「よし、水風船も取ったことだし、お化け屋敷に行くか麻燐」
「うん!」
「A〜!?もう行っちゃうの、麻燐ちゃん!」


満足気に水風船を眺める麻燐に、宍戸がそう声をかける。
だが、それに意義を唱えるのは芥川。


「俺も行ーきーたーEー!」
「我慢しろ。お前は店番だろ?」
「うー、がっくん代わって!」
「嫌だよ!?お前は午前十分楽しんだだろうが」


駄々をこね始めた芥川に向日はやれやれといった様子で答える。
それでも納得いかないようです。


「俺も麻燐ちゃんとお化け屋敷できゃーきゃー言いたいC!」
「ジロー……自分、きゃーきゃー言うんか」
「うん。お化けじゃなくて麻燐ちゃんの可愛さで」
「お化け屋敷の醍醐味ガン無視だな」


忍足の言葉に真面目な風に答えたと思ったら、内容はとんでもないもの。
宍戸が溜息交じりで呟きました。
状況が好転しないことを見かねたのか、ここで跡部が声をかけます。


「往生際が悪いぞジロー。少しは麻燐と離れろ」
「ぶーぶー」
「ジロ先輩……大丈夫だよ、お化け屋敷に行ったらすぐ戻ってくるから」


跡部の厳しい言葉に少し大人しくなったジローに、麻燐が追撃する。
まるで子供を宥めるかのような表情をしている麻燐。
立場が全く逆ですね。


「本当?本当に本当?」
「………なんかこれ、午後の部が始まる前にも見た気が」


呆れている向日の言う通り、これは先程芥川と麻燐が別れる時の会話そのものです。
ただ少し離れるだけで、一生の別れのような雰囲気を出していますよね。
そして、麻燐のおかげでようやく芥川も別れる決心がついたのか、


「わかったよ麻燐ちゃん!寂しかったら、その水風船が俺だと思って接してね!」
「……あいつ、水風船の扱い分かってるのか?」


大きく手を振って別れる芥川と麻燐。
そして少し離れたところで麻燐は思い出したように水風船で遊んでいます。


「……なんや、あれがジローやと思うと少し可哀想な気がするわ」
「そこはツッコむなよ侑士。ジローはMかもしれねえだろ」
「いや、気にするところそこじゃないだろ」


宍戸がMの意味を知っていたことに驚きです。
……じゃなくて。
一行は他愛もない会話をしながら別の階にあるお化け屋敷へと向かいました。


「おお……なんか、すげえ凝ってるな」


視聴覚室を使っているのか、階の隅に作られた黒い部屋。
そこがどうやらお化け屋敷のようですね。
見て向日が思わず声を出した通り、外観から怖がらせる気満々の装飾をしています。
看板には定番の血飛沫や幽霊が描かれ、周りには提灯やら十字架、中からはそれらの恐ろしさを引き立たせる、おどろおどろしい音楽や悲鳴が聞こえてきます。


「思ったより本格的だな。若が自信ありげにしてたのも納得だな」
「そやな。なんかおもろそうやん。な、麻燐ちゃん」
「………うん」
「「「??」」」


あまりにも大人しく返事をした麻燐に一同騒然です。
麻燐はさっきまで楽しそうに水風船をパコパコしていた時とは打って変わり、お化け屋敷を不安そうに見上げています。


「麻燐……どうした?」


跡部が眉を寄せて麻燐の顔を覗き込む。
すると、お化け屋敷の出口から数名の女生徒が大きな悲鳴を上げながら出てきました。
それと同時に麻燐の肩がびくりと震える。
しっかりとその瞬間を見ていた3年メンバーは、すぐに状況を把握した。


「もしかして麻燐……怖いのか?」
「………」


向日が聞くと、麻燐は静かにこくんと頷いた。


「でも、前お化け屋敷は好きだって言ってなかったか?」
「うう……好きだけど……思ったより、怖そうだから……」


そう呟きながら、ちらりとお化け屋敷を見る。
確かに、学園祭の規模を考えればあまりに本格的で、大分凝っているのは目に見えていた。


「まあ……日吉がノリノリやったからなぁ」
「別にノリノリではありませんよ」
「え?」


苦笑いで答えた忍足に言葉を返したのは……


よく来てくれましたね……


目を驚くほどひん剥いてこちらを見ている、全身血塗れのミイラ男の姿でした。


「お前、ひよ……」
「ひゃあああああああああああああああああ!」


向日の言葉は麻燐の甲高い悲鳴によって完全にかき消されました。
ミイラ男の登場より、麻燐の悲鳴に驚いた様子のメンバーたち。
麻燐は一瞬にして跡部の後ろへと隠れました。


「お、おい麻燐、しっかりしろ。こいつは日吉だって!」


ぎゅっと跡部の服を握って震えている麻燐に言い聞かせるように向日が言う。
脅かしに成功した日吉も、思っていた以上の反応に目が点となっています。


「(上手くいきすぎたか……)」
「う、えっ……?わか、先輩……?」
「ああ。ほら、よく見ろ」


宍戸が麻燐の肩を押さえ、ゆっくりと日吉の方を向かせる。
麻燐も恐る恐るミイラ男を見上げ……唯一見えている右目をじっと見ました。


「……あっ!本当だ、わか先輩だ!」
「あ、ああ……」


ようやく安心したのか、麻燐が跡部の背後から出てきました。
日吉は内心複雑な想いでその安堵の表情を見つめる。


「はう……怖かったぁ、わか先輩、本物みたい……」
「ふっ、そうだろう?だから後悔するなと釘を刺したんだ」
「つーか……お前、そんな表情できるんだな」


向日が思い出したように指摘する。
普段の釣り目からは考えられないほど目を見開いていましたからね。


「ええ、まあ。お化け屋敷はいかに成りきるかが大事ですから」
「成りきりすぎだ、お前の場合は」
「せやな。あんなに生き生きした日吉の表情はここでしか見られへんわ」
「俺の右目だけでそこまで把握しないでください」


だが生き生きしていることを否定しない日吉。
どうやら図星のようです。


「さっきは急に驚かせて悪かったな、麻燐」
「ううん……でも、わか先輩、すごい迫力だったよ!」
「そ、そうか?……ふん、まぁ、お前を驚かすくらい軽いもんだ」
「(喜んでる……)」
「(意外と素直やなぁ……)」


向日と忍足が微笑ましそうな目で日吉を見つめた。
その視線にはっと気付いた日吉は短く咳払いをして、


「……で、入っていくんですか、皆さん」
「麻燐、大丈夫か?」
「う、うん。たぶん……」
「怖かったら止めてもいいんだぜ?」


先程の驚きようを見て、跡部も心配そうに告げる。


「そうですね。あまり怖がられて泣かれても困りますし」
「(お前が言うことかよ……)」


全力で脅かしにいった人ですからね。
ですが、そんなことすっかり忘れたように日吉は続ける。


「それに、麻燐は意外と怖がりみたいだし?あまり無理はしない方がいいぞ」


少し笑いながら、麻燐の頭をぽんぽんと撫でる日吉。
その扱いに、麻燐はぷくっと頬を膨らます。


「むう……!麻燐、怖がりじゃないもん!お化け屋敷だって、本当はへっちゃらだもん!」
「(麻燐の反応もなかなか分かりやすいな)」
「(ムキになってる麻燐可愛い……)」
「(麻燐でも対抗心はあるんだな……)」
「(あかんわぁ、膨れてる麻燐ちゃんリスみたいで可愛いわぁ)」


それぞれ、麻燐の膨れ顔を見て心が和んでいる様子。
麻燐の懸命の反抗は逆効果のようです。


「強がるのもいいが、せっかくだから楽しんでけよ。中では鳳と樺地も待ってる」
「ああ……そういや、二人も脅かし役だっけか」
「どうして日吉はここにいるんだよ」
「俺は受付ですから」
「受付やったんかい」


どうやら、麻燐たちの姿が見えたからわざわざ出迎えに来てくれた様子。
なんだかんだ言って、待っていたみたいですね。


「麻燐、行くか?」
「うん!絶対に絶対に、怖がらないんだからっ」


強い意志を込めて、日吉を見上げる麻燐。
日吉は面白そうに、


「ま、頑張れ」


とだけ言った。
そしてゆっくりと中に入っていく一行を見送る。


「なんとか誘導はできたが……」


ふう、と息を吐いてお化け屋敷をもう一度見る。


「鳳がちゃんとしてくれるかが問題だな……」


どうやら日吉が危惧しているのは脅かす側のようです。
さて、どんな内容になっているのか、また皆さんがどんな反応を示すのか……いよいよお化け屋敷チャレンジ開始です。


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