「おはよー!」 学園祭2日目、今日も清々しい天気の中目を覚ました麻燐。 早速着替えてリビングへと向かって挨拶。 既に起きていた両親も、挨拶を返します。 「パパ、何してるの?」 「何って、カメラを磨いているんだよ。今日は麻燐の晴れ舞台だからね!」 浮かれすぎのような気もしますが、ママも何も言わないので当然の域のようです。 麻燐が来たことで、全員そろって食卓につきます。 「今日はママたち、朝少し準備してから向かうわね」 「うん!今日は1日、コスプレ喫茶をやってるから、待ってるね!」 「って、コスプレ!?!?」 麻燐の言葉に大分衝撃を受けたのか、パパは大声を上げる。 ですがママは楽しそうに笑っています。 「ふふ、麻燐はどんなお洋服を着るの?」 「えーっとね……確か、ごすろりってお洋服だよ!」 「ごすっ……」 思わず噴き出しそうになるパパ。何がとは言いません。 それが驚きなのか喜びなのか。……いや、後者は少し危ないですね。 「それって……例の、男子テニス部の出し物なんだよね……?」 「うん、そうだよ!楽しみなの!」 「……不特定多数の男の前で麻燐がゴスロリ……許すまじ、男子テニス部……!」 どうやら、パパの頭の中では麻燐が強制的にゴスロリを着させられているという風にインプットされてしまった様子。 麻燐本人も結構ノリノリというか楽しんでいたんですけどね。 可愛い娘がどこの馬の骨とも分からない男と一緒にコスプレをするという行為が父親として許せないことなのかもしれません。 「パパは……っパパは、誰にも麻燐を渡さないぞ……!!」 「あらあら、パパったら。そんな考えは古いわよ」 にこにこ顔のママは、心底楽しそうに麻燐を見つめます。 「これは良い機会よ。もうテニス部だけとは言わないわ。全校の男たちを虜にする絶好のチャンスをモノにするのよ」 「モノ?」 「麻燐は聞いちゃだめだ!」 「ふふ、ママも久しぶりに本領発揮する時が来たようだわ」 「ママは麻燐の学園祭で何をする気なの!?」 始終パパが不憫な感じで終えた朝食。 心臓を押さえながら麻燐を学校へと送り出しました。 そして学校に着き、朝部室に行くとすぐに跡部の号令で服飾室へと移動を始めました。 「当日に、何をするんだ?」 「劇の最終確認だ。誰も恥をかくことは許さねえからな」 「……あの役をすること自体が恥なんですけど」 「俺もだ。あああ……ついにこの日が来ちまったぜ……」 小さく呟いたのは姉役の日吉とねずみ役の宍戸。 二人とも、未だに役に不満があり慣れることはなさそうですね。 「いい加減諦めなよ〜。俺だって王子役になりたかったC〜」 「ジローこそ諦めえや?もう今更役は変えられへんからな!」 「うわあむかつく」 清々しいほどの笑顔で言う忍足に芥川も黒い笑顔を浮かべる。 そんな会話をしながら、服飾室に足を踏み入れる。 「あ、皆様おはようございます」 「麻燐ちゃま、おはようございますっ!」 「お越しをお待ちしておりましたっ!」 明らかに麻燐とレギュラーとではテンションが違う3人。 レギュラーたちもいい加減慣れたようで、ツッコまずに挨拶ができるようになりました。 「最後の通し漣流をする前に、衣装や小道具の確認をしてくださいね」 「お、ようやく全部揃ったのか」 「ええ、多少道具が足りなくて手作りの物もあるけど……大抵は仕入れることができたから、不良品はないと思うわ」 流石氷帝、予算はあるのかシンデレラに必要な道具全てを揃えられたようだ。 各々がハンガーや箱に入っている衣装や道具を見てみる。 「ぶわはははは!こ、これっ、超可愛いじゃん!」 「…………っ」 「あら、宍戸くん。不服なの?」 向日が面白そうに取って広げたのはねずみの気ぐるみ(頭部分がフードになっていて顔が見えるタイプ)だ。 隣で同じねずみ役の愛子が楽しそうに宍戸の表情を窺う。 「これ……マジで…着るのかよ……」 「うわぁ!可愛い!このねずみさんすっごく可愛いよ!」 「ですよね麻燐ちゃま!麻燐ちゃまさえよろしければ、このねずみの気ぐるみを着た私ごと差し上げますわ……!」 「いや、いらねえだろ」 胸をきゅんきゅんさせながら言う愛子に向日が冷静にツッコむ。 宍戸はツッコむ気力もないくらいに落ち込んでいます。 「つーか岳人……お前も猫の気ぐるみだろ?」 「おう。ねずみよりかっこいいだろ?」 「…………もういいや」 向日はまんざらでもない様子で猫の気ぐるみを見せびらかす。 それに対し、複雑な気分で諦めた宍戸であった。 「なんだこのフリフリは……」 「わあ、日吉のも可愛いね。だけど、俺の継母のドレスもシンプルで可愛いでしょ」 「………何で嬉しそうなんだよ鳳」 「そのドレスは気に入らない?だったら私のと交換する?」 「………そういう問題ではありません」 気遣うように同じ姉役の美衣が提案する。 が、根本的な部分……ドレスを着たくないという日吉の思いは伝わっていない。 「そのドレスも可愛い!とってもわか先輩に似合うと思う」 「に、似合っ……!?」 「そのウィッグを被ったら、わか先輩もチョタ先輩も立派な女の子だね!」 もちろん、女役をやるには髪の長いウィッグを被らないといけないわけで……。 二人の髪の色に合わせた色のウィッグをちらりと見る。 「いいなー。日吉の、くるっくるに巻いてあって可愛いね」 「お前いい加減にしろよ……」 だんだんと鳳の言葉が自分をからかう為のものだと分かってきた日吉。 盛大な溜息をついて、ウィッグを見つめます。 そして自分が被っている姿を一瞬でも想像し、大きな後悔をした。 「ふふっ、二人が女の子になるの楽しみだなぁ」 「(………死にたい)」 もはや麻燐の言葉に反応できず遠い目になっている日吉。 どうやら、今日が最大の日吉の黒歴史になりそうですね。 「これが魔法使いの服か……。まあ、俺様は何を着ても似合っちまうからな」 「ええやんこの衣装かっこよすぎて麻燐ちゃん俺に惚れ直してまうやん」 「うっわあ、二人ともうざいんだけど」 「……ウス」 こちらでは跡部と忍足が自分酔いし、それに心底嫌そうな顔をしている芥川を樺地が落ち着かせています。 跡部の魔法使いの衣装は、魔法使いらしくワンピース風になっていますが……それでも着こなす自信があるみたいです。 王子服に見惚れている忍足はそれだけでも周りの嫉妬心を煽りそうですね。 「はあ……王子服は格好良いのに……着る人物がね……」 「ちょっと高橋、何でそんな溜息ついとるん?」 「自覚ないの?」 真奈に少々きつく言われても気にしていない忍足。 余程麻燐の王子になれることが嬉しいようです。 「麻燐ちゃんも、早よ俺の王子姿見たいもんなー」 「うん!きっと、すっごく似合うと思うよ!」 「せやろせやろ。安心して俺に惚れてええんやで?麻燐ちゃ」 「さあ麻燐ちゃま、麻燐ちゃまのドレスも確認してみましょうかー」 「待っ!まだ俺とのラブラブ会話中で」 「何がラブラブですって?」 「劇の数十分だけ王子になれるからって、調子に乗っちゃだめだCー」 さて、男の醜い嫉妬劇が一足先に繰り広げられたところで。 麻燐は真奈に連れられて自分のドレスを見ます。 「ふふ、こっちがお屋敷用で、こっちが舞踏会用ね」 「うわあ……!!」 並べるように飾ってあるドレスを見て、麻燐は感嘆の声を上げる。 屋敷用のドレスは、淡い青色を基本としたフリルやリボンをふんだんに使ってある可愛らしいドレス。 舞踏会用のドレスは、純白をテーマとするに相応しい、綺麗だがシンプルに作られているドレス。 確かに、それらは絵本から飛び出してきたようなドレスです。 「……麻燐の衣装だけ明らかに力の入りようが違う気が」 「麻燐ちゃまに中途半端な物は着させられませんからね!」 えっへんと胸を張るのは美衣。 明らかに演劇部部長の特権を使った衣装選択ですね。 「すごく綺麗……。麻燐、本当にこれを着ていいんだよね?」 「もちろんです!麻燐ちゃまの為にご用意しましたから!」 「麻燐ちゃまなら、絶対にお似合いですし、可愛いプリンセスになるわ!」 「ああ、早くカメラに収め……じゃなくて、劇で拝見したいわ!」 上から美衣、真奈、途中本音が漏れそうになった愛子と麻燐ちゃんを褒め称える。 相変わらずやりすぎなくらい褒める3人にレギュラーたちは苦笑するしかない。 「でも、本当に綺麗ですね。劇が楽しみになってきました」 「そうだな。麻燐のドレス姿を見られるなら、俺もねずみをやりきるか」 どうやら複雑な思いだった宍戸も、腹を決めることにしたみたいですね。 「ああ……こんな素敵なドレスを着た麻燐ちゃんと結ばれるなんて……俺は幸せや」 「劇の中ですからね?現実とそれの区別くらいはつけてくださいよ?」 もう既に幸せ死にしそうな忍足に日吉がぴしゃりと告げる。 このままにしておいたら妄想の世界に心を閉ざしてしまいそうで心配です。 「はあぁ……麻燐ちゃんの王子様になれないのは残念だけど、ドレス姿は楽しみだC」 「ふっ、魔法使いとの恋に落ちるっていう選択肢も有りなんじゃねえか?」 「ウス……」 「麻燐が可愛いのは重々承知だけど、跡部のそれは却下だからな?」 衣装だけの状態でこうなってしまうと、実際に麻燐が着たらどうなってしまうのか……少々不安に思うところはありますが。 麻燐は目の前の衣装をじーっと見つめ、楽しそうに笑いました。 それからは美衣の号令で最後の通し練習を行いました。 最後ということもあり、皆さん目立ったミスをせずに劇の発表へと向かうことができそうです。 |