代表として跡部が出口へと繋がる通路のドアを開ける。
その後に続く麻燐も怖がりながらも待ち遠しそうにしている。
そんな一行の姿を微笑ましそうに見送る鳳。
表情はとても素敵ですが、格好的に……不気味で仕方がありません。


「麻燐ちゃん」
「ひゃあっ」
「あ……ごめん。またねって言おうとしたんだけど」


最後の別れをしようと声をかけたものの、驚かせてしまった鳳。
麻燐も突然なことだったのでふるふると震えながら振り向く。


「う、ううん、麻燐こそ、驚いちゃってごめんなさい。チョタ先輩……またね」


怖がりながらも小さな手を振る麻燐。
その姿にきゅんきゅんさせられた鳳はドキドキする心臓を押さえながら同じように手を振った。


「最後まで、気をつけてね(やばい本当にやばい麻燐ちゃん可愛すぎる俺も驚かせて悪かったけど逆に可愛い麻燐ちゃんが見られて良かったかもていうか手を振っている手もぷるぷる震えてて不謹慎だけどめちゃくちゃ可愛い小動物みたいでああもうお持ち帰りしたくてしょうがな)」


長くなりそうなので強制終了させていただきます。
この鳳の気持ちも若干ホラー的なものがありますね。さすがお化け屋敷。凝っています。
そんなことには微塵も気付いてない麻燐とその一行はドアを閉め通路に立っています。


「真っ暗だが……一本道だな。あの突き当たりが出口か?」
「そうだな。あとちょっとだぞ、麻燐」
「うんっ……」


向日の呼びかけに、多少力強さのある返事をした麻燐。
その様子に麻燐以外はほっとし、歩みを始めた。
だがお化け屋敷に対しての油断はしていないらしく、辺りをちらちら見ながら進んでいます。
ゆっくりゆっくり歩いていた時、


《待って……私を置いて……どこへ行くの……》


「「「っ……!」」」


小さく震えているが、その奥には憎しみや寂しさが隠れている声。
その本格的な声に皆さんは息を呑みます。
何故かというと、声はするものの……辺りを見ても誰もいないからです。


「おい……どこから声が……」
「っ……うう……」


跡部も焦りを見せています。
その跡部の手を掴んでいる麻燐も手の力を強くします。


《全身が……痛いの……お願、い、助けて……》


「………あっ、後ろだ!」


2回目の声が聞こえた後、一番後ろを歩いていた宍戸が声を大きくして指を差す。
それに気付いた一行はばっと後ろを振り返り、宍戸の指差す方向を見ました。
宍戸が差している場所は、床。
足元が見えるように照らしてあるライトの中に、髪の長い女が這うようにしてこっちへとゆっくり向かってきます。
ずる……ずる……と、音まで生々しく演出されています。


「………き、」


《どうして……私、を……置いていくのおおおおおおおおおおおおおお!?》


「きゃああああああああああああああ!」
「「「うわあああっ」」」


雄叫びにも似た声で女は叫んだと思うと、地を這うスピードを速くして追いかけてきます。
それはもう、匍匐前進の世界大会があれば優勝を狙えるんじゃないかというくらいの速さです。
そのあまりにも恐ろしい光景に、麻燐は今までにないくらい甲高い声で悲鳴を上げます。
陸上部の幽霊同様、追いかけてくる系には弱いのか他の4人も驚いたように声を上げます。
そしてテニス部が逃げようとするよりも先に、麻燐が反応して素早く逃げていきます。
いやああああと悲鳴を上げながらなので、無我夢中の行動だと思います。
そんな麻燐を追うようにして4人も走る。
それと同等のスピードで髪の長い女も付いてくるんですから……やっぱり速いです。


「はあっ……はあっ……!」


恐怖に息を荒くしている麻燐がドアを開く。
そのドアから差し込める外の光に、走っていた4人も少し安堵の息を吐く。
光が見えると、女も追いかけることを止めたようです。
なんとか先にドアを開けた麻燐に追いつき、外に脱出します。


「お疲れ様です。……あの、大丈夫ですか?」


膝に手をつけて肩で息をしている麻燐の耳に聞こえたのは優しい声。
少し高めですが、落ち着きのある男性の声でした。
その優しく心配してくれる声のせいか……差し出された手に何の躊躇いもなく手を置く麻燐。


「あ……ありが……」


外の光を浴び、安心している麻燐がお礼を言おうと顔を上げます。


「っ!だめだ麻燐!そいつの顔を見るな……!」


そんな跡部の声が麻燐の耳に届く前に、麻燐はその人物の顔を見てしまいました。


「これで……汗でも拭いてください……」


差し出されたのは血塗れの白(だった)ハンカチ。
それよりも先に麻燐の目に映った手を差し出した人物の顔。
それは緑でごつごつした皮膚を持ち、目はぎょろっと見開かれ、顔のしわは何重もあり、耳は尖り、今にも頭を丸ごと被りつかれそうなくらい大きな口を持つ……洋画ホラーにでも出てきそうな化け物の風貌でした。
声とのあまりのギャップに、麻燐は一瞬固まる。


「……最後まで油断しては……だめですよ」


にたぁと笑う化け物。
おそらくこのお化け屋敷最後の仕掛け人であり、お化け屋敷から出られた解放感の中再び恐怖させようという作戦でしょう。
それにまんまと引っかかってしまった麻燐。
人物の顔が化け物だということに、先に気付いていた他4人は「しまった」とでも言いたそうに口元を引き攣らせる。
さて、麻燐の反応はいかがでしょうか。


「……うっ……ぐすっ……ふええ……」


泣いていました。


「「「麻燐っ……!」」」


今まで必死で耐えてきた涙が……ようやくここで零れ落ちました。
もちろん、愛する麻燐が他人に泣かされている姿を見て正気でいられるわけがない皆さん。
その慌てようも半端ありません。


「て、てめっ……!俺様の麻燐をよくも泣かしやがったな!」
「麻燐しっかりしろ!泣きやめ、もう大丈夫だから、な?」
「泣くな!泣くなよっ……ほ、ほら、笑えって、俺の顔よく見ろっ」
「あかん……麻燐ちゃんの泣き顔萌えやけど今は何か腹立つわぁ……」


尋常ではない焦りを見せる跡部。
麻燐の背中をさすり、必死で慰める宍戸。
目の前に立ち、自ら笑顔になり泣き止ませようとしている向日。
珍しく興奮せず、麻燐の頭を撫でながら妖しい笑みを浮かべて仕掛け人を見る忍足。
そして、


「俺の麻燐ちゃんを泣かしやがった下衆はどこの誰かな……?」


普段の彼とは別人のような表情と言葉遣いで当たり前のように登場してきた鳳。


「よっぽど土に還りたいみたいだね……。俺でよければその願い叶えてあげるよ?」


どこから現れたのか、指を鳴らしながら仕掛け人を睨みつける芥川。
ってちょっと待ってください。あなた一体何でここにいるんですか。


「ジロー……お前、どうして」
「麻燐ちゃんの危機に俺が駆け付けないわけないC」


もはやいつもの黒い笑みを凌駕するほどの笑顔。
麻燐を慰めようと傍にいた4人は一瞬にして悟りました。


「「「(あの仕掛け人……終わったな)」」」


この二人を呼び寄せてしまいましたからね。
逆に同情されてしまっています。


「え、ええっ!?ちょっと待って、俺はただ仕事をっ……!」
「麻燐ちゃんを泣かした罪……それは万死に値する!」
「あ、相手が麻燐ちゃんだなんて知らなかっ」
「俺の麻燐ちゃんを気易く名前で呼んだ罪……極刑なり!」


もはや口調もキャラも違ってきている鳳と芥川。
それにしても、急展開に焦っている化け物はとても見るに堪えかねます。


「うええっ……こ、怖かったよぉ……っ」


未だ泣いている麻燐は目の前に居た向日にぎゅうっと抱きつく。
思わぬ行動に「えっ」と目を丸くした向日。
小さな麻燐が自分の体にくっついているのはとても嬉しいのですが……。


「「(ギロリ)」」
「(い、今ここで喜んだらそれこそ死ぬ!)麻燐、お、落ち着け、ほら、あっちで少し休もうぜっ」


殺気を感じたため、すぐに麻燐を引き離しこの場を離れようとしました。
懸命な判断です。あの二人は今目の前の獲物が第一優先ですからね。
そして制裁者二人と犠牲者一人から離れ、休憩をしようとすると、


「まだまだだねー。この距離じゃだめだよ」
「あ、滝。お前口癖なんか違うぞ」
「そんなこと気にしない。ここからあの二人まで7m56p……これだったら、2年の子の断末魔が麻燐に聞こえちゃうよ」
「なんだと……本当か、萩之介」


悲惨なものを見せたくない親心からか、跡部が真剣に耳を傾ける。


「うん。そうだな……あと13m以上離れないと、安全圏とは言えないねー」
「わかった。行くぞ、お前ら」


結局20m以上離れないといけないようですね。
その滝の好判断のおかげか……休みながら心のケアをしている麻燐に2年の哀れな断末魔が聞こえることはありませんでした。