞かされていませんからね。


「それは、この喫茶店で物を注文し、会計を済ませて喫茶店を出る時に……」


全員が跡部の言葉に耳を傾けている中、跡部は堂々と、


「一人1枚、テニス部正レギュラーと麻燐の秘蔵写真を手に入れる権利だ!」
「「「なんだって!?!?」」」


真っ先に反応したのはその写真の対象となっている人たち。
秘蔵写真、なんて言われたら驚くのが普通ですよね。
麻燐だけはぽかんとしています。
そして一拍遅れて、ファンの子たちの歓喜の叫び。
あっという間にレギュラーや麻燐から離れ、席に着きました。


「す、すげえ……けど、何か癪だ」
「俺たちにとってプラスなのかマイナスなのか微妙だな……」


向日と宍戸が溜息交じりに呟く。


「というか、いつの間にそんなものを用意したんだあの人は……」
「凄いですね跡部さん!この混雑を防いで更に回転率まで上げようとするなんて!」
「ふっ、当たり前だ。俺様を誰だと思ってる?」
「景ちゃん先輩すごい!なんだかよく分からないけど、すごい!」


周りに人がいなくなり、動けるようになった麻燐がぴょんぴょんと跡部の傍で喜んでいる。
それを見て跡部も良い仕事をした、というような顔をしています。


「それより、プライバシーとかは平気なの?麻燐ちゃんとか特に」
「もちろんだ。麻燐の了承を得て撮った写真ばかりだ」
「それならいいんだけどねっ」


麻燐がいいならいい、という感じの芥川は安心したように接客に戻る。


「よーし、頑張るぞー!」


それに続いて麻燐も改めて気合いを入れ直し、接客を始めた。
今日は1日、大変な日になりそうです。