「さて……気を取り直して、行くか」 「う、うん……」 少しの休憩をはさみ、再びドアを開けた跡部。 麻燐も怖がりながら後をついていきます。 すると、さっき物凄い勢いで走ってきた陸上部のエースの姿はありませんでした。 代わりにどこからともなくすすり泣く声が聞こえました。 「っ……!な、泣き声……?」 全速力で走ってこられるよりはずっとマシですが、少しびくびくしている麻燐。 《っひく……ぐす、まさか……麻燐ちゃまだったなんて……っあんな顔見られたら………もう、私……生きていけないっ………》 「「「(幽霊が後悔してる……)」」」 後悔しているのはいいですが、その呟きが更に麻燐を怖がらせていることに気付いていないようです。 というか、陸上部のエースは麻燐のファンだったんですね……。 麻燐以外は苦笑を浮かべ、麻燐を奥へと誘導する。 そして横にあるドアを開ける。そこには更に道がありました。 「ひっ………血、の足跡……」 暗がりですが、通り道が分かるように地面の部分だけライトアップしてある通路。 そこには案内をするかのように等間隔で血の足跡がついていました。 「へえ……こういった作りは凝ってるんだな」 跡部が感心しているように呟く。 その言葉を聞いたら日吉はふふんと得意気にするでしょうね。 「……というか、跡部……歩きにくくないか?」 血の足跡を追うように歩いている中、宍戸が跡部に声をかける。 それは、跡部の背中にしがみつくように歩く麻燐がいるから。 だが跡部は気にしていない様子で「別に」と短く返した。 絶対歩きにくいだろと思いながら歩いていると、 《ウギャアオオオオオオオオ!》 「みぎゃあああああああっ!」 低い雄たけびと麻燐の叫び声が聞こえました。 何事かと振り向くと、宍戸の目に飛び込んだのは小さな麻燐の姿。 次に見えたのは暗闇のせいか無数にも見える手の数。 それに一番に気付いた麻燐は、跡部の後ろにつくのをやめ、代わりにすぐ隣に居た宍戸の胸に飛び込みました。 手足をがっちりと宍戸に絡める形で。 「っ……!?!?」 「おい宍戸!てめえ俺様から麻燐を取ってんじゃねえよ!」 「麻燐コアラみたいで可愛いなー」 「俺のところに来ーへんかったのが悔やまれるわ!」 その突然の麻燐の行動に皆さんの反応は後ろのお化けを通り越して麻燐に釘付けです。 お化けは大変複雑な気持ちでその光景を見ていました。 「て、手がっ……いっぱい追いかけてくるの……りょー先輩っ……」 「わ……わ、わかったから、落ち着け……な?な?」 落ち着いてほしいのは宍戸本人もそうです。 ぎゅう、としがみつかれていては色んな意味で心臓が高鳴ります。 「(麻燐ってこんなにも軽かったか!?つ、つうか……柔らかいし、良い匂い……)」 「お、おい宍戸!帰ってこい!現実へ!」 「宍戸を正気に戻すにはまずは麻燐ちゃんをはがさなな……。堪忍やけど、一旦掃けてくれへん?」 「……あ、はい……」 たくさんの手を体中に着けていた男子生徒は忍足にそう言われ素直に下がる。 これはこれで、お化け屋敷としてはどうなんだろうと向日は思いつつも、学園祭だからいいかと諦めた。 そして麻燐を落ち着かせ、宍戸のメンタルヘルスを行った。 「うう……急にごめんね、りょう先輩……」 「い、いや……気にするな。少し驚いただけだ」 かなり固まっていましたけどね。 麻燐を落ち着かせるより宍戸を正常に戻すことの方が大変でしたけどね。 「そうだな……お化け屋敷ならこういうイベントがつきものだよな。麻燐、少し宍戸から離れてろ」 「う、うん」 「……それはそれで複雑だな」 「宍戸、お前はメンタルが弱いんだ」 「(……ホンマは一番強いはずなんやけどな)」 テニスとそれとでは大違いですから。 そして宍戸を先頭に、隣に向日、後ろに跡部、忍足、麻燐という風に続いて再び歩き始めました。 そして曲がり角を曲がっているとき、 「ん?」 麻燐が急に立ち止まり、傍に居た忍足の手をぎゅうと強く握りました。 忍足はそのことに一瞬で気付き、興奮の色をあらわにした。 「ゆ、ゆうし先輩……」 「ちょちょちょ麻燐ちゃん!?あかんよ、いくら暗がりやからって、ここは学園祭のお化け屋敷やし……っ」 一体何を言っているんでしょうか忍足は。 そのことに気付いた跡部は、先頭を歩く二人を止めて麻燐に近寄る。 「どうした、麻燐。忍足の手なんざ握ってると腐るぞ」 「それはどういう意味や」 「そのままだっつの。んで、麻燐どうし…」 ひょこっと向日が麻燐の顔を覗くと、麻燐は再び泣きそうな目で、 「あ、足………足、を……誰かに…つ、掴まれ……っ」 必死に言葉を繰り出し、見上げる麻燐。 そして、ふるふると震える手足で皆さんに一生懸命告げました。 そして一行が麻燐の足首を青白い手が握っているのを見た瞬間。 《あいででえっ!!!》 一行の横を何かが一瞬で通り過ぎたと思うと、足首を掴んでいた人物が呻きました。 何事かと麻燐以外がその原因を探ると……。 「君ごときが麻燐ちゃんに触れていいとでも思ってるの……?これでもし麻燐ちゃんが泣いたら、どう責任を取ってくれるつもりなのかな……?」 それはもう、本物の幽霊より恐ろしい佇まいで青白い手首を踏みつけている……白衣を来た医者の姿が。 言っている言葉は本気の脅しです。 必死に謝る手首に免じて、医者が足を浮かせると一瞬で手首は引っ込みました。 なんという仲間割れでしょう。 「お前………長太郎、だよな」 「あ、分かりました?」 「そらそうや。こんなことできるんは自分しかおらへん」 呆れたように呟く宍戸と忍足。 どうやら医者の風貌をしている人物の正体は鳳のようです。 お化けから麻燐を救ってくれたんですね。 ……事実だけを言うと、脅かしの邪魔をしただけなんですが。 「え?チョタ先輩?」 恐怖で立ちつくしていた麻燐は、まだ鳳の姿を見ていません。 足首の支配からも解放されたので、少しほっとした状態で皆さんの視線の先にいる鳳を見る。 そこには。 「あ、麻燐ちゃん。ようこそ」 頭に注射器が何本も刺さり、顔は血糊で真っ赤に染まり、首からは聴診器の代わりに腕をぶら下げている……なんとも不気味な医者の姿をした鳳だった。 いつもの鳳を想像して振り返ったため、驚きで悲鳴をあげるかと思いびくびくしていた4人。 だが、麻燐が悲鳴を上げることはなく、 「大丈夫だった?もう悪戯はされないから安心して?」 「…………………あ、っ、チョタ先輩…!」 「「「(一瞬気を失っていたな……)」」」 相当の恐怖と驚きだったようです。 むしろ、麻燐のために鳳は出てこなかったほうがよかったのではないでしょうか。 「……お前、出てきてよかったのか」 「ああ……本当は次の部屋で待っていなきゃいけなかったんですけど、麻燐ちゃんの危機に思わず……」 跡部の言葉に、頭を掻いて反省しながら答える鳳。 次の部屋に続くドアは少し離れたところにあったというのに……どうして危機に気付いたのかは聞かないでおきましょう。 「せっかくですから案内します。どうぞ」 血塗れ医者の鳳に案内され、部屋に入るとそこには不気味な内装をした医務室。 ホルマリン的なオブジェからボロボロで刃物が刺さっているベッドと、恐怖的要素満載の部屋です。 「……よくこんなとこに居られるな」 「もうすぐ麻燐ちゃんが来ると思えば余裕ですよ」 「ある意味本物やな。もう言うことあらへんわ……」 向日も忍足も、鳳の気持ちの強さに半ば呆れ気味です。 そして、鳳は自分の定位置であろうデスクに向かう椅子に座った。 「本当ならここで皆さんを待って、治療をしてあげるとせがむ予定だったんですよ」 「………ちりょう?」 なんだか悪くない響きだと、麻燐が少し興味を持ったように聞き返す。 「うん。こっちの注射を打ってあげるとか」 手に持ったのは紫色をした液体の入ってる大き目な注射器。 「手術をしてあげるからベッドに寝てとか」 手に持ったのはボロボロの刃をしたノコギリ。 「処方箋の薬を勧めたりとか」 手に持ったのはホルマリン漬けされてある目玉の瓶。 「その他もろもろなことを考えて迎えるつもりだったんだよ」 「……なんちゅう親切の押し売りやねん」 「しかも相手が鳳だからな。怖すぎるぜ」 そんなことにならなくてよかったと安心した忍足と向日。 聞いて少しブルーな気持ちになったのか麻燐も複雑そうな表情になった。 「そうですね。本当ならこの部屋に死体役として数人いたんですけど、麻燐ちゃんが来る時だけは消えるようにお願いしたんです」 「……それは麻燐の為か?自分の為か?」 「両方です」 きらきらの笑顔で宍戸の質問に答える鳳。 いっそ清々しいです。 「お前も意外とノリノリだな」 「はい。一応、このお化け屋敷のメイン的な場所なので……」 「へえ。ってことは、そろそろクライマックスか?」 「そうですね。この部屋を抜けてしばらく歩くと出口です」 「ほ、本当っ?」 その言葉を聞いて嬉しそうにしたのは麻燐。 ようやく解放されると思って気が楽になったようです。 「麻燐ちゃんが怖がっている姿、すごく可愛かったよ」 「っうう……本当に、怖いんだからね……」 「うんうん、ごめんね。いっぱい驚かして。でももうすぐ終わるから、それまで頑張って」 「うん、麻燐……最後まで頑張るっ」 鳳の姿にも慣れたのか、目を見て話せるようになった麻燐。 そして笑顔も見せ、気合いを入れて次に進もうとする。 「……確認しておくが、このドアを開けると凄い勢いで襲ってくるとかないよな」 「ああ、それなら大丈夫ですよ」 樺地の時の二の舞にならないように、跡部がしっかり確認する。 そしてお化け屋敷クライマックスを迎え討つように心の準備をしました。 |