「そーっと、そーっとやるんだよ!」 「うん!そーっと……」 もはや芥川に店のスタッフという概念はありません。 つきっきりで麻燐のチャレンジを応援しています。 そして、それを見ているその他の皆さん。保護者の立ち位置ですね。 「…………きゃあっ!」 そっとすくい持ち上げようとしたものの、水風船は途中で落ちてしまい麻燐に少しの水がかかります。 その事態に誰よりも早く気付いた芥川は、さっとハンカチで麻燐の顔を拭きました。 「大丈夫?麻燐ちゃん」 「うん……でも、ジロ先輩にも水が……」 「俺は大丈夫だC!麻燐ちゃんが無事なら、俺は平気だよ」 「ジロ先輩……」 「なんで水風船すくいでこんなええ雰囲気が作れるんや……」 「そうだ!麻燐ちゃんの為なら、この水全部抜いちゃってもいいC!」 「本当?ジロ先輩優しい!」 「おいおいジロー!お前、麻燐に甘すぎだぜ!」 その一言に向日が腕を組んで言う。 同じ店のスタッフとして、ずるいことは許せないようですね。 ……というか、あまり人の事を言えないような気がしますが。 「麻燐も、自力で頑張れ。な?」 「はーい、頑張る!」 宍戸も麻燐の横に座り、水風船救いを見守る。 そしてまた、新たに麻燐のチャレンジが始まります。 「こう……引っかけて……っ」 麻燐は狙いを定めたピンク色の水風船をじっと見つめ、釣り針を引っかけようとします。 ですが、なかなか上手く引っかかりません。 「むー……難しいなぁ」 「なんだ、あのピンクが欲しいのか」 と、隣からひょいと顔を覗かせてきた跡部。 どうやら気になっている様子です。 「うん……」 「そうか。よし、俺様も挑戦してやる」 そう言いながら、芥川に100円を渡す跡部。 「……跡部が100円……いや、硬貨を出すとこなんて初めてみたわ」 「俺も。持ってるんだな」 それを見ていた忍足と向日が呟きました。 跡部には聞こえていたようで、少し不機嫌そうな顔をしました。 そして芥川から釣り糸をもらい、跡部の記念すべき初水風船すくいです。 「この先をあの輪に通せばいいんだな?」 「うん、そうだよー」 芥川にちゃんとルールを教えてもらい、いざ狙いを定める跡部。 それをわくわくしながら見ている麻燐と、心配そうに見ている宍戸。 跡部は何度も角度を変えながら輪に引っかけようとします。 「ちっ……しぶといな、こいつは」 「結構下の方に輪っかがあるからね〜」 跡部が眉根を寄せて呟くのに、芥川は苦笑いで返す。 こういう地味で細かな作業は性に合わないのか、跡部の手つきがだんだんと荒くなり……。 「あっ」 ついに釣り針の先が水風船を引っかき、水槽の中で水風船が割れてしまいました。 「………」 まさかの事態への驚きに、麻燐も目をまん丸にして割れた水風船を見つめます。 宍戸も、やると思った、というような表情を浮かべています。 しまったと思ったのか思わず固まる跡部。 それもそのはず。麻燐の狙っていたピンクの水風船は水槽の中に一つしかなかったのですから。 「っ、あー、その……す……すまない、麻燐……」 珍しく戸惑っている跡部。 そんな跡部を若干貴重に思いながら見ている他のメンバーも、麻燐のことが気になり様子を窺います。 「……謝らないで、景ちゃん先輩。一生懸命やってくれて、麻燐、嬉しかったし…」 「「「(あの麻燐が気を遣っている!?)」」」 その場にいた全員が驚きました。 あはは、と少し強引な笑顔を見せる麻燐に、下手に責められるよりも罪悪感を感じている跡部。 忍足なんか涙ぐんでいます。 「ほ、本当に悪かった麻燐……」 「平気だよっ、ピンクも可愛いけど……他の色も可愛いし!」 眉をハの字にして謝り続ける跡部に、麻燐はまた笑顔を見せる。 そんな麻燐の表情に耐えかねたのか、芥川は、 「そんな顔しないで麻燐!替えのピンク風船ならあるから!」 「「「それを早く言えよ」」」 芥川のあまりにも後出しじゃんけんのような答えに全員がハモりました。 その中には、さっきまで落ち込んでいた跡部も。 「お前な……タイミングがおかしいんだよ」 「A〜、ごめんね?素直に謝る跡部が面白くってさ〜」 「お前は俺様に謝れ」 ジト目の跡部に間髪入れずに言われ、ごめんごめんと謝る芥川。 「麻燐ちゃんも本当にごめんね?ショック受けさせちゃって……」 「ううん!麻燐なら大丈夫だよっ」 「……俺様のときよりも誠意がこもった謝罪だな?おい」 口元をひくつかせるものの、麻燐の顔に笑顔が戻ったからか、安堵を隠せない跡部。 周りの皆さんもふうと溜息をつき、その場の空気が軽くなりました。 「よーし、じゃあ次はもう1回、麻燐が頑張る!」 気を取り直して、意気込む麻燐。 「そうか。偉いな。じゃあ俺がサポートしてやるよ」 「本当?りょーちゃん先輩!」 「ああ。だから頑張れよ」 「うん!」 今度は宍戸が隣でアドバイスをしながら挑戦するみたいです。 麻燐が釣り糸を持ち直し、芥川が作った水風船へと対峙する。 「麻燐ちゃん、うまく俺を捕まえてね?」 「お前じゃねえだろ!」 芥川の冗談にしっかりとツッコミを入れつつ、助言をし始める宍戸。 「よし……じゃあそのまま、少し右に動かして……」 「えっと……こう?」 「ああ、そうだ。で、次はゆっくり手前に引いてみろ」 「うん……」 宍戸の言葉に真剣に耳を傾けながら、麻燐は釣り糸を操作します。 すると、 「あ、引っかかった!」 「よし、あとはそのまま、焦らずに引きあげてみろ」 どうやら無事に輪に引っかけることができたようです。 そして最後まで宍戸の指示に従い……水風船を水槽から救出することができました。 「できた!やった、取れたよりょう先輩!」 「よくやった。やればできるじゃねえか」 「ううん、りょう先輩のおかげだよ!ありがとう!」 「お、おう」 真正面からお礼を言われ、照れている宍戸。 そして挑戦を見守っていた芥川は、 「ずーるーいーCー!宍戸のくせに、俺の出番取って!」 「な、なんだよ!大体お前、うまくアドバイスできてなかっただろ!」 芥川はひたすら応援していただけでしたからね。 それでもぶーぶーと唇を尖らせている芥川。 「ジロ先輩もありがとう!応援、すごく嬉しかったよ!」 「もちろん!俺、麻燐ちゃんの為なら何でもできるから!」 その言葉がどうも冗談に聞こえないのが恐ろしいです。 「よかったな、麻燐」 「うん!景ちゃん先輩も、さっきは麻燐の為にありがとうね!」 「ああ。もし取れなかったら、水風船すくいの達人を呼ぶところだったぜ」 あなたも芥川と同じですね。 「じゃあこれ、麻燐ちゃんの水風船ね!」 「ありがとうっ」 念願のピンク水風船GETですね。 嬉しそうにヨーヨーのように遊び始める麻燐。 「ええわぁ……無邪気って。俺もお揃い取ろうかな」 「やめとけ。侑士が水風船持ってるの違和感あるから」 「なんや岳人は知らんのか。水もしたたるいい男っちゅーんは俺のこと「麻燐、おめでとうなー!」 「最後まで聞かんかい!」 この二人は相変わらずですね。 日に日に、向日の忍足スルースキルが上がっていくのが分かります。 こうして麻燐の水風船すくいチャレンジは幕を閉じました。 |