「ん〜んん〜」


宍戸に仕事を任された麻燐は、鼻歌交じりで生徒会室を目指します。
上機嫌のようで何よりです。
一応、ちらちらと跡部がいないか確認しながら歩いているが見つからない。
やはり宍戸の言った通り、生徒会室に居るのかと麻燐も確信を持ち始めました。


「あ、ここだっ」


生徒会室を見つけ、両手で持っていたリストを嬉しそうに握る。
そしてコンコンとドアをノックします。
すると中から聞き覚えのある声が「入れ」と言ったのを確認し、麻燐はドアを開きます。


「景ちゃん先輩!」
「え、麻燐?」


思わぬ訪問者に驚きを隠せない跡部。
とととっと小走りで来て目の前まで来る麻燐を思わず見つめる。


「はいっ、これ、萩先輩からのリスト!」
「ああ……ありがとう。だが、どうして麻燐が?」
「麻燐ね、りょー先輩に任されたの!お仕事してるの!」


えっへんと得意げに言う麻燐。
とりあずリストを受け取りお礼を言った跡部は、宍戸の名前を聞いて溜息をついた。


「(あいつ……麻燐にはことごとく甘いからな)」


それは貴方も同じなんですけどね。
自覚症状のない跡部は後で宍戸に喝を入れておこうと決めた。


「景ちゃん先輩は、何してるの?」
「俺は書類整頓だ。こういうイベントがあると大量にかさばるからな」


跡部がふいに視線を落とした先にあった書類の山に麻燐も視線を向ける。
そして言った傍から跡部は後悔しました。


「じゃあ麻燐が手伝う!」
「麻燐はやらなくていい」


意気揚々と声を上げた麻燐に即答する跡部。
あまりにも早い答えに口を尖らしています。


「でも……麻燐も役に立ちたいよ」
「麻燐は何もしなくても役に立ってるって」


そう言いながら麻燐の頭をポンポンと撫でる跡部。
麻燐はまだ納得していない様子で跡部の顔を見上げる。


「だからお前は休んで………ふ、あぁ……」
「……?景ちゃん先輩、眠いの……?」


珍しく人前で欠伸をした跡部に、麻燐は首を傾げる。
その初めて見る無防備な表情に麻燐はぼーっと跡部を見つめた。


「ん……ああ、最近忙しくてな……あまり眠れてなかっただけだ」
「寝不足なの?」
「まあ、少しそうだな」


そう言いながら、麻燐に背を向け書類整頓の作業に移ろうとする跡部。
だが麻燐はさせないとでも言いたげに跡部の制服を引っ張ります。


「っ、と……どうしたんだ、麻燐。暇なら樺地でも……」
「麻燐はいいの。景ちゃん先輩はお休みしなきゃ」
「なっ……」
「寝不足は身体に悪いんだよ!ちゃんと休まないとだめ!」


ぎゅうっとシャツを掴み上目で言う麻燐。
その態度と表情にきゅんときたものの、ここでは負けるわけにはいかない。


「ありがとな。だが、俺にはやることが……」
「ほら、早くこっち!」


華麗にやり過ごそうとするも、麻燐は強引に引っ張ってソファへと持っていく。
跡部は無下に振り払うことができないので、そのまま連れ去られる。


「麻燐、俺は大丈夫だから……」
「だーめーでーす!マネージャーとして、体調管理もするもん!」


ついにソファに座らされた跡部。
麻燐は目の前で仁王立ちします。
それでも小さな麻燐は小さく見えますが。


「景ちゃん先輩は会長さんで、部長さんなんだから!倒れちゃったら皆が困るんだよ!」
「だ、だがな……」
「ちゃんと眠るまで見てるからね!大丈夫だよ、書類なら麻燐が……」
「それはしなくていい」


にっこり顔の麻燐の提案は丁重に断った跡部。
こうまでしたらテコでも動かない麻燐。
跡部は仕方なく麻燐の手を引っ張り自分の足の間に座らせる。


「景ちゃん先輩……?」
「分かった。麻燐の言う通り寝てやる……。その代わり、お前も一緒に寝ろ」
「えっ……でも、麻燐眠くないよ?」
「今日、疲れただろ?色々あったし、今のうちに休んでおけ」
「あ……」


麻燐は今日1日のことを振り返る。
午前から青学のメンバーが来て一緒に学園祭を回って射的もして。
午後からは長い間映画を見て、少しそこで寝てしまったが、起きてすぐに縁日で遊んでお化け屋敷で叫んで……。
確かに、いつもの日常とは何倍もハードな時間を過ごしていた。
麻燐が跡部を気遣ったのと同じように、跡部も麻燐を気遣っているのだと麻燐は気付いた。


「………うん、ありがと、景ちゃん先輩」
「ああ」


ようやく納得したか、と跡部は麻燐に抱きつく形で身体を休める。
麻燐もそのまま跡部に身体を預け、もたれている。


「景ちゃん先輩、あったかい。本当に寝ちゃうよ?」
「いいぜ。少しの間……仮眠するのも……悪く、ない……」


どうやら跡部も結構限界だったようで、この体勢をとってから眠たそうに瞳を閉じていく。
麻燐もそのことに気付いたのか……優しげに笑った。


「えへへ……なんだか、景ちゃん先輩子供みたい」


跡部が聞いたらショックを受けそうな言葉でしたが、本人はとうに夢の中。よほど疲れていたのでしょう。
次いで、麻燐も眠たそうにうつらうつらし始め……そのまま、眠りに落ちた。





「………おい、それはやりすぎじゃね?」
「大丈夫だC〜。俺の麻燐ちゃんに抱きついてる跡部が悪E」
「仕方ないと思います」
「つうか、何でこんなに力強ぇんだよ跡部……」
「眠りながらにして麻燐ちゃんへの愛があるんやなぁ」

「(うるさいな……)」


複数の人物の声で、まだ目を閉じてはいるが頭が冴え始めてきた跡部。
気のせいか首元が苦しい。
ゆっくりと目を開けると、変わらず自分の足の間には麻燐の姿。
柔らかい桃色の髪の毛からシャンプーの良い匂いがしている。


「あっ、起きた」
「意外ですね。もっと早く起きると思ってたんですが」
「それだけ気を許してるってことなんじゃないかな?」

「……………!!」


状況に気付いたのか、がばっと背筋を伸ばす跡部。
ふと周りを見ると、テニス部正レギュラーが勢揃いしていた。
更には滝も一緒にいる。


「お前ら……」
「よう眠ってたんやなぁ?もう最終下校時刻やで?」
「ったく、ちょっと居ないと思ったら……二人でイチャイチャしやがって!」


忍足がにやにや顔で、向日が呆れ顔で言う。
このままだとからかわれることは目に見えているので、まず麻燐を起こそうと跡部は行動した。


「んー……?」


肩を揺すられ、目を覚ました麻燐。
初めはぼーっとしていたが、目の前に居る皆を見てぱっと目を見開きました。


「あれ?皆がいる……」
「おはよう、麻燐ちゃん。眠るんだったら俺の膝を貸してあげたのに」
「え、膝……?」
「お前は話をややこしくするな。麻燐、そろそろ帰る時間だぜ」


鳳の言葉に日吉が横やりを入れる。
麻燐もだんだんと今の状況が分かってきたのか、あっと立ち上がる。


「そうだ!麻燐、景ちゃん先輩と休憩してて……そのままずっと寝ちゃったんだ」
「ずーるーEー!俺も麻燐ちゃんと休憩したかったのに!」
「お前も結局寝てたじゃねえか」


どうやら芥川も準備中寝ていたようですね。
宍戸が溜息交じりでツッコみます。


「ご、ごめんね皆!皆頑張ってたのに……寝ちゃってて……」
「いや、それはかまへんよ。麻燐ちゃんも疲れてたやろうしなぁ」
「そうだよ。麻燐ちゃんも跡部も、疲れてたのは分かってたからね」
「萩先輩……」


滝の優しい言葉に麻燐は一安心する。


「ちょっと待て。お前ら何か忘れてるよな」


座っている跡部が一言、モノ申したそうに言う。
その意味が分かっている麻燐以外は一斉に目を逸らした。
麻燐はきょとんとしている。


「とりあえず、誰だ。起きる直前に俺の襟首締めてたやつは」
「A〜!?気付いてたの!?」
「お前かジロー」
「だって、跡部が麻燐ちゃん一人占めにしてるから!」
「そうだぜ、つうか、引き剥がそうとしても力強すぎるし!」
「お前もか向日」


思わぬカミングアウトをしている二人。
黙っていれば跡部の機嫌が悪いだけで済んだものを……。
さて、跡部と向日と芥川の三つ巴の戦いが始まったところで。


「ほな麻燐ちゃん、今日はもう帰ろか」
「ゆーし先輩……」
「また明日も楽しもうぜ」
「うんっ」


忍足と宍戸の言葉に笑顔で答える麻燐。
そうしてさりげなく3人の戦いから遠ざけることに成功しました。


「おい、お前ら俺を置いてくなー!」
「俺様から麻燐取ってんじぇねえよ!」
「俺を差し置いていい度胸してるよね〜?」


向日、跡部、芥川も置いてかれまいと後を追いかけていきます。
こうしていつものように皆でわいわいと帰ることができました。


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