「ふうっ、仕事終わりの休息は気持ちが良いですね」
「全くだC。やっぱり少しは休憩が必要だよね」
「「「(できれば早く帰って欲しい)」」」


制裁を終え、何故か的確に麻燐の居所を掴んで来た鳳と芥川。
出し物の休憩という名目で来ているようですが……明らかにそれ以外の清々しい何かを感じます。


「……さっきの、あの男はどうなったんだよ」
「それなら大丈夫です。もう二度と麻燐ちゃんを泣かすようなことはありませんから」
「がっくんたちは気にしなくてもOKだよー」


いや、こちらが心配しているのはその男子の安否なんですけどね。
聞かない方が良いと本能で感じた他の皆さんは、それ以上突っ込もうとしませんでした。


「そ、それより……落ち着いたか、麻燐」
「……うん……もう、平気だよ……」


話題を変えようと気を利かせた跡部が、隣で座っている麻燐に声をかける。
大分心が落ち着いたのか、麻燐も笑顔を浮かべられるようになった様子。
目の前で頭を撫でながら優しく落ち着かせてくれた滝も同じように笑みを浮かべる。


「よかった。もうあんな怖いことは起きないから大丈夫だよ」
「あ……ありがとう、萩先輩」
「つーか、何で滝が居るんだよ」


聞けなかった疑問を今聞こうとする宍戸。
それに対し、滝は笑顔で答えた。


「ちょうど学園祭を見て回ろうと歩いてたら、お化け屋敷から出てくる皆を見つけただけだよ」
「そうか……いや、でも助かったぜ。お前のおかげで麻燐の無事が確保できた」


測定の神、滝の言うことに間違いはありませんからね。
宍戸が安心したようにお礼を言う。


「滝が居ると知った時は超びっくりしたC〜」
「そう言うお前はどうしてここにいるんだよ」


ジト目で芥川を詰問する向日。
それにも関らず、楽観的な態度で笑う芥川。


「だって、麻燐ちゃんが泣いたら仕方ないじゃん」
「店番はちゃんとしとけ!」
「麻燐ちゃんの危機を放っておけないC!」


もう誰も、どうして麻燐が泣いていることを知っていたのかなんて野暮なことは聞きません。
鳳の時と同じ言葉が返ってくるだけですからね。
腹黒い人というのは皆こんな予知能力があるのかと疑問に思う皆さん。


「ジロ先輩も……ありがと……」
「ううん、俺は麻燐ちゃんの為なら何でもするよ」
「でも、お店抜け出して……怒られちゃうんじゃ……?」
「麻燐ちゃん……さっきも言ったでしょ?俺は、麻燐ちゃんが無事なら何だっていいんだよ。俺のことは気にしないで」
「ジロ先輩……」

「はい本日2度目やでこの空気。どないしたらええねん」


水風船すくいの時と同じ流れになってしまったのに対し、忍足がとりあえずツッコむ。
どうやらこのコンビはムードを作るのが得意みたいです。


「全く、重いねー。……愛が」


その様子を見て苦笑する滝。それも仕方ありませんね。


「おい鳳!」
「あ、日吉」


ここで強い口調と共に現れたのはミイラ男の姿の日吉。
麻燐も正体が日吉と分かっているためか、驚きはしませんでした。


「お前そんなところで油売ってんじゃねえよ。早く戻ってこい」
「えー。少しくらいいいじゃん」
「あのな、お前のせいで一人再起不能状態になったんだぞ?そいつの分まで働け」


そのことを淡々と告げられるあなたも凄い気がしますが。


「……麻燐、大丈夫だったか?」
「うん……もう平気だよ」
「そうか。だから言っただろ、無理するなって」


しっかりと麻燐を慰めることも忘れない日吉。
少々口調はきつく聞こえますが、これも心配の裏返しということを麻燐も分かっている様子。


「ありがと、わか先輩」
「ったく……ちゃんと休めよ。ほら、お前は早く立って歩く!」
「痛っ!わ、わかったって。じゃあ麻燐ちゃん、また後で!」


日吉に引きずられながらも麻燐に手を振る鳳。
麻燐もにこっと笑って振り返します。


「ふう……ようやく、麻燐も元気になったな」
「うん、皆ありがとう!」
「もう怖くないか?」
「うん!」


元気ということを証明するためにガッツポーズをする麻燐。
そんな様子に、皆さんもほっと一安心しました。


「それなら良かったC!じゃあ麻燐ちゃん、気分転換に俺と学園祭回ろうっか!」
「お前は店番だ」


向日の鋭い言葉にぶーぶーと口を尖らす芥川。
子供のような行動に、跡部は溜息をつきます。


「しょうがねえな。どうせ残り時間も少ないんだ。ジローんとこの縁日で休憩すればいいだろ」
「賛成!さんせー!」


跡部の提案に全身で賛同する芥川。
よほど麻燐の傍に居たいんですね。
それからは全員で縁日コーナーに移動し、仲良く談笑をして学園祭1日目を終えることとなりました。





「あー、学園祭1日目楽しかったね」
「とりあえずは無事に終わって一安心だな」
「ウス」
「………皆っ!」


学園祭が終わり、放課後。
皆さんはコスプレ喫茶を準備する教室まで来ていました。
2年の皆さんが普通の姿で戻ってきてくれたのに安心したのか、麻燐が嬉しそうに笑いました。


「やっぱり、皆は普通の姿の方がいいよ!」
「当たり前だ。化け物のままがいいとか言われても困る」
「それってもしかして、俺のことが好きってことなのかな?」


日吉は呆れたように、鳳は笑顔で妙なことを言っています。
どうしたらそのような解釈に辿りつくのか不思議です。


「そこ、喋ってないで準備を始めろ」
「はーい」
「分かりました」


跡部の指摘で手を動かし始める二人。
麻燐は少し寂しそうにその後姿を見送る。


「……ねえねえ、景ちゃん先輩」
「なんだ?」
「本当に、麻燐はお手伝いしなくていいの?」
「ああ。転んだり手を滑らせたり引っかかったりぶつかったり怪我したりしたら危ないからな」
「むー。麻燐、そんなにドジじゃないのに」


跡部の言葉に頬をリスのように膨らます麻燐。
本人は納得していないようですが、跡部がどれだけ麻燐のことを心配しているかは分かりました。
今は放課後だか、明日行うコスプレ喫茶の最終準備をするために集められたテニス部一同。
たくさんの部員が入り混じって準備をしている中、ぽつんと座っている麻燐はどこか気まずい様子。
ですが、机や椅子を運び入れたり、壁紙を貼ったり装飾したりと力仕事が多いので自分にできることがないことも分かっているようで。


「………麻燐もお手伝いしたいよー……」


皆さんが働いている中、麻燐はそう呟きました。
そんな時、


「おーい、誰かそこの釘取ってくれー」


脚立に登って金槌を片手に額縁に入った絵を飾ろうとしている宍戸の声が聞こえました。
そして放った言葉に、麻燐はぱあっと顔色を明るくしました。


「麻燐がやる!」


宍戸の声に気付いた人物が釘を取ろうとするのを止め、自分が宍戸に渡そうとする麻燐。
男子部員も驚いた様子だったが、やる気の麻燐を止めることはできませんでした。


「はい、これ!」
「おーさんきゅ………って、麻燐!?」
「えへへ、りょう先輩、他にすることあったら言って!」


釘を受け取った宍戸もびっくり。
満面の笑顔でこちらを見上げる麻燐をじっと見つめます。


「………?」
「(やべー……。跡部に麻燐を働かすなって言われてるんだけどな……)」


ちらっと周りを見るが、鬼の保護者跡部は今この場にいない。
せっかくこんなにやる気なんだと、宍戸は断るわけにもいかず麻燐の気持ちを受け取ることにしました。


「さんきゅな。じゃあ次はそこの紐取ってくれるか?」
「わかった!」


生き生きとした笑顔を見せられては、仕方ありません。
そして紐を受け取ると、


「ああ、脚立がぐらついて倒れたら危ないから、少し離れてろよ」
「脚立……ぐらぐらするの?」
「そうだな、倉庫から引っ張り出してきたらしいから……」
「じゃあ麻燐が支えるよ!」
「え!?」


任せて!とVサインを出し、両手で宍戸の登っている脚立を支え始める麻燐。
この光景には、さすがに宍戸も焦っています。


「ま、待てって!マジで危ねえから!」
「でも、倒れたらりょー先輩の方が危ないよ!」
「だけどな……」


ぎゅっと力を込めて支え続ける麻燐を見て、麻燐は大きな溜息をついて脚立から降り始めます。


「?」
「あのな……お前は、こんな危ない仕事しなくていいんだよ」
「でも……」
「お前は1年で、しかも女だろ?怪我したら洒落になんねえんだから」


駄々をこねる子供を諭すかのような言い方の宍戸。
ですが、麻燐にも言い分があるようで。


「でも、皆が頑張ってるのに麻燐だけお休みなんてやだよ!」
「っ……」
「それに、怪我したらいけないのは皆の方だよ……。テニス、できなくなっちゃうかもしれないんだよ……」
「麻燐……」


切なそうな麻燐の表情に、口ごもる宍戸。
だが、何か決意をしたように、その表情は真面目なものになりました。


「麻燐、手出せ」
「え……?」


首を傾げながらも出した麻燐の手に、宍戸は自分の手を重ねる。


「……りょー先輩の手、大きい……」
「だろ?それに比べてお前のは小さいし細いし柔らかい。全然違えだろ?」
「うん……」
「俺らは鍛えてるからな。ちょっとやそっとじゃ怪我なんかしねえよ。だから心配すんな。それに、俺が怪我するようなヘマするように見えるか?」


麻燐を安心させるように、優しい笑顔を見せる宍戸。
その頼りのある表情を見せられたら、麻燐はもう何も言うことはありません。


「見えない!ごめんね、我儘言って……」
「いいって。それに、そう思ってくれてるのは嬉しいぜ」
「これからは麻燐、力仕事もできるようにもっともっと鍛えるから!」
「……いや、そんなことしなくていいから」


麻燐の見当違いな努力の姿勢に、とりあえずツッコんでおく宍戸。


「そうだ、麻燐にもできる仕事、あったぜ」
「え、本当!?」
「ああ。跡部にこれ届けてきてくれよ」
「えーっと……メニューリスト?」
「さっき滝にこの仕事頼まれたんだが、まだ行けてなくてな。これなら力仕事じゃねえだろ?」
「うん!ありがとうっ、りょー先輩!」
「おう。跡部は生徒会の方やこの喫茶店の管理して忙しいから、色んなとこ歩きまわってると思うが……多分、生徒会室に居ると思うぜ」
「わかった!行ってくるね!」


新たな仕事をもらい、上機嫌な様子で手を振って歩き始める麻燐。
そんな麻燐をほっとした気持ちで見送った宍戸も、自分の仕事を進め始めた。