ゆっくりと、暗闇の中に入っていく一行。
中に入るに従って、不気味なBGMも大きくなっていきます。


「…………」
「麻燐、本当に大丈夫か?」


強がりだと分かっている跡部は、後ろにくっつく麻燐を心配そうに見つめる。
だが麻燐は一貫して、


「ぜ、全然大丈夫!」


と、引き戻そうとしません。
こうなると結構頑固だということを皆さんは分かっているので、極力麻燐にひっついて怖がらせないようにしています。


「麻燐ちゃん、怖かったら俺に抱きついてもええんやで?」
「侑士、暗いからって調子に乗んなよ」
「純粋に心配しとるだけや!」


そう反論するも、疑いの眼差しを向けられる忍足。
そんなふうに明るい調子を保つものの、当の麻燐はびくびくしたまま。


《ウオオオオオオオオオーー!》


「きゃああっ!」
「心配するな。ただのゾンビだ」


向かう先に特殊メイクでリアリティを追求したゾンビが雄叫びをあげた。
それに麻燐は悲鳴をあげたが、跡部が冷静に言う。
というか、ただのゾンビっていう言い方もどうかと思いますが。


「ゾンビ……怖い……」
「大丈夫。こっちに危害はないから。な?」
「うう……」


宍戸の言葉に、麻燐は目の前のゾンビをちらりと見る。
叫んで手を前に出しているものの、その場から動く様子はありません。
跡部の背に隠れながらゾンビを突破する。


「お……?ここから個室に入るんだな」
「えっ、お、お部屋に入るの?」
「大丈夫だって。お化けが来たって、俺が守ってやるからさ!」


麻燐以外はお化け屋敷に怖がっている様子はありませんね。
そして、ドアノブには跡部が手をかける。


「準備はいいか、麻燐」
「う、うん……皆が傍にいてくれるから、へいき」
「「「(きゅうううううん……!)」」」


怖がりながらも、にこりと笑顔を浮かべる麻燐。
その健気な姿が見られたお化け屋敷に感謝をしながら、ドアを開けます。


「っ……!」


そこは鉄の壁紙を施した小さな部屋だった。
真っ暗と思いきや、部屋の中央部に小さな明かりがある。
そしてその明かりの先には、


「ふ、フランケン……?」
「つーか、あれって……」


実験台のような椅子に座る、一つの大きな影。
大きな頭、顔色が悪いどころではない奇妙な肌の色、痛々しい傷跡、こめかみの辺りを貫いているネジ……。
姿形はフランケンシュタインそのものですが、よく見ると、その顔は見知ったものです。


「やっぱり……樺地……だよな」
「ああ、あんなでかい中学生がごろごろ居てたまるか……」


こっそりと会話をする宍戸と向日。
見た瞬間はあまりの迫力と存在感に言葉を失いましたが、正体が分かれば……


「いや、不気味すぎるわ」


どうやら正体が分かっても恐ろしいようです。


「う……動かない……?」


反対側のドアに向かうには、フランケンの傍を通らなければなりません。
ですが、少し近づいても動こうとしないフランケンに、麻燐は少々安心している様子。


「ふっ、さすが樺地だな。見事なフランケンだ」
「ウ……」
「ひゃあっ!しゃ、喋ったっっ!」
「「「(今返事しかけたよな……)」」」


怖さMAXの麻燐は跡部の言葉も聞いていなければフランケンの正体が樺地だということにも気づいていません。
そして、フランケンになっても樺地は樺地。
跡部の言葉には忠実のようです。


「……まあ、なんや。今のは空耳やろ。先行こか」


苦笑いしながら告げた忍足の言う通り、ゆっくりフランケンの脇を通ろうとする一行。
麻燐は完全に跡部を盾にしている形で歩いています。
そして、ようやくフランケンの横を過ぎたというところで、


「ウ……ヴオオオォォォオオォォ!」


フランケンは勢いよく立ち上がり、一行へと手を伸ばす。
とんでもない迫力です。相手が樺地ということもあり、立たれると余計に圧迫感を感じます。
そして、この行動には3年も驚いたのか、「うおっ」と驚きの声を上げています。
ですが……肝心な麻燐の悲鳴が聞こえません。
不思議に思った3年とフランケンは麻燐の顔をじっと見る。


「っ………っ………!……うぅ」


人間、本当に恐怖を感じた時は悲鳴を上げる暇なんてないのです。
目をまん丸にしてフランケンを見上げる麻燐。
そして……その瞳に涙が溜まっていくのを見て、さすがに焦りを見せ始める一行。


「だ、大丈夫かよ麻燐!」
「うっ……う……」
「!?!?」


なんとか泣くまいと我慢している様子の麻燐ですが、少し動けば涙は零れてしまいそうです。
この事態に焦っているのは3年メンバーだけではありません。


「ご……ごめん…なさい……」
「「「(フランケン謝った!?)」」」


わたわた困惑していたフランケンがしゃがみ、謝る。
さらにお詫びのつもりなのか、


「ウ、ウス……」


懐から小さな花を取り出し、麻燐に差し出しました。


「うす……?も、もしかして……樺ちゃん、先輩?」
「ウス……」


花を受け取り、ようやく正体が樺地だと分かった麻燐。
涙も引っ込んだのか、目元を少し拭ってぎこちなく笑う。


「こ、怖かった……。本物かと思ったよ……」
「ごめんなさい……」
「ううん……樺ちゃんはお仕事頑張ってただけだもん。お花、ありがとう」
「ウス……」


麻燐が笑顔になったのを確認し、樺地は最後に頭を下げて自分の持ち場へと戻っていった。


「……麻燐、よかったな」
「うんっ」
「フランケンは本当は心優しいんだぜ」
「うん、麻燐嫌いになったりしないよ」


少し立ち直ったのか、笑顔が多くなった麻燐。
そんな、お化け屋敷とは思えないほんわかムードで次に進むことを決めた一行。
麻燐は振り返って、樺地にお別れを言うと、少しほっとしたような様子で部屋を抜けようとする。
そして、


「ぎゃあああああああああああああああ!」
「きゃあああああああああああああああ!」


ドアを開けた瞬間、向こう側からもの凄い勢いで走ってくる白い着物と三角頭巾を付けているお化けに驚かされました。
コンマ0秒の速さで扉を閉め、息を整える麻燐と皆さん。


「ゆ、油断してた……!激油断してた……!」
「女って怖え……!女って怖え……!」
「い、今の子……あれやろ、陸上部のエースやろ……」
「……なんで分かるんだよ」


珍しく心臓を押さえている皆さん。
どうやら宍戸や向日だけではなく、忍足や跡部もかなり驚かされたようです。


「着物の裾から見えた脚で分かったわ……」
「……こんな時までそんなところ見てるのかよ」
「逆にすげえよ……」
「つか、あの形相は反則だろ……」


忍足の言葉に呆れる跡部と向日。
そして脱力する宍戸。
そうですね……メイクの力もあるとはいえ、あの般若のような形相は本人の実力です。


「麻燐は……大丈夫気か……?」
「ふえ……お化け怖い……」


どうやら再び心を折られてしまったようです。


「(……言うの……忘れてました……)」


椅子の上で反省する樺地。
お化け屋敷も前途多難で大変です。